461 幕間㉗ ソーディアンの刀使い②




 ソーディアン冒険者ギルドの2階までズィモット兄弟を引き連れつつ、シンは階段を駆け登るとギルド長室のドアを複数叩き、声を掛けた。


「ジョゼフさん、シンです。入っても良いかい?」


「おう! 入れ入れ!」


 中から機嫌の良さそうなギルド長ジョゼフの声が響いてきた。

 この時点でシンは、今回ジョゼフから直々に呼び出された理由が、ここ最近、急激に任されることの多くなった仕事、同業者の救援依頼ではないことを知る。


「どうしたんです? ヤケに機嫌が良いですね」


 ガチャリとドアを開け、そんな事を言いつつシンは勝手知ったる部屋の中に入った。早速応接用のソファーに座り、ズィモット兄弟もそれに続いて彼の左右に腰掛けた。


「ハッハッハ! 分かるか!? まぁ、これが浮かれんでいられるかっちゅう話だ!」


 ジョゼフもシンの正面、テーブルを挟んだソファーにドカリと腰を落ち着ける。そのまま話を続けた。


「聞け! シン、お前に対して招聘が来たぞ! 辺境領ワレンシュタインに向かってくれとのお達しだ!」


「え? しょー、へい? 辺境領ワレンシュタインに? 俺が? なんで?」


 突然のことにシンの脳みそにはイマイチ事態が染みてこない。逆に先に追いついたのは、彼の左右に座するズィモット兄弟であった。

 弟分のエレンが振りかぶって痛烈な平手打ちをシンの背中に見舞う。


 バシィン!


「ぐはぁっ!」


「スゲエじゃあねえですかい、親分!」


「ゲッホ、ゲホッ! エホンッ! ええ? 何だってぇ?」


「親分、他の地域のギルド支部からわざわざ名指しでお呼びがかかるなんて、滅多にある事じゃあありませんぜ」


 兄貴分のエランがそう解説する。実はズィモット兄弟は、冒険者を続けていた期間だけ・・は一丁前に長かったりする。開店休業中の期間の方が抜群に長いだけだ。なので、まだつい最近、本格的な冒険者として活動を始めたばかりのシンに比べれば、知っていることは数多い。


「そ、そうなのかい?」


「そうスよ。親分がこの地方一の実力者だって、認められたようなモンなんスから」


「そうだぞ、シン。他の主要ギルド支部にも名指しの要請が送られているが、ほとんどはランカーばかりだ」


「い!? ランカー!? お、俺まだレベル30になったばっかりなんだぜ、ジョゼフさん!?」


 ランカーとは、ギルドが毎年ごとに決める一応は非公開の、実力者中の実力者集団を全冒険者パーティーの中から10組抜き出したリストに名を連ねた者たちのことを言う。有り体に言ってしまうと、『イザという時にギルドが頼るべき者たちトップ10』で、当然、高レベル冒険者パーティーばかりだ。


「うろたえるな、うろたえるなって。お前の実力はもう、それに匹敵するくらいだって認められ始めているってことさ。気合入れてけよ!」


「気合入れてけって言われたって……」


「ランカーかぁ、俺らも鼻が高いってモンよ。なぁ、エレン!」


「おう、兄ちゃん!」


「な~に他人事みてえに言ってやがる。お前らも行くんだよ!」


「え? ギルド長、俺らも呼ばれてるんで?」


「当然だ。バラバラにリーダーばっかり呼んで、即席パーティーなんぞ作っても意味なんかねえからな。パーティーは連携力が大事だ」


「うお~~! 頑張りますぜェ、ギルド長! なぁ、兄ちゃん!」


「おお! 暴れてきやがりますぜ!」


「その意気だ! カッハッハッハ!」


 ジョゼフはもう顔が終始笑いっ放しである。機嫌が良くて仕方が無いようだ。

 ここ最近のことなのだが、ジョゼフは最近、シンたちをまるで身内のごとくに扱ってくれているような気がする。頻繁に会う機会が増したから、というのも当然あるのだろうが、まだまだ若干に戸惑いつつも、これはシンに落ち着きをもたらしていた。


