471 第28話10:Let’s Go Out
ハークたちは全5日の行程を、一応の1日の余裕をもって6日前に出発することにした。馬車も使うことなく全員徒歩であることを考慮してのことであった。
街道は絶対に通らない。荒地だらけの帝国領には点在する村や集落の間隔と間隔は非常に開いているが、進路上にあった場合には大きく迂回して避けていく必要もある。詳細な地図など帝国には存在していない。なるべく事前に帝国側には発見されたくなかったため、虎丸の鼻が頼りだった。
『星見』とやらの未知なる技術によって、既に相手側にハークたちの行動が読まれていたとしても、やれることは最大限にやっておくというハークの姿勢に変わりはない。
そして更に日程へ余裕を持たせた理由がもう一つ。子供たちも一緒であったためだ。
作戦が終わった後、子供たち、ウルスラとレトを安全なワレンシュタイン領へと連れて行ってもらうのである。
破格の戦闘能力を持つハークたちであれど、敵地にいるという事実には何の変わりも無い。たとえ万能性を持つ感覚能力を所持していようともそういう問題ではなく、ワレンシュタイン領内へと移した方が百倍はマシに違いはないのだ。
フーゲインやリンたち、今はマクガイヤに率いられているワレンシュタイン軍も、任務が想定通りに成功すれば即座に北上し帝国外へ、凍土国の領土へと移動して、そのまま凍土国領内を通りモーデル王国のワレンシュタイン領に向かう手筈となっている。彼らに連れて行ってもらうため、共に任務の地へと向かうのだった。
道中、子供たちの面倒を見てもらう理由も含めて、スケリーも同行している。
更に、ウルスラとレトも研究所にいた時分から、数々の実験に耐え得るよう元々レベル上げが施されていたようで、それぞれ20を超えていた。特に変身することで能力が急上昇するレトの方は単独で魔物を討伐することもできるため、今では素の状態でも26レベルというかなりの高レベルとなり、ウルスラと共に虎丸の背に乗せておけば長旅もある程度安心できる。
フーゲインに初めて訓練をつけられたあの日より、レトは変身中でも自分を見失うことは無くなり、従って一切、不必要に暴れることも無くなった。
ただし、変身中は未だに言葉というか人語を話すことは不可能のようで、吼えるか唸るかしかできない。
これは虎丸などと全く同じで、喉の構造が人間種とは異なっているせいで、人語を喋りたくとも喋れない、ということであろうと考えられる。
実際レトの変身後の姿は、頭部が完全な獣型、つまりは全くの狼そのままである。恐らくは少なくとも喉までの構造は狼と同様なのではないか、というのがハークを含めた大人たち共通の見解であった。
ただ、意思の疎通は多少難しくとも、肩を並べて戦えるだけで相当な違いがある。戦略的な行動も取れる。もう少し訓練を重ねれば、スキルも習得できるだろうかとも思えた。
レトはどうもモログに懐いている、というか憧れているようで、彼の技を習得しようと努力しているようだ。
徒手空拳ではフーゲインもいるが、同じように懐き、感謝しているとしても、豪快なモログの技の数々の方がレトの好みなのだろう。
確かに変身後のレトとモログの体型はよく似ている。それに、さすがにモログほどの頑強さはないが、人間種としては驚異的な回復速度で補うことも可能だと思える。
フーゲインも瘦せ我慢や虚勢の類ではなく、似合いだと認めていた。大体からして彼は、ワレンシュタイン領に門下生という訳ではないようだが、エリオットを始め弟子的な立場の者を多数抱えているようでもある。
「これ以上増えると、中々なぁ……」
などという愚痴も以前に聞いたことがあった。
それにフーゲインも現在、龍人であるヴァージニアに師事している真っ最中である。自身の修練に使う時間も、しっかり確保したいに違いない。
ちなみにだが、フーゲインはヴァージニアが自らの流派『龍拳道』の紛れもない創始者であると知らぬままに、彼女が創造した最終奥義とも言える『
「ん~~、こりゃあ10年かかると思っといた方が良いかもね。……だとさ」
フーゲインは些か悔しそうに上記の言葉を吐いていたが、さもありなんというやつなのだろう。
ヴァージニアも『
龍族には寿命が無く、永遠を生きるがゆえに時間の感覚が人間種に比べ非常に緩い。彼らにとっては1週間も1月も1年も、1日と同じく等しく短い時の中なのだ。
ヴァージニアとて最古龍と呼ばれるそんな古き龍の1柱だという。
そんな彼女が『相当の』、と語ったとすれば1年や2年の期間ではあるまい。
下手をすれば10年というのはヴァージニアにとってかなり短い時間であり、単に、フーゲインに対して焦るなということを伝えたかっただけであるのかもしれないとも思えた。
一方のウルスラは不思議な少女で、魔法使いの才があると判明してから連日ヴィラデルが暇な時間に指導を行っていたが、どの属性であっても覚える早さに違いが見られないらしい。
つまりはウルスラにとって、魔法属性の得手不得手が全く分からない状態であり、ひょっとすると得意な属性も不得意な属性も無い、ということなのではないかともヴィラデルが語っていた。
「そんな事があり得るのか?」
ハークが訊くと、ヴィラデルは彼女には珍しい困り顔を見せながら説明してくれた。
「少なくともアタシは会ったことはないわね。ただ、エルフ族の長い歴史の中には、ハイランドエルフの1人にそういった存在がいた、とは聞いたことがあるわ」
「ハイランドエルフとは、確か高地に住むエルフ族であったな」
ヴィラデルは一度肯く。
「ええ、そうよ。その人が生きていたのは、千年くらい昔のことだけれどね」
「随分と過去の話なのだな。そのたった1人の人物だけなのか?」
「彼1人だけよ。アタシも興味があって調べたことがあるの。ほら、エルフ族にとって、というか
成程、とハークは思う。エルフ族特有のスキルに『精霊視』というものがある。エルフ族の全てが使用できるというものでもないが、珍しいというものでもないらしく、ハークもヴィラデルも所持している。
能力は精霊の姿を可視化できるというもので、このスキルがあると2種以上の属性魔法を混ぜ合わせることができるようになり、威力を爆発的にまで高めることが可能となるのだ。
混合させることで威力を高められる組み合わせは多くはないとのことだが、そもそも対応する属性への適性が無くては意味も無い。
ヴィラデルも、できれば土の上級魔法『
余談ではあるが、前述の上位クラス専用スキル『
「興味があった、とはそういうことか。……ヴィラデルとしては喉から手が出るほど
ところが、ここでヴィラデルは首を横に振る。困った顔の表情のままで。
「それがそうでもないのよ。最後まで調べるとね、その人9百歳近くまで生きたらしいんだけど、結局ほとんどの属性が中級止まりで、上級を使えたのはたった1属性だけだったようなのよ。苦手でもないけれど、得意でもない属性の魔法を極めるのは、それだけ大変ってコトね。……生まれつきの魔導の才を持ち、ヒト族の何倍もの寿命を持つエルフ族でそれだもの……」
「……むう……」
ハークはここでヴィラデルの表情の意味に気がついた。
羨むどころではない。つまりは魔導の才も、生きる時間もエルフに劣るヒト族では言わずもがな、ということだ。
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