460 第27話21終:Ursula④




 吹っ切れたような感じを見せるレトに内心安堵させられつつも、ハークはウルスラの方に視線を向ける。


「次はウルスラ、君だ。君も、何故研究所に囚われていたかは、分からないのかね?」


「は、はい。ただ、私はレトと違って物心ついた頃からずっと研究所の中でした」


「むう、自分が今何歳くらいだとかは、解るかね?」


「はい。数とか文字は教えてもらいました。きっと、最低でも12歳くらいだと思います」


「ぬ?」


 ハークは不可思議に思う。レトとウルスラはどう視てもレトの方が年上と感じてしまう。しかし、実際には逆だそうだ。


〈まぁ、成長速度は人それぞれであろうからな〉


 そういうことである。ただ、昨夜見たレトの腕は非常に細く、胴体にはあばらが浮いていた。このくらいの年齢の子供にはよくあることかも知れないが、充分な食事量を与えられていないせいなのかも知れない。

 何だか早くもこの先を聞くのが怖くなってしまう。

 斬り合いでは滅多なことでは恐怖心を抱かぬ男が、である。そういうものとは別種の怖さがあった。

 が、いつまでも有耶無耶にしておいて良い結果となる物事など無い。意を決してハークは話を進めた。


「ウルスラ、一体どのような事を研究所でされたのか、話してはくれぬか? ……言いたくないことまでは言わんで良い」


「は、はい。分かりました」


 訥々と彼女は語り始める。

 まず、彼女に施された処置の目的、目標は解らないらしい。レトの場合とは違って、研究所の所員が口を滑らすこともなかったという。よって、行われた行為自体で推測するしかない。


「私の場合も、レトと同じように気持ちの悪い薬を何度もうたれました。ただ、その後が違っていて、終わる度に必ず身体のどこかを切りつけられました」


「切りつけられた、だと?」


「……はい。主に腕とか足を。大抵は深くはないんですけれど……。いつも痛くて泣きました」


 いきなり殺意が沸点を超えそうになる。相手の名前どころか、対象の姿形さえ判然としないままに明確な殺意が芽生えるのは初めての経験であった。

 前回の潜入で、せめて研究所所員を1人か2人くらいは拝んでくれば良かったかも知れない。


 思わずウルスラに対して、もういい、と言いそうになってしまう。しかし、彼女自身が勇気をもってまだ伝えようとしてくれているのに、こちらからそれを挫く訳にはいかない。


「一度、その光景を帝国の将軍の一人だっていう身体の大きな人に見られて、その人がすっごく暴れた時がありました。壁とか施設とか色々壊して」


「ほう」


「ウルスラよッ。その人物とは、昨夜俺と戦ったロルフォンとやらのことかねッ?」


 口を挟んだのはモログである。ウルスラはこくこくと肯いて言う。


「そうですそうです。あの人が最終的に掛け合ってくれたおかげで、レトと私は同室で生活することができるようになりました。つらいのも、少し気が紛れるようになりました」


「ヘェ、帝国にも多少はマトモな神経の持ち主がいるんだね」


「確かにそうかもネ」


 シアとヴィラデルが順番に感想を述べる。ハークも同じことを思うが、そのロルフォンとやらが大暴れしてもウルスラを研究所から救うことができなかった事実を踏まえると、研究所の権限は帝国の一将軍のものを凌ぐと判断して然るべきなのだろう。もしくは、他に特殊な理由が存在するのかも知れない。


「それで解ったんですけど、私の傷の治りはすっごく早いみたいなんです」


「傷の治りが?」


 ここでレトも話に加わる。


「そうなんだ。俺より倍くらい早いんだよ。おまけに痕も全然残らないんだ」


「ほう」


 言われて注目してみると、何度も傷つけられたと聞かされた腕には確かに痕らしい痕が無い。スケリーが出してくれた飲み物の入ったマグとやらを両手で抱えるように持つ右の薬指の先に、古びた布が巻かれているくらいだ。

 ヴィラデルが推論を述べる。


「ふぅん……。もしかして基礎回復力を向上させる実験、かしらね? けど……」


 ここでヴィラデルはハークに視線を送り、それを受けて彼は静かに肯く。

 その先は口に出したくない。何故ならそんな実験、全く意味が無いからだ。

 そんなことに時間と手間を割くくらいならば回復術師の数を揃え、より質の良い回復薬を生産することに尽力すれば良い。ましてや、こんな小さな子供に痛い思いをさせてまですることではない。

 しかし、それを口に出して言ってしまえば、ウルスラも決して進んで実験に協力した訳ではないとしても、痛くて辛い思いをしたのが全くの無駄であったとも悟らせる結果となってしまう。


