459 第27話20:Ursula③




 日毬とウルスