466 第28話05:己の心をかたち造れ




「いよォ」


 たった1人でふらりとハークたちの潜伏する宿場街に訪れた旅行者のような鬼族の青年は、そう一言だけ挨拶をする。

 まるで昨日も会っていたかのような気安さだが、実際にはモログを除いたハークたちでさえ、ほぼ2か月半ぶりの再会だ。


 こうした型にはまらず独特で、飾らない気質こそがワレンシュタイン軍上級大将フーゲイン=アシモフの特色を、最も良く表しているようなところがある。従魔たちと共に出迎えたハークも、それを良く理解していた。


「やぁ、フーゲイン」


 フーゲインにつられて、ハークも肩の力を抜いた返事を返す。


「元気にしてたかよ」


 屈託なく右手を差し出すフーゲインに対し、ハークも即座にその手を握った。


「ふ。貴殿といざ対峙すると、それまで多少は緊迫感をもって臨んだ己が馬鹿らしくなってくるな」


「ん? なんだ、緊張していたのかよ?」


 何でか解らないといった表情のフーゲインに、ハークは苦笑を見せる。


「まぁな。一発くらいは殴られるかもしれん、とか考えておったからな」


「ああ、お嬢と姫さんを泣かせた件か」


 どうやら得心したようだが、今度はフーゲインの方が苦笑を見せ、首を横に振る。


「泣かせたってのを聞いた次の日ぐれえなら、そういうことも考えたかも知れねえが……」


 矢張り考えたのか、とハークは心の内で冷や汗をかく。ハークの物理防御能力、並びに耐久力値は低い。まさか本気でやりはしないだろうが、フーゲインの攻撃力は高く、喰らいどころを間違えれば大事に成りかねない怖さがあった。

 彼はポリポリと自身の側頭部を掻きながら続ける。


「……ハークの怒りも理解できるぜ。俺もよ、皇帝ってヤロウの横っ面めがけて、拳を全力で叩き込んでやりてえが、その役目はハークたちに任せるさ。今回の任務だけで我慢だ」


 一見すると無軌道で、自身の欲望を優先させるような雰囲気を持つフーゲインには、やや似合わぬ台詞であるかも知れない。が、彼の内面を良く知る者であれば解る。

 フーゲインは、己の中の優先順位を間違えるような男ではない。


「ではせめて満足のいく結果とせねばな。こちらだ」


「おう。是非、今回も協力頼むぜ」


 ハークと彼の従魔たち、そしてフーゲインは連れ立ってこの地の拠点、『四ツ首』の所有する酒場へと足を進めた。



 今回、ハークたちに遅れて帝国へと侵入したフーゲインであったが、無論1人ということではない。彼が本来率いるべき人員は別の方面、具体的に言えば凍土国オランストレイシアとバアル帝国との国境線ギリギリをゆっくりと東に進んでいる。今回の作戦の性質上、ワレンシュタイン軍側は極力隠密に行動する必要があったからである。


 ワレンシュタイン軍が戦闘面において中核、その一翼を担う上級大将が1人、フーゲインまでをも参加させる今回の作戦。この発端は約半年前に遡る。

 リン=カールサワー率いる帝国からの潜入部隊、これが丸ごとワレンシュタイン軍に恭順を示した時だ。もっと言うならばランバート=グラン=ワレンシュタイン伯爵本人並びにワレンシュタイン領に一族全てで従うこと、所属することを決定した日である。


 ランバートの愛娘であるリィズの行動もあり、モーデル王国最強のワレンシュタイン軍を相手に、既にかなり追い込まれかけていた状態の彼らにとっては温情とも取れる全滅を回避した形となった訳だが、問題はそこで終わっていなかった。

 彼ら暗殺者集団の実行部隊以外の人員、つまりは彼ら以外の子供や年老いた者たち、更にそれらを世話する役目の女性ら非戦闘員が、頭領であるリンがその所属を移したとしても未だ帝国にその身を置いていたのである。


 任務の最中に勝手に所属をモーデル王国へと変えるという裏切りが、万が一帝国にバレれば、その残された者たちの運命は当然に破滅的なものへとなる。

 何らかのモーデルに対する交渉材料とされるならばまだ良いだろう。最悪なのは粛清と称し、残された非戦闘員を全員見せしめに殺害、虐殺されることである。これまでの帝国の数々の行動から鑑みれば、後者の目算が高い。


 そうなる前に彼らをワレンシュタイン領内に護送するのが今回の作戦内容、及び目的である。ただ、半年ほど経過した今になって実行される運びとなったのには主に2つの理由があった。


 1つ目はハークたちが帝国での行動を開始してしまった、からである。


 ハークたちが起こした、あるいはこれから起こす帝国への敵対行動の全ては、実は厳密に言わなくともモーデル王国とは一切の関係が無い。

 ハークもモログもシアもヴィラデルも、モーデルのどこかに所属する軍人などではないからだ。ヴィラデルに至ってはモーデルの出身ですらない。


 ところが、そんな事には関係なくハークたちの行動に対する結果として、帝国はモーデルを相手に報復を行うに違いないだろう。

 ハークたち、特にモログはモーデルにて名を馳せた人物というだけで、そして報復の一環として、裏切者の粛清という名の虐殺が行われるのは、これまで帝国を考えれば何の不思議でもなかった。


