469 第28話08:己の心をかたち造れ④
突然外へと連れ出され、ウルスラとレトの2人は若干に戸惑いを見せていた。ただし、本来呼ばれたのはレトの方だけで、ウルスラはその付き添いである。
「なぁ、兄ちゃん。何するんだ、これから?」
ハークたちやスケリー、更には手の空いている
「そうだな。まず、自己紹介といくか。俺の名はフーゲイン=アシモフ。この国の隣の国で軍人をしている。ハークたちの友人だ」
「エルフの兄ちゃんの? そ、そっか。俺はレトっていうんだ」
「聞いている。お前さんの経緯も粗方な。強くなりたいんだろ?」
「う、うん。そうだけど……」
「オーケー。じゃあ、早速かかってこい」
「え!? で、でも……」
レトは躊躇する。これも当然だった。
「大丈夫だ。粗方聞いているって言ったろ? 変身すると制御が効かねえらしいな。そいつを効くようにしてやる」
自信満々に、笑みさえ浮かべて言うフーゲイン。が、ハークには解る。彼は既に臨戦態勢だ。いつ飛び掛かられても良いようにしていた。
レトは獣人族であることも関係しているのだろうが、どうも感受性が高い。フーゲインの、所謂気合の入った状態であることを敏感に感知したのか、顔を、特に視線をモログの方に向けた。
モログは無言のままいつものように腕を組み佇んでいたが、レトの視線を受けてゆっくりと首を縦に振る。それを見て、少年の表情が若干に変わった。戸惑いが薄れ、やや好戦的なものへと。
「よっし。じゃあ行くぜ、ええっと、フーゲインの兄ちゃん! 怪我しないでくれよ!」
「おう、任せろ」
フーゲインが応えると、レトの変化が即座に始まった。
背丈が伸び、細身の身体がみるみる筋肉の発達したものへと変わる。
「おおっ、聞いちゃあいたが、スゲエな」
さすがにフーゲインも初見では驚いたようである。が、余裕は失っていない。
それはそうであろう。出会った時既に、彼は非常に強かった。
正直なところ、経験の差、持ち得る手段の差により、総合的な実力面でわずかにハークが上回っていたものの、純粋な力、速度、防御能力などの戦力面のみを考えるならば互角、いや、逆にわずかにフーゲインの方が上であったのだ。
あの頃より、ハークもそうだがフーゲインも勿論のこと、レベルだけでなく実力を大きく伸ばしていた。
彼は今やレベル41であろうが、絶対に常なるレベル通りの強さではない。単なるレベル差だけであれば、普通ならばこの世界で絶望的と言われる5くらいの差でも余裕で覆すことだろう。
対して、変身後のレトのレベルは今現在、虎丸の鑑定によると36。フーゲインに敵う筈もない。
確かに、あのモログの防御能力を突破して表面に傷をつけることのできる攻撃力は大したものだ。
だがそれは斬魔刀を使用していた頃の、『特別武技戦技大会』にてモログと決勝とぶつかり合ったハークと同等、とも考えることができた。更に、スキルも使えない。
「おおっと!」
瞬く間に変化を終え、背丈の差を逆転させた人狼の姿のレトが右腕を振り下ろしたが、フーゲインは危なげなく避けた。
「動きは鋭えが、それだけだな! もっと相手の動きを予測しねえと駄目だぜ! 永遠に当たらねえぞ!」
続くレトの左手が水平に薙いで振られたが、これも軽くひょいと軽く屈むことでフーゲインは躱す。
〈わずか2撃目で見切ったか〉
もうフーゲインは下半身を動かすこともしていない。余裕の表れと言えるだろう。
侮り、とは別の問題だ。向こうは相手がどう動くとか、などと全く考えてはいない。木石に対する攻撃とまるで変わりがなかった。
最早、当たる可能性は微塵もないだろう。本能による攻撃の限界と言えた。
これをどうにかせねばならない。戦いに、攻撃に意識を乗せるのだ。
これができねばレトの成長は無い。
「ホレホレ! ちゃんと見てんのか、眼ン玉開いてんかあ⁉ 振ってるだけじゃあ当たらねえぞ! その眼は飾りもんで、とりあえず顔についてんじゃあねえんだぞ!」
「グァアアアア!」
フーゲインの挑発的な物言いに、人狼レトが怒りの咆哮を上げた。
〈感情を
確かに有効な気がする。攻撃の精度が眼に映るほどではないにしても、本当にわずかながらに高まったようだ。
ハークたちも変身中のレトに向かい大声で語りかけたことは何度かある。が、その前に彼のスタミナを大幅に削っておかねば効果などなかった。
さすがに、慣れている。フーゲインが事前に語った通りであった。
鬼族は元々、他の人間種を圧倒するほどに好戦的な種族であるという。
これは、持って生まれた強すぎる闘争本能によるもので、幼少期はこれが強く表に出ている状態であることから、誰彼構わず勝負、というより喧嘩を吹っかけるという厄介な性質を持っているらしい。
フーゲインとて、とある視点から観れば充分に今も好戦的だと思えるかも知れないが、普段の彼は決して浅慮ではなく年相応の落ち着きようもある。リィズのことを除けば。
そして幼少期の彼は、本人の弁によると今とは比べ物にならぬほどに向こう見ずで、相当に身勝手であったらしい。
鬼族はこれら本能に引きずられたままの行動を、恥として捉えており、克服しなければどんなに強かろうとも成人とは認められぬらしく、鬼族だけが集団で生活する場から一歩も外には出られない。
逆を言えば、克服さえしてしまえば年齢すら関係なく成人と認められるようで、鬼族でも天才と言われたフーゲインは5歳と非常に早かったという。
そうして外界に出ることを許されてすぐ、フーゲインはリィズ、エヴァンジェリン、エリオットらと知り合ったようだが、なればこそ鬼族には本能のままに振舞う行動を抑制する技巧が伝えられていた。フーゲインも里の子供たち相手に何度も指導を行った経験があり、これを応用するというのである。
「おっ! いいぞいいぞォ、今のは! そうだそうだ、よく見ろ! 良く聴け! そして感じるんだ!」
言っていることは具体的なようで、時に抽象的なものだが、効果は
何撃かごとにレトの動きが良くなっているのだ。ハークのすぐ隣から驚いた雰囲気が伝わってきてその方向に視線を横目で向けると、モログの組まれていた両腕が自然と解かれかかっていた。
「ノウハウを持っている、なんて豪語するだけはあるわネェ」
「うんうん!」
さすがのヴィラデルも感心し、シアがそれに同意する。ハークも全く同じ思いだった。
「グォオオオオ!」
「おおっとォ!」
遂にフーゲインも上半身だけではレトの攻撃を捌き切れなくなってきた。軽く後ろに飛び退くと同時に言う。
「よォし! じゃあ次は、拳を固めてみろ!」
「グァ?」
「こうだ! そのまま突き出せ!」
「グォッ!」
驚くべきことが起こった。人狼化したレトがフーゲインの言う通りに拳を握り、それを眼の前の存在に向かって打ち放ったのである。
「ほぉアッチャアー!」
そしてフーゲインから放たれた正拳突きとかち合い、鋼の響きを周囲に轟かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます