464 第28話03:Exile




「それだけって……、他に何が……?」


「何が……って、例えばだな、妻と娘にずっと美味い飯だとか、良い暮らしをだとか、自分にも良い働き口の紹介を、とか色々あるだろうに」


「そ、それはさすがに高望みが過ぎるのではなかろうか……?」


 ロルフォンがそう返すと、担当官の男は少し呆れたかのように言う。


「いやいや、それぐれえ『健康で文化的な最低限度の生活を営む』には当然だろう。そうじゃあなくてだな、貴殿がこちらに協力、提供してくれる情報の量が多ければ多いほど、こちらは貴殿とご家族の未来に貢献ができるってことさ」


「……随分と直接的な物言いをされるのだな。そのような権限が貴殿にあるのか?」


「あるな。こう見えても、俺はこの領の主らしいからよ」


「はぁっ!?」


「まさか!? あなたが辺境領の、御領主、様っ!?」


「えーーーーー? ウッソだぁーーー」


 ロルフォンと奥方までは良かったが、子供の正直な感想によって、ランバートは撃沈する。要はズッコケていた。椅子からズレ落ちたのである。


「ああっ、なんてこと言うのこの子は!?」


「ごっ、御領主殿、申し訳もござらん!」


「えーーー? だって、とーちゃん、かーちゃん、このヒト全然エラそうじゃーないよ?」


「おっ、お前はっ! いいからもう黙っていなさいっ!」


「申し訳ない、御領主殿! ここは俺の身一つで……!」


 が、慌てた夫妻の耳に聞こえてきたのは屈託のない笑い声であった。


「ぷっ! あっはっはっはっは! ああいやいや、全然気にするこたぁねえ! あーはっはっはっは!」


 椅子の上に復帰してきた担当者ならぬ領主はまだ膝を叩いて笑っている。


「あーーったくよォ、子供は実に正直なモンだぜェ! そーだよなァ、俺みてえな輩がよォ、偉そうに見えるワケはねぇーーよなァ!」


 しばらく夫妻は愛娘の口元を共同で抑えて固まっていたが、相手の爆笑が収まってきた時を見計らってロルフォンが恐る恐る訊く。


「ええと、結局、貴殿は……?」


「おおっと、スマンスマン。名乗りすら済ませてはいなかったよな。俺の名はランバート=グラン=ワレンシュタイン。何の因果か、この領の全体を治めている」


「やっぱり御領主殿か! 平にご容赦……!」


 謝罪を行おうとするロルフォン夫妻を、ランバートは伸ばした手を振って止める。


「ああ、良いんだ良いんだ。その子の言う通りさ、俺は偉くねえって。何てったって、俺は平時はお荷物扱いなんだからよ」


「お、お荷物扱い、なのですか?」


「ああ。今回もよォ、「後で文句言ったり注文つけるくらいだったら自分で聞いて自分で決めてきてください」って言われてよ、いくらみんな忙しいからってヒデエよなぁ」


「は、はぁ‥‥…」


「あ~~、だがまぁ、安心してくれ。こんなんでも、俺の眼の黒い内は我儘だろうが何だろうが押し通すこともできる。安心して要望を出してくれや。まず、お子さんの歳は幾つだい?」


「こ、今年で7つだ」


「ほう、ならまずは学校だな」


「えっ!?」


「が、学校!? 教育が受けられるのか⁉」


「ああ。ウチは6歳からなんで、丸一年分を先に学んで、追いついてもらうことになるけどな。まぁ、大丈夫だ。そういう子も少なくはねえ」


「お、おい……、教育だってよ……!」


「あなた……!」


「?」


 ロルフォン夫妻は手に手を取り合って喜びを表していたが、その横で一人娘はきょとんとして首を傾げている。これには無論理由があって、帝国にも一応の教育機関があるが、全て上級貴族に占められておりごく一部に限られた特権であった。ロルフォンは帝国13将にまで上りつめたものの元々が下級貴族の出身であり、その機会は彼の娘にも与えられてはいなかった。


「ロルフォン殿、貴殿らは要望が特にねえみてえなんで、僭越ながらこの俺が、これからの道を3つほど提示させていただこう。まずはウチのワレンシュタイン軍に入ってもらう道だ。とりあえずは丸1カ月、人をつけさせてもらって様子は見させてもらうが、その後は俺の部下の次の部下あたりで普通に働いてもらう。まぁ、その後も1年くらいは断続的にご家族ともども行動の監視はさせてもらうだろうが、それが終わりゃあ貴殿の働き如何いかんで昇給、昇格も当然、普通に扱わせてもらう。住む場所や食事に関しては軍が責任を持つので、心配する必要は無いぞ」


「軍人として、また働かせていただけるのか……?」


「ああ。せっかくの帝国13将を遊ばせておくなどと、勿体無さ過ぎて俺にはできんのでな。こいつの難点は、帝国のこの先の行動次第で帝国軍と、貴殿の元同僚たちともぶつかる可能性が高い、ということだな」


「軍人としてお勤めさせていただく以上、当然でしょうな」


「キカイヘイやその他、この先帝国が生み出す奇想天外な兵科とも命を賭して戦ってもらうことになるから、ご家族でよく話し合ってくれ。次の道は1カ月間の様子見の後、冒険者となってもらう道だ」


「冒険者に?」


「帝国じゃあ馴染みの薄い道だろうが、この国、というか西大陸じゃあ貴殿ほどの実力を持った冒険者は引く手数多あまたでな。上手くすれば軍人として大成するよりも稼げる。命令に従う義務もないしな。約1年の監視期間さえ終われば、ワレンシュタイン領以外の場所や地域に移り住むことも可能だ」


