463 第28話02:亡命




「クソッ、このままじゃあ追いつかれちまうぞ!」


「今は逃げるしかないぞ、クシャナル! 俺たちには今、武器が無いのだからな!」


 ロルフォンの言う通りであった。クシャナルもロルフォンの家族も碌な下準備もせぬままにとにかく帝都を抜け出したのである。従って、まともな武器を用意する暇も無かった。


「分かってる! って、オイ、ロルフォン! 右のヤロウ、腕ブッ飛ばしてくる気じゃあねえのか⁉」


「ぬうっ!?」


 クシャナルが指摘する通り、ロルフォンたちから見て向かって右のキカイヘイが片手を突き出し、その肘辺りをもう片方の手で支えていた。


「シネ。ロケットブースト・パンチ」


「躱せえっ!」


「うおおっ!」


「きゃああああ!」


「ひゃあっ、とーちゃーん!」


 2人の男は、それぞれ年齢に体重も違うが女性を抱えつつも身を翻してみせる。ギリギリを掠めた音速の鉄塊は、遥か前方の大地に到達、破裂させた。


「ちいっ、やられたぜ!」


 全員無傷だった。が、クシャナルたちが攻撃の回避にだけ注力したぶん、差を詰められていた。飛ぶ拳を撃った方は、その際に足を止めていたのでほぼ変化はないが、もう片方からは大分距離を詰められている。あとほんの数回、同じことを交互にされれば、確実に敵の攻撃範囲内に収まってしまうだろう。


「くそっ! 悪かったぜ、ロルフォン! 俺があそこまで強引に誘わなけりゃあ……!」


「何を言う! お前があそこまで強力に誘ってくれなければ、俺は決心がつかないまま陛下に饗されていただけだ! 稼ぎ頭を失った家族の末路など、向こうでは知れている! 精々がスラム行き決定のようなものだ! 生き抜くには相当に難しいであろうから、まだマシだよ! 妻と娘だけは確実に生かす道がまだあるのだからな! クシャナル、今から俺の妻を投げる! 落としてくれるなよ!」


「何ィ!? 何考えてやがんだ、ロルフォン!?」


「あ、あなた!?」


「俺は既に手負いだ! このままでは追いつかれる! 俺が命を賭して時間を稼いでみせるぞ! 俺の愛する妻と娘の未来をまだ若いお前に託す、クシャナル!」


「バカ野郎! 勝手に託すんじゃあねえ! まだ何かある筈だ! 考えろ!」


「わーーん! とーちゃーーん!!」


 子供はこういう時、全てを理解していなくとも察知してしまう。堪えきれずに少女が大泣きを始めた瞬間だった。何かが急速接近してくるのをクシャナルの鋭敏な感覚が捉える。


「おい、ロルフォン! 何か突っ込んでくるぞ! 気をつけろ!」


「むうっ!?」


「———ウチの領内でぇ、何派手に大暴れしてくれてんだキカイヘイがよぉーーおぉおアッチャアアアアーーーーーー!」


 それは正に、クシャナルにもロルフォンにも、眼にも止まらぬ速度で目前を通り過ぎた気がした。瞬間。


 ドッコアアアアアアアアーーン!!


 派手な激突音をあげて、突っ込んできた方の飛び蹴りが決まったのをクシャナルは見た。

 一方でロルフォンは、急に飛び込んできた何者かの一撃によって、まさかのキカイヘイが水平の遥か彼方にまで吹っ飛んでいくのを目撃する。


 実は、クシャナルの方は近づいていた存在にこそ感知はしていたものの、その余りの速度によってそれが生き物とは全く考えておらず、砲弾か何かであると予測していた。が、脳内で予測したものと同じくらいの速度でもう片方のキカイヘイの元へと再度突っ込んでいく青年の姿を視て、彼のことであるとは一目瞭然ではありつつも、その現実離れした速度に脳がついていってくれない。


「『龍覇撃ドラゴン・インパクト』ォオオォオアアーーーー!!」


 ただの一撃によって、キカイヘイの胴体部が粉砕されたのも同様であった。

 最早その光景に現実感などない。




   ◇ ◇ ◇




 ロルフォンは家族と共に、城を案内されていた。

 普通ならば、連行という表現が正しいのだろうが、とてもそうは感じられない。最初は離されまいとしがみついてきた娘が、手をつなぐのみとなったのが良い証拠である。


 とはいえ、向こうも油断しきっているワケではない。

 道案内として先導している者こそ、一瞬でキカイヘイ2体を撃破した鬼族の付き人かのような獣人の少年で、物腰も随分と柔らかいが、ロルフォンたちの斜め後ろ左右と真後ろには全身フル装備に身を包んだ屈強な兵士たちが固めているし、クシャナルとは別々に案内という護送方法も、これをよく表している。