 その落ち着きがシンの脳裏に思い出させる。約半年前にも辺境領ワレンシュタインには行きたいとは思っていたこと。そして、己の事情で自らそれを断念したことを。


「あ、あのさ、ジョゼフさん、スッゲえ嬉しがってくれてるトコ悪いし、エランとエレンにはせっかくのヤル気になってくれてるところを悪いんだが、俺はその……」


 行けないよ、と紡ぐつもりであった。

 というのも、シンは自分の仲間たち、今はサイデ村の面々を守るがために冒険者になったのだ。サイデ村はここソーディアンからも少しは離れているが、十数キロ程度である。

 それに比べて辺境領ワレンシュタインはあまりにも遠すぎだ。


 が、ジョゼフが寸前に平手を突き出すようにして、皆まで言うなとばかりにシンの言葉を止めていた。


「大丈夫だ! お前の代わりなら呼んである! サイデ村の安全確保を第一任務にと伝えてあるぜ!」


 おおっ、とズィモット兄弟が全く同じタイミングで声を上げた。


「ええっ!? 誰だい!?」


「『松葉簪マツバカンザシ』だ!」


「え!? そういやあ、あの人たち最近見かけなかったけど、どっか別のとこ行ってたの?」


「コエドだ! 武者修行と称してな! かなり腕を上げたみてえだから、会うのを楽しみしておくといい!」


「コエドかぁ! ウン、楽しみにしておくよ!」


「おう! あいつらと共に俺も、お前がいない間の代わりを務めるつもりさ! ワレンシュタイン領での任務期間は数週間程度で、最短だと10日前後だそうだ。だとすると、お前がこちらを留守にする期間は、そうだな、一カ月半ってところだ! こっちは任せて、存分に向こうで経験積んで来い!」


 ああ、なるほど、とシンはようやく納得する。つまりジョゼフは、シンにもっと広い世界を見て、様々な人物と出会い、その見識を広げさせようとしてくれているのだ。

 それを感じ、シンは尚のこと暖かい気持ちになる。


「分かったよ、ジョゼフさん! その依頼、引き受けさせてもらうぜ!」


「おう、行ってこい!」


「しっかしよォ、ギルド長、ちょいと良いですかい?」


「ん? どうしたエラン?」


「いやね、ワレンシュタイン領の面々っていえば、軍も冒険者も相当な猛者揃いって聞いてますぜ。そこが今更何の用で、短期間だけとはいっても、各地の主力冒険者を集めようとしているんです?」


「おお、そうだな。そいつも説明しておこう。とある任務で、ワレンシュタイン軍の主力部隊が領を離れるそうだ。行き先は明らかにされていねえが、最短で10日って考えるとあんまり離れてはいねえな。ただまァ、その部隊を率いるってことになってんのが、戦闘で領主ランバート=グラン=ワレンシュタイン公の右腕までを務める人物なんだそうだ。その穴を埋めるためだぜ」


「へえ、随分と用意周到、なんスねえ」


「向こうは荒れ地なんでモンスターの生息数も多いから、普段から軍と冒険者が連携して協力し合ってるっていう話なんだが、そう言う戦力補強的な意味合いもあんのだろう。が、ホントの狙いは帝国への牽制だろうな」


「牽制? ああ、最近は大人しくしてっけど、何やるか分かんねえですもんねえ、あの国」


 エランの言葉にジョゼフは肯く。


「そういうこった」


「あれ? でもジョゼフさん、俺たち冒険者って、基本的に人間同士の争いには参加しないんじゃあ……?」


 シンはそう聞いていた。ただ、これは通常であって、何事にも例外は存在する。


「防衛戦ならば問題ねえよ」


「あ、そうだったっけ」


「おう。だがまぁ、コイツは、本当に牽制だけで終わっちまうだろうけどな。これだけ大々的に募集しているんだ。本音というか真意は、万が一にも帝国から手を出させるような隙は作らねえ、そういったところか」


「なるほど」


「さっ、そういうことだから、準備を頼むぞ! 『松葉簪』の方は今日にもこちらに向かって出発してくれるってことだから、お前たちの出発予定は約一週間後ってところだ!」


「はいっ!」


「「了解しやしたぁ!」」


 きっかり一週間後にソーディアンへと戻ってきた『松葉簪』の面々と久々の言葉を交わして、シンはズィモット兄弟を伴い、辺境領ワレンシュタインへと旅立つ。


 そこで新たな出会いと、新たな活躍の場が彼には与えられることになるのだが、それはまた別のお話。




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