第28話:Shape of you

462 第28話01:デヴァイス・オブ・アストロロジー




 イローウエルは待機室のソファーに腰掛けながら上を向き、少しの間と瞳を閉じていた。最近、まともな睡眠時間が取れていない。わずかな待ち時間であれども酷使した眼を休ませておきたかったのだが、どんどんと己の意識が微睡んでいくのを止められない。

 このまま、寝ても問題は無いかとも思う。中での作業を行っているのは、名目上は部下となっている、イローウエルにとっての信頼の置ける3人の同志たちだ。


 当然、その中にテイゾー=サギムラの名は入っていない。あれは信頼という感情からは最も遠い人間である。

 重く圧し掛かってくる眠気が、抗うのを止めた瞬間に心地良さへと変わる。本当に寝てしまったとしても、彼らが起こしてくれるだろうと。


「終わったぞ、イローウエル。あれ?」


「ああ、ありがとうございます」


 かなりイローウエル的には残念なタイミングであったが、待ちわびた結果を携えて同志の一人が中から出てきた。

 イローウエルはすぐに気持ちを入れ替えてソファーから離れる。さすがにこれ以上座ったままではいけない。


「参ったな。寝ていたのか?」


「はは。もう少しで意識を失うところでしたよ」


「大丈夫か? 少し休んでからでも良いんだぞ。報告はそれからだ」


「いえいえ、今お願いします。……その調子だと次の襲撃は直近ではないということですか?」


「ああ。28日後の午後2時頃と出た」


 それを聞いて、イローウエルは少し驚いた顔をする。


「ほう。確かに随分と先ですね。畳みかける気は無いということですか。ベルケーエル、どう思います? 忌憚ない意見を聞かせてください」


「そうだな。ほとぼりが冷めるのを待っているのかも知れん。もしくは別の何かを待っているのか、だな」


「なるほど。ありがたい意見です。場所は?」


「おう、それがな、帝都の外だ。だからもうゆっくり休んでくれていいぞ」


 イローウエルはふっと笑顔を見せる。28日後で帝都外であれば、確かにベルケーエルの言う通りだともイローウエルは思う。何なら最悪放っておくのも良い。


「全ての準備を終えた後でなら、そうさせていただきますよ」


「固いな。イローウエルは今2人分の仕事を1人でこなしているんだ。少しくらい適当にやっても我らの中で文句を言う奴はおるまいぞ」


「そうでしょうが、私は小心者なのですよ。準備をある程度まで完了させておかないと、中々に熟睡できないのです。大体、城の仕事はほとんどタルエルがやってくれてますからね。精々1.5人分といったところでしょう」


「やれやれ、まあいいさ。とりあえずポイントはE7126、N5110の辺りだ。正直に言うと、俺にはそこに何があったか全く分からん」


「ふうむ、そうですねえ……」


 イローウエルは頭の中に記憶した帝国の地図を引っ張り出し、脳内で先程ベルケーエルが示したポイントに照準を合わせた。そこには帝国領には珍しい、いや、ほぼ唯一と言っていいほどの森林地帯があった。


「森……の中ですか」


「森の中? 東大陸のこの辺りの民は森には住まないのだろう?」


「ええ、そもそも木が群生していることすら稀なので、勝手が分からないそうですからね。中ではなく傍に住むことはあるようですが……。……ああ、それで思い出しました。ここには古い部族が住んでいた筈です」


