468 第28話07:己の心をかたち造れ③




 そう語りつつも、ハークは頭の中で別の事柄を思い浮かべていた。

 彼の頭脳に想起されたのは、巨大で強力な龍種のみが使用できるという究極の龍言語魔法である。


『エルザルドよ、聞こえておったか?』


 ハークは虎丸を介し、首にぶら下げた袋の中に今も保存される、老齢に達したドラゴンの知識を宿した魔晶石に語りかけた。

 話を向けられると事前に察していたのか、エルザルドの応答は早い。


『勿論だ。聞いておったよ。未来の出来事に対する面で、龍言語魔法『可能性感知ポテンシャル・センシング』に似ておる、とも感じられたかね?』


『うむ。正直に言って、儂には両者同じものではないかとも思えたのだが、実際にどうなのかね?』


『我からすればかなり別物だな』


『ふむ、その辺りを詳しくご教授願いたい』


『承った。まず、未来に関する情報を得るという面で、かなり似通っておると感じられたのであればその通り、我も同様に思う。しかし運用方法、使い方の面では全く異なっておる』


『使い方?』


『その『星見』とやらはどうやら、その時点での未来に起こる、帝国に対し損害を与え得るであろう不特定な事象の観測を行う、というものであろう。だが、そこが全く異なっている。『可能性感知ポテンシャル・センシング』はこれから先に起こる事象に関してではなく、既に・・起こった事柄に対するカウンター、対処手段として使用するものなのだよ』


『ああ、そういえば言っていたな。確か、望む未来と結果を得るために必要な行動を感知できる、と』


『よく憶えてくれておるな、ハーク殿。とは言っても結果に対する経緯が多少判然とするくらいで、絶対なものではないがね』


『……考えてみれば、その『星見』と同じ効果を『可能性感知ポテンシャル・センシング』が発揮できるのであれば、エルザルド、お主は今も存命中であるのかも知れんものな……』


『確かに。ふうむ、現在の龍族が数千年、あるいは数万年の時を経て、今の能力を正当に進化させられるならば、『可能性感知ポテンシャル・センシング』にてそういった未来予見を行使することも可能、とも考えられる』


『ほう?』


『元々、龍言語魔法の『可能性感知ポテンシャル・センシング』はそれ単体で機能する能力ではない。非常に複雑な話になるが、まず『仮想領域作成クリエイション・イマジネーション・エリア』にて脳の余剰分を隔離、『映像記録フッテージ』などを使用して映像や知識を圧縮、『森羅万象サーチ』にて管理し、自身の経験を含めたある一定の段階にまでデータ、知識量が達することで発動可能となる。『可能性感知ポテンシャル・センシング』とは龍言語魔法のすいを集めた集大成なのだよ』


『……成程。まるで刀剣技の奥義かのようだな。ん? ということは、正当な進化とはつまり、知識量ということか?』


『本当にハーク殿は察しが良いというか、呑み込みが早いな。まぁ、知識量だけではなく、演算能力等も今のままでは足りぬだろうがな。全ての物事には必ず因果関係というものがある。そういった因果の起点を捉えることが可能となれば、一見無軌道とも、思いつきとも思える他者の行動さえ、過去の経験と経緯、あの時はこうした、あの集団はこのような場合にこういう行動を取る傾向がある、などのデータ量、知識の積み重ねにより予測しきることが可能となるのかも知れん』



 などと頭の中でやかましく知恵の交換を行っている最中も、ハークの眼の前では口で発する意見の交換が行われていた。


「ふむッ。それで目立つ我らまでもッ、あえて作戦の中核に迎えたのかッ」


「そういうこった。察しが良くて助かるぜ、モログ」


 ここでヴィラデルがまたも呆れたように口を挟む。


「感心してる場合? 下手をすれば13将の残り全員とか、帝国の残存部隊すべてをぶつけられてもおかしくないのヨ?」


「だからこそッ、我らの出番であるのだろうッ」


「そうだね。モログさんの言う通りだよ」


「んも~、シアまでヤル気になっちゃって……。でもさ、フーちゃん、ちょっと言いにくいんだけど、そのヌルの森の村、だっけ? もし今回のことが『星見』にて本当に予見されているんだったら、彼らの裏切りも帝国にもうバレちゃったりしてて……」