 ただ、ロルフォンとしてはどうにも緊張感を維持できない。

 それは、上級大将と名乗った先程の鬼族の青年フーゲイン=アシモフに対して、こちらが亡命者であると伝えた瞬間に、それまでの戦闘の余波か気合に満ち満ちた彼の表情からしなしなと強気的なモノが抜けていって、その後ろに控えていた今もロルフォンたち家族を先導している少年に助けを求めるかのように、「ど、どうしたらいいんだ?」という情けない声を出していたこととも無関係ではなかった。


 素手で一見簡単にもキカイヘイ2体を撃破する男のとんでもない姿を見た時は、ここは魔境かとも思ってしまったものだが、落差の激しいことである。


「着きました。ここでお待ちください。すぐに担当官が参りますので、それから事情聴取を始めさせていただきますね」


「了解した」


 ロルフォンには特に抵抗の意思などは無い。ただ、家族にだけは手出しをさせぬつもりであった。が、最終的に到達した部屋も、尋問というより少し小さめの応接室といった感じである。

 さすがに拍子抜けして獣人の少年を見るも、彼はにこやかに西大陸独特の風習である礼をしてロルフォンたちを部屋の中へと促すと去って行った。


「とーちゃん、なあんにもされなかったね?」


「あ、ああ。全くだな」


「なんだか、敵国に来たとはとても思えない対応ですね。あなた」


「そうだな」


 少年に言われた通りに大人しく3人で待っていると、体感5分ほどで担当者が現れた。


 齢はロルフォンとほぼ変わらぬか若干に上、明らかにヒト族だが、身長も含めて体格の良いロルフォンと同じくらいの偉丈夫が頭部以外の全身に鎧を着込んでいる。

 彼に続いて、こちらもヒト族であるのだが、長年の外働きがためか黒く変色して厚くなった面の皮が印象的な初老の男性も入ってきた。先に入室した人物と比べると普通の背丈、通常の体格で、こちらは軽装である。


 先に入室した、ロルフォンとタメを貼る体格の持ち主が応接セットの対面にどかりと腰を下ろす。後に入室した初老の男は部屋のドア脇、先に入室した男から斜め後ろの位置に壁を背にして直立不動の体勢である。

 ロルフォンの眼の前に座る男が口を開いた。


「お待たせしたな。帝国13将が一人、ロルフォン殿と聞いているが、間違いないか?」


「うむ、そうだ。この度の家族ともどもの亡命の件。よろしくお頼み申す」


「ふむ、なるほどな。……どうかね?」


「?」


 担当官らしき人物が「どうかね?」と聞く際に後ろを振り向く。ロルフォンには何のことか全く分からなかったが、視線を送られた初老の男性はロルフォンの顔を数秒見つめてから肯いて言った。


「間違いございません。圧殺のロルフォン殿ご自身です」


「解った。ご苦労様」


「うむ、では殿」


 短い会話を終えると初老の男、彼は担当官に礼をして部屋を出て行った。


「今のやり取りは?」


「ああ、こっちは過去にアンタの姿を拝んだことのある人間がいたんでな。そいつに確認させていたのさ」


「俺のことを?」


「ああ。アンタは結構長期間、帝国13将に名を連ねていただろう? 遠くからだが何度か見たことがあるとのことなので本人確認させてもらっていたのさ。貴殿側にあの爺さんの記憶はないだろうがな」


「では、帝国の軍関係か? 我々の前にも亡命者がいたのか……」


「まぁな、そういうこった。前例もあることだから、ある程度安心もできるってモンだろう? ってコトで貴殿の望みをまず聞かせてもらおうか」


 いよいよ尋問の本番か、とロルフォンは改めて気を引き締める。


「望みは、我が妻と娘の身の安全と、ささやかな自由だ」


 対価は用意してある。自分の命と、持ち得る限りの情報だ。惜しくはなかった。

 が、担当官は中々に答えない。その沈黙が続きを促しているものだとロルフォンに気づかせたのは、あっけらかんと言い放った担当官の台詞によってであった。


「え? それだけかい?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る