 未だハークたちが起こした破壊活動も、リンたち暗殺者集団による所属鞍替えの裏切りも、どちらも帝国には露見してはいない。

 これは個々の強さを最重要視する帝国軍にとっての情報収集を専門とする部署がいない、というのが大きかった。

 というよりも唯一、情報収集も得意としていた部隊がリン率いる暗殺者の集団であったのだ。

 この事実にモーデル、特にワレンシュタイン軍とリンら暗殺者集団は大いに助けられていた訳だが、人の口に戸は立てられぬという言葉がある。こういうのは大概に時間の問題なのだ。


 よって帝国に上記の事実を掴まれ、大義名分が与えられかねない状況の前に非戦闘員の護送を行う必要があった。

 もっとも、大義名分など無くとも帝国は、そう言った危険な行動を起こしてきたという実績はあるのだが。


 2つ目にはモーデル国内全体の問題が解決したことにより、情勢がようやく落ち着いたから、である。

 国内情勢の問題とはつまり、第一王子のアレスであった。これが片付いたことにより、様々な事前の準備さえ行えば、部隊を国外にも派遣できるまでになった、こういうことだ。


 普通の国であれば、軍全体での攻勢も考えるところであろう。

 つまりは侵攻だ。

 モーデルに領土的野心が皆無であるからこその1部隊派遣に留まっているのであった。


 上記の作戦にハークたちの参加表明は、半ばワレンシュタイン軍内で決定的だったとはいえ僥倖だった。作戦成功の戦略的安定性と、目的である非戦闘員護送に対する安全性に、格別たる違いをもたらすことは明白であったからだ。

 そして、彼らとの連携を取り持つがために、関係性の深いフーゲインが帝国でのハークたちが潜伏する宿場街へと訪れる運びとなるのである。




 案内として先行するハークに続き、『四ツ首』の宿屋兼酒場の中に一歩足を踏み入れたフーゲインは、どこか答えの出ない迷走した会議室内のような雰囲気を感じ取り、一瞬だけ鼻白んだ。

 実際とは別にして、無頼にして粗暴な様子を漂わせるフーゲインであっても軍の上級大将という地位にある以上、様々な会議、軍議への参加経験は枚挙にいとまがない。とはいえ、答えの出にくい問題に対する会議は未だ苦手で大嫌いだった。


 人は通常、嫌いなものに相対することに対しては敏感になる。フーゲインもそういう意味ではやや過敏に感じ取ったが、中にいたほとんど全ての人物、特に女性陣は明らかに表情を朗らかなものへと変えた。

 まず、シアが立ち上がる。


「やぁ、フーゲインさん久しぶり! ってそれほどでもないか」


「おう、そうだな、シア! おおよそ2カ月ぶりくれえってとこかな?」


「相変わらずネェ、フーちゃん」


「フーちゃんはよせって、ヴィラデルさんよ。あんたも相変わらずそうで安心したぜ」


「ええ、異国でも元気にやってるワ。とはいえ、いつも暴れん坊を抑えてるエヴァンジェリンの苦労が大分解る感じになってきたけどネ」


「本当に相変わらずだな、あんた……」


 ヴィラデルの嫌味はハークにも向けられたもので、フーゲインとその隣に並ぶハークに渋面を作らせる。

 しかし、すぐに元の表情へと戻ったフーゲインはモログへと身体ごと向けた。


「よォ、モログさんよ。あんたがハークたちと行動を共にしていたのは部下から聞いていたが、こうして再会できて良かったぜ」


「うむッ、モログと呼び捨てで構わんよッ。君のことは憶えているッ。半年ほど前の『特別武技戦技大会』後ッ、俺がワレンシュタイン領内に巣くうタラスクと戦った際に同行してくれた者だなッ?」


「ヘェ、憶えていてくれていたとは光栄だな。あんたがこの暴れん坊どもについてくれていることに関してはウチの連中やお嬢を始め、姫さんなど多くの人々に安心感を与えてくれているぜ。引き続き、よろしく頼まあ」


 モログはしっかりと頷いた後に返答する。


「うむッ、任せてもらおうッ。人々に安心を与えることこそが俺の活動本分であるのだからなッ」


 ここで、スケリーが珍しくかしこまった調子でフーゲインの前に出た。


「フーゲイン上級大将殿、ここの『四ツ首』を率いているスケリーと申します。以後、お見知り置きをお願い致します」


「そんなに改まらなくても結構だぜ。ここがワレンシュタイン領で、事前に協力体制を聞かされてなけりゃあ、ブッ飛ばしてから全員叩き出していたかも知れないけどな」


 フーゲインがにいっ、とやや不敵な笑いを見せる。

 スケリーたち鶏冠頭たちと日々接していると忘れてしまいそうになるが、元来彼らは非合法組織の構成員なのである。


「恐れ入ります。お噂はかねがね……」


 スケリーが恐縮するのも無理はなかった。ワレンシュタイン領はその獣人を主とした体制によって、長年『四ツ首』の進出を阻んできた歴史が確固としてあるのである。

 つまりは先にフーゲインが述べた仮の話・・・を、彼と彼の仲間たちは実際に幾度も実行し続けてきた、という事実に他ならない。


「まぁ、ハークからの手紙でここにいるあんたらが信用できる連中だということは知っている。ここにいる間は俺も問題は起こす気無えし、仲良くさせてもらうぜ」


「ありがとうございます」


 礼として頭を下げるスケリーからすぐに視線を外して、フーゲインはハークたちの方向に向き直った。


「それで? 一体、何を話していたんだ?」


 たとえ苦手としていても、フーゲインはすぐに踏み込む性分なのである。

 こういうところはハークにも通ずる。が、彼はそれに気がつかぬままに、実にらしい・・・と内心微笑んだ。




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