「古い部族?」


「ええ。その昔、西大陸から逃れてきた古い部族がね。しかし、何故彼らの集落へ……? 彼らの主力部隊は確か……。……ああ、それで解りました、相手勢力の正体がね」


「ほう」


「今回の脅威度は幾つと出ています?」


「6211から11299だ」


「ほう、前回より精度が上がっていますね」


「それでもダブルスコア近いがな。出力を上げたお陰だろう。しかし、魔力作用を完全に排除した空間で、出力をこれ以上あげるのはもう無理だぞ」


「やはりそうですか。魔力というものは便利ですが、機械計測においては要らぬ悪さをしますからね」


「ああ。それで? 相手勢力の正体とは?」


「隣国モーデルの辺境領所属、ワレンシュタイン軍ですよ」


「当初の予想通りか」


「ええ。しかし、脅威度の数値が前回の平均値と比べても1.5倍に近くなっています。つまり、今回は最大戦力が参戦するのを待っているということではないでしょうか」


「ほう。噂に名高い周辺国最強の騎士、ランバート=グラン=ワレンシュタインの参戦という訳か。大物が釣れるとすれば、ようやく我らの出番だな」


「御冗談を。ベルケーエル、あなたの足、本調子と比べれば何パーセントですか?」


「70ってところだ」


「では、本当は50パーセントですか」


「28日後であれば、もう少し良くなっているさ」


「あなたたちを酷使するつもりなどありません。代わりに、残っているキカイヘイを全機出しましょう」


「分かった。お前がそう言うのならそうしよう」


「そうしてください。あと、『ファズマ』も出します」


「何? しかしあれは確か、頭がまだ完全に馴染んではいなかったのではないか?」


「28日後には、もう少しマシになっているでしょう」


「おいおい、俺の台詞だぞ」


 はははと2人はひとしきり笑い合う。切り上げたのはベルケーエルの方が早かった。


「さてと、それじゃあもう寝ろ。酷使のし過ぎだ。眼の寿命が縮むぞ」


「分かりました。ファズマをちょっとだけでもマシにしてからにいたします」


「やれやれ……」


 首を振るベルケーエルをその場に残し、イローウエルは城の格納庫へと向かう。

 エレベーターを使えばすぐだ。破壊された製造工場の外扉と同じ大きさの鉄扉を開ける。

 中には幾つもの機械仕掛けの人形たちが並んでいた。そのどれもが全くの無反応である中、扉が開かれたことで外からの明かりが入ったことから、一際巨大な一体だけが頭だけをわずかに身動ぎさせる。からだは待機モードに入っている筈なのだが、馴染みきっていないので連動が不十分なのである。


「誰だ……?」


「あなたの、主ですよ」


「主? 主などいない……」


「いるのですよ、今は。あなたの名はファズマ。私の忠実なる傀儡です」


「俺の名は、余の名はそんな名前ではない……」


「ふむ。やはり経過はまだまだ順調とは参りませんか。まぁ、いいでしょう。おっと、そうでした。良い子にしていれば、28日後には沢山の生贄をあなたに提供することができるでしょう」


「おお……、イケニエ……、沢山の……。食いではあるのか……?」


「ええ、ありますよ。それに関しては保障いたしましょう。ではもう眠りなさい。私も、いい加減眠ることに致しましょう」


「わ、分かった……」


 そう最後に言って巨体の頭も動きを止める。

 それを見届けたイローウエルは、その巨大キカイヘイよりもさらに巨大であろう鉄扉を独力のみで閉めるのであった。




   ◇ ◇ ◇




 場所は変わりモーデル王国辺境領ワレンシュタインが領内。隣国バアル帝国との国境にもほど近い場所で、とある集団が黒い岩を模した胴体を持つ異様なる2体に追い駆け回されていた。

 追い縋ろうとする2体はどう考えてもキカイヘイである。ただし、その全貌を見た人物の数はモーデル、バアル共にそれほどいない。正に知る人ぞ知ると言っていい。


 逃げる集団は、少なくとも男性陣はそんなキカイヘイの危険性は充分に把握しているのだろう。青い顔ではありながら、ヒト族としては体の大きい方は大人の女性を、普通の背丈をした方は子供をそれぞれ抱きかかえながらも全速力で逃げている。

 彼らはつい先日まで帝国13将が内の2将、ロルフォンとクシャナルであった。




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