「でも、欠損までは治らなくって……。実験を行っていた人が大きく舌打ちをしてたから、きっと私も失敗作なんだと思います」


「欠損だと!?」


 ハークは、ほとんど反射的に手を伸ばして、未だマグを抱えたままのウルスラの右手を取った。そのまま流れる動作で薬指に巻かれた布を取り去る。


「あっ!」


「ぬうっ!?」


 彼女の薬指は先端が失われていた。切り取られた肉片は恐らく柿の種ほどであったろうが、それでも筆舌に尽くし難い痛みだったに違いない。傷自体は数週間前のものであるのか塞がってはいるもののそれだけである。


「酷い事を……。すぐに治すぞ。『回復ヒール』!」


 ハークは魔法力を集中して一気に治療を行う。もはやレベル40を越えた彼にとって、この程度の範囲、大きさなど訳は無い。ただ、ハークの使う『回復ヒール』は通常、治療の最中も対象者に苦痛を与えてしまう。

 これ以上、彼女に痛みなど与えたくないハークは、本来必要であろう魔法力よりも多めに消費して一気に治療を終わらせる。


「…………わぁ!」


 ウルスラは信じられないといった声音で嬉しそうな声を漏らした。次いで、内から感情が溢れて笑顔に変わる。


「治った! 治ったよ! レト!」


「うおおお! ホントだ! スッゲー、スッゲエエ! ありがとう、エルフの兄ちゃん!」


「ありがとうございます!」


 レトとウルスラの2人は、文字通り手に手を取り合いあって喜んでいる。

 その光景を微笑ましく見ながらハークは自分に割り当てられた席に戻り、周囲の仲間たち、そしてスケリーも含めて見回しながら言った。


「さて、どうするかね」


「……この子たちを、って意味よね? ハークはどうしたい?」


 ヴィラデルに質問を質問で返された形だが、ハークとしても自分の意思と考えを明確としておくことに異存はなかった。


「しばらく我らで預かる。どんなに信の置ける人間に任せようとも2人にとっては所詮見知らぬ大人だ。最終的には然るべき場所、すぐに考えつくのはワレンシュタイン領だな、に任せるのが筋であろうが、それまではせめて責任を負ってあげたい」


「賛成だッ。ハークの案に俺も賛成するッ」


「あたしもだよ」


 モログとシアが即座に賛同してくれる。しかし、ヴィラデルは溜息を吐くのを我慢するような表情で言う。


「そんなことでも考えているんじゃあないかと思ったワ……。アタシも賛成と言いたいところなんだけど、分かってるでしょう? アタシたちはこの帝国全体と喧嘩しに来てんのよ? 今は良いけれど、その内この子たちも危険に巻き込むことになるワ」


「ぬうッ……」


「そ、そうだね……。それは本意じゃあないよね」


 ここでスケリーが助言を挟む。


「この宿場街の中くらいであれば、安全の保障は可能ですが……、それ以外はほぼ敵地とお考えになった方がよろしいでしょうねェ」


「矢張りか」


 スケリーは幾分申し訳なさそうに言うが、帝国の間違いのない一部であるこの街で、安全を保障できる方が本来おかしいのだ。しかし、ハークたちとて何か行動を起こす際にはここを離れなくてはならない。子供たち2人を一時的にでもこの街に置いて行くという選択肢はさすがに不安が残るし、かといって、実際の戦力4人と2体でこの子たち2人を連れ回すのも避けたい。


〈参ったな……。確かにヴィラデルの言う通りだが、妙案が浮かばぬ……。かと言って、我らでワレンシュタイン領に送り届けるために一度戻るのも、な……。正直、何をされるか分かったものではない……〉


 これはつまり、ハークたちが二度と出奔しないような手を、ワレンシュタイン領で取られると危惧してのことだ。……というか、ほぼ確実に何かしらとんでもない手を実行してくるに違いない。あそこには優秀かつ冷徹な参謀もいれば、目的のためには手段を選ばない奇想天外な策と強引な力技を備えた戦士が幾人もいる。大体からして、後者には領主も含まれるのだから厄介であった。


 さて、どうすればいいかと珍しくもハークが悩んでいると、背後で摸狒冠モヒカンの一人がスケリーに何かを渡している気配を感じた。


「どうかしたかね、スケリー?」


「ああ、いえ。王国から先日頼んだ補給物資が届きましてね。ハークさん達ご注文の品もしっかりと含まれてますぜ。あと、ハークさん宛てにお手紙も届いとりやす」


 ぴくりと虎丸が横で顔を上げたのが分かった。


「ヘェ、何か頼んだの、ハーク?」


「食材を少しな。貸してくれスケリー、読もう」


 さっとハークはスケリーより封筒を受け取ると、即座に開封して中身に眼を走らせる。


「む!?」


「どうかしたの? ハーク? 誰からだい?」


「ランバート殿からだ。……あの男が来るらしい。そう言えばワレンシュタイン領も、一つやることが残っていたな」


「あの男?」


 質問したシアが首を傾げる中、ハークの頭の中には強烈な怪鳥音が木霊していた。




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