467 第28話06:己の心をかたち造れ②




「いつもいつもいきなりねェ、アナタは。先に話すことがあるでしょうよ。大体、なんで1人なのヨ? 部隊率いてきたんじゃあないの?」


 呆れた声でそう問い質すのはヴィラデルである。本当に溜息まじりだった。


「おう、大人数で帝国内を堂々とほっつき歩くワケにもいかねえからな」


「ああ、考えてみればそうよネ」


「だろ? なので俺とは別行動だ。オランストレイシアの領内を帝国の国境線ギリギリに目的の場所へ向かわせているぜ」


「どれくらい連れてきたの?」


「一個小隊だ。道案内と迅速な説得のためにリンとその他10名もいるから、総勢で40ってトコロだな」


「ヘェ、それは確かに大所帯ネ」


「今回の作戦は非戦闘員の護送が目的だからな。お前らみてえに暴れるだけじゃあ済まねえってコトよ」


 冗談めいた物言いでフーゲインは憎まれ口を叩く。


「あらあら、言ってくれるじゃない。そんな繊細な任務を任されちゃったアナタのお気の毒な部下は誰かしら? ひょっとしてあの時の犬人ちゃん?」


「エリオットのことか? アイツは来てねえよ。アレでもウチの守りの一角を担う1人だからな」


 ここでシアが口を挟んだ。


「じゃあ、誰が来ているんだい? あたしたちも知っている人?」


「おう。マクガイヤだ。この前の凍土国の遠征にも参加しているから、顔くらい憶えてねえか?」


 ハークは、その名に強く憶えがあった。


「ああ、かの遠征の最終戦にて、我ら側の通路の指揮を執っていた方か。無論、憶えておるよ。虎丸も憶えておるか?」


「がう」


 主人からの問いかけに、虎丸も自信を持って首を縦に振った。

 『かの遠征の最終戦』とハークが語った凍土国オランストレイシアでのキカイヘイ軍団との決戦、その最終局面でハークたちワレンシュタイン軍は地形と日毬の魔法を巧みに利用して敵の戦力を2つに分断、犠牲者を極力減らしての完全撃破に成功していた。

 マクガイヤなる人物は、その最終局面の戦いにおいてワレンシュタイン軍側から見た右側通路、方角からして西側の通路をハーク、虎丸そして日毬と共に担当。脱落隊無し、負傷者率わずか一桁台という驚異的な戦績をハークたちと築き上げた仲である。


 聞いた話によると、帰還後に上記の功績を認められて、2階級特進の大出世を果たしたとのことだ。彼が来てくれるのであれば、フーゲインと併せ尚の事心強い。

 ただし、まだ精神の幼い日毬だけは記憶もあやふやなのか小首を傾げている。なのでハークもあえて話は振らない。


 再びヴィラデルが口を開いた。


「んで? 帝国から連れ出すのは何人なの?」


「む? あ~、まァ、そうだな。先に本来の作戦の話からした方が良いよな」


「うん、そっちから頼むよ」


 促したのはシアである。ヴィラデルはその隣で、さも当然でしょうよと言わんばかりの表情で首を縦に振った。わざわざ口に出さぬだけマシとも言える。


「了解だ。まず今回の作戦内容と目的を説明するぜ。今からきっかり2週間後の午後2時に向けて、俺たちはこの国唯一の森、その中心部に位置するっていう村に到着する。場所は帝都から北東の位置だ」


「ヘェ、この国にも一応の森林地帯ってモノがあるのね」


「ああ。その辺りは結構な昔、20を超える湖に大小様々な川が流れていた場所らしいぜ。今はもう、小さな池みたいな湖が1つっきり村の近くに残されているだけのようだがな」