「移り住む? そんなことも可能なのか?」


「ああ。冒険者の行動を縛るものは無い。それが唯一の不文律だ。問題としちゃあ、後ろ盾が無くなるってことだな。行動を縛る何者の制限も受けぬ替わりに、基本的に一切の世俗とも無縁となる、ってヤツだ。……まァ、実際のところは全員が全員そこまで厳しい世界に浸りきっているってワケじゃあないが、トップ層に登りつめるヤツらってのは、大抵そんな気概を背負ってやがる。ハーク然り、モログ然りだな」


「モログ……か」


「1年間は監視の意味もあるから住む場所と食事の工面ぐらいはしてやれる。が、それ以降は全て自分で用意してくれ。まァ、猶予期間と思ってもいいくらいだな。そんでもって最後、3つ目の道だが、貴殿らよりも先に亡命者がいたという話をしたが、その亡命者たちの村で一緒に暮らしてもらう」


「亡命者の……村? それはこの領内に?」


「ああ。同じ帝国出身同士だ。それなりに気も合うだろう? 無論、その場合は村の一員として開墾なんかの農作業にも従事することにもなる。共同体にしっかりと根を下ろした上で、改めて軍人や冒険者への道を目指したって良い。村自体がまだ一応の監視対象でもあるから、最初の1カ月間はともかくとして、それ以降はロルフォン殿その他ご家族が個別に監視対象とされることもない。難点を挙げるとすれば、そうだな……、村には学校がまだないので、娘さんは寄宿舎で生活をすることになるってことぐらいかな。大人の足でなら半日くらいなので、休日なんかでご両親がお会いしたければいつでも会うことはできるぜ。……ふむ、考えてみればこれが一番良いかも知れんな。もうすぐ同じ村に、貴殿の娘さんと同条件の子供たちが増える予定だからな」


「子供が、増える……?」


「ああ。さて、それじゃあどの道を選択、他に新しい道を提示してくれても良いが、そいつは追々考えてもらうとして、そろそろ貴殿が持つ情報をいただけねえか? 充分な対価はお出しするつもりだ」


 ロルフォンは一度妻と頷き合って、自らの胸に手を置いてから口を開いた。


「よく解り申した。ランバート殿に隠し事は一切作らぬとお誓いいたしましょう」




   ◇ ◇ ◇




 数時間が経過し、ランバートは自らの執務室にて息子ロッシュフォードと合流していた。


「どうだった、親父?」


「帰化するってんなら問題は無さそうだ。ご家族ともども大いに乗り気ってところだな」


「それに関してはこちらもだ。やはり帝国では上層部であっても我が国の断片的な情報しか与えられていないようだな」


「こちらが明確に帝国を同盟国だと認識していた頃でも、向こうでやたらめったらと吹聴していたワケでもなかったからな。大量の移民が発生しても困る」


「そういうことだったのか」


「まだお前が産まれたくらいの頃だ。と言っても、しっかりと決められたモンでもなく不文律もいいとこだけどな。とりあえず、積極的に宣伝するのはやめましょう、って皆で決めたようなものさ」


「情報の面に関してはどうだ? こちらは多くはないというか、新情報に関してはほぼ収穫無しだ。ハーク殿からいただいた手紙の内容そのままだったよ。まだ1回目だから結論とはいかないが、クシャナル殿は既に、自分の知ることの全てをハーク殿相手に伝え終わっているのではないかと思う」


「成程な。こっちはそういう意味じゃあ中々だったぜ。こいつは年の功というか、帝国13将としての在籍期間の長さのゆえにだろう。まず、ハークたちの報告にもあった獣人を先祖返りさせての『ライカンスロープ兵』についてだが、やはりキカイヘイに代わる次世代の新戦力を開発せんがため、という研究目的であるそうだ」


「ある意味、裏がとれた感じか。どこまでも侮れないな帝国は」


「そうだな。キカイヘイは、元がただの一兵卒であっても、帝国にとって強力な戦士に生まれ変わらせることが可能な技術だったが、製作者側としても唯一の欠点があった。それは一切、成長をしない、ということだったらしい。遭遇するキカイヘイの全てが全員同レベルであったことから、ウチでも予測していたことだったが……」


「本当に予測通りだったんだな。使用する魔晶石に依存するかも、という説は否定されたか」


「ロルフォン殿によると、結局はその身体で出力できるか否か、ということらしいな。キカイヘイの中の管に通っていた液体、どうも『ネンリョウ』というらしいが、アレをもとに動いているということもあって、より強くするためにはガワから全体的に変えなくては意味が無いそうだ」


「そういうことだったのか」


「他にも色々有用な情報が得られたぜ。中には胸糞悪いのもあるが、アイツに持たせる土産話としちゃあ中々だろう。ただよ、その中にはどうしても無視できねえ、気になっちまうモンもあったぜ。『星見』ってヤツだ」


「『星見』? なんだそれは? 字面から判断すると、占いのたぐいか?」


「そんじゃそこらの占いじゃあねえらしい。なんと未来を予見する技術のようだ」


「何!? 未来だって!?」


「ああ。どの程度まで正確に予見するのかはこちらも予測するしかない。この事を含めて作戦を練り直す必要もある。ハークたちには作戦の延期を伝えておいてくれ」


「分かった」


 ロッシュフォードはすぐに一枚のまっさらな紙を取り出すと、流れるように手紙の作成準備を始める。


「とりあえずの決行予定日はいつとする?」


「……そうだな。もしもの人員を取り揃えて、『星見』とやらを煮詰める時間も必要だ。……となるとプラス1週間で、28日後ってところか」


「了解した。28日後だな」


 さらさらと、ロッシュフォードはランバートから伝えられた数字を手紙に書きこんでいた。



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