 ヴィラデルの言いたいことが解ったのか、フーゲインが機先を制する。


「ああ、既に村の非戦闘員全員、皆殺しにされているかも、か? 大丈夫だ、それはねえよ」


「あら? どうして?」


「リンたちはよ、何か魔法なのかなんなのかはよく分からねえんだけどよ、一族間にだけに伝わる秘術だとかで、仲間が今も生きているか死んでいるかどうかだけは分かるんだそうだ」


「ヘェ、何かの呪物なのかしら」


「知ってるのか?」


「昔に聞いたことがあるくらいよ。遠く離れゆく肉親や親しい人物と互いに肉体の一部、といっても髪の毛とからしいんだけど、そういうのを練り込んだ物品を交換し合って、互いの無事を祈るっていうおまじないのようなものね。古い古い慣習の一種で、ずっと遠い昔にすたれたとも聞いているわ。ただ、ごく稀にその物品の交換し合った相手に何事かが起こって命を落とした場合に、その人物が渡した交換品も焦げたように黒ずむ、なんてことがあったらしいの」


「ほう、何か面白えな。詳しくは聞いてねえけど、そういうもんなのかも知れねえ。とにかく、今回の俺たちの作戦目的は今ンところ無事だ。帝国側がリンたちの恭順に気づいて一網打尽にしようとしているのか、それとも気づかぬままに利用しようとしているのかまでは分からねえがな。大将やロッシュさんの予想は、向こうはリンたちがこちらに鞍替えしたことまでは掴んではおらず、リンたち暗殺者集団がワレンシュタイン領にて暴れて被害をもたらしたことに対する直接的な報復と捉えるのではないか、と言っていたぜ」


「ああ、つまり、まだ帝国全体を相手に戦うことはまだしないけれど、一部族が固まった集落の一つ壊滅させる程度ならば、ってコト? どっかで聞いたことある感じね。具体的に言うとトゥケイオスの街辺りで」


 ここで、エルザルドとの情報交換を一旦終えて、今まで聞き役に徹していたハークが再び会話に参加する。


「そうだったな。もしあの時、儂らがトゥケイオスの街を守り切れておれなければ、あの戦いに参加できておらなければ、帝国の仕業とは判明しなかったであろうな。疑えたとしても、状況証拠ですら手に入れられぬことになっていたであろう。それと同じようなことをワレンシュタイン軍が行うと予測するワケか……。有り得そうだな」


「他者は結局、自分が行いそうなことでしか他者の行動を測らないからねェ」


 ヴィラデルの言葉に、ハークは肯く。


「そういうことだ。ま、帝国側がどんな罠を用意していようと、この面子であれば噛み破るのにそれほど問題はなかろう。我らは全ての手札が使えるのだからな」


「ゴリ押しに魔法戦、虎丸ちゃんの感覚器官によるからめ手にスピード勝負。確かにそうねェ。これだけの戦法が高次元で使用できるのだもの。後はやってやるだけってヤツね」


「出たとこ勝負でも負けないさ!」


「うむッ、対応してみせようッ」


 ハークの言葉で、たとえこちらの作戦を予見されていようとも、その場の閃き一つで臨機応変に対応可能な戦力が揃っていること思い出し、ヴィラデル、シア、モログと自信のこもった言葉を口にする。


「よっしゃ、その意気だぜ! ンでよ、最初ここに俺が着くまでに何話してたんだ?」


 一つの議題の終わりが見えたと同時に、フーゲインが即座に話を蒸し返した。

 遠慮会釈無いその行動にハークまでもが苦笑して皆で顔を見合わせるが、結局はヴィラデルが、帝国の研究所から連れ出した子供2人組を本人たちの希望もあり、少し鍛え上げていること。そしてその内の1人、ライカンスロープのような変身能力を持つ方が、不安定な精神のせいで未だその成長に進展らしい進展がみられずに停滞気味であることを説明して語る。


 すると、フーゲインは自分自身を指差し、自信満々に言った。


「ヘェ、その坊主、俺に任せてくれよ」




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