「それ、もうほとんどオアシスじゃない……」


 呆れた口調でシアが言った。


「悠久の時か、帝国の無策がゆえかは分からぬが、急激な乾燥化が招いた結果ということか」


 ハークも同調するように言い放つ。


「だな。長い眼で考えると、このまま帝国の支配のままに任せたままじゃあ砂漠化も時間の問題かも知れねえ。でよ、話を戻すけど、その森はヌルの森と呼ばれていて、西の入り口でマクガイヤ率いる別動隊と決行日の朝までに合流予定だ。かなり距離があるんで、5日前くらいにはここを出たいもんだな。まぁ、虎丸殿とモログの足であれば、1日で踏破可能かも知れねえが、ここは帝国だ。全力疾走でドタバタやるワケにもいかねえからな」


「そうだな」


「リンたちの案内で現地に着いたらすぐに作戦決行だ。非戦闘員を連れて帝国領内を脱出。北に向かう」


「北? 凍土国の領内に向かうのかい?」


 この質問を発したのはシアである。フーゲインは頷きをもって肯定する。


「そうだ。帝国内を突っ切るルートじゃあ、距離は短くてもやっぱり危険だからな。凍土国に入っちまえば、多少遠回りだろうと安全だ。クルセルヴたち聖騎士団の協力で、既に通行の許可も得ている」


「戦えぬ子供や女子おなご、老人を抱えては、極力戦闘を避けるのは当然だな。その村には、一体何人くらい残されておるのだ?」


「話によると400人近えらしい」


「結構いるのネ。となると戦闘要員1人に対して非戦闘員およそ10人か……。抱えて走って退散、なんて手は使えないワね」


「ヴィラデルさんの言う通りだ。できれば帝国側には発見もされずに事を済ませたいところだが……、どうもそいつは難しいかも知れねえな」


 フーゲインは決して楽観的な方ではない。だが同時に、未来に対して悲観的なモノの見方をする男でもなかった。そこに違和感を覚え、彼の人柄を知るハーク、シア、ヴィラデルは顔を見合わせる。


「なんでよ? 聞いてた感じ、かなり良い作戦だと思ったわヨ? ちょっと心配症過ぎるのではないかしら。それに、こちらの手に入れた情報だと、帝国は帝都以外のことに関心が薄いみたいだから、上手くいけば本当に1度も戦闘どころか会敵もせずに任務達成なんてことも、決して難しいとは思えないワ」


 まるで自分たちが手に入れたような感じでヴィラデルは言っているが、その情報をもたらしたのはスケリーたち『四ツ首』の帝国出張組である。ただし、あえて話の腰を折る必要もないのでハークもこの件に関しては黙したままだった。


「それがよ、そうでもねえらしいんだ。ハークとモログがよ、ついこの前にブッ飛ばしたっていう帝国の13将のうちの2人が先日ウチの領に亡命したのは、大将からの手紙で知っているだろ?」


 ハークは、今度はモログと顔を見合わせる。


「うむッ、聞いているッ」


「圧殺のロルフォンと、自在剣のクシャナル、であったな」


「おう、そいつらだ。そいつらから得られた情報の中に、スゲエ奇妙なモンが混じっていたんだ。帝国がここ最近になって完成させた、『星見』っていう技術らしい」


「『星見』? 帝国の連中が毎晩夜空見上げて、占いでもしてンのかしら」


「そんな可愛げのあるモンじゃあないようだぜ。何とよ、未来を予見できる技術なんだそうだ」


「何!? 未来を!?」


「どういうこと?」


「詳細は分からねえが、事件や事故が起こる場所、日時まで事前に予測可能らしい。当初こそ結果にバラつきもあったが、どんどん精度も上がっているとのことだ。最近じゃあ相手側の戦力をある程度測る、脅威度とやらも割り出せるらしい」


「そういえばウルスラが言っていたがッ、我らが忍び込んだあの研究所は交代で帝国13将が常に警備に参加していたのは事実でも、普段は1人か2人であったらしいッ。それが4人もいたということはッ……!」


「あたしらの襲撃が読まれていた、ってコトかい!?」


「どうやらそのようね、シア。戦力的には見誤ったようだけど。けれど、そうなると……、ハーク」


 ヴィラデルはハークに視線を送る。その視線の意味を理解し、ハークは肯くと口を開いた。


「今回もその『星見』とやらで予見されている可能性がある、ということか。となれば、罠も張られておる可能性も高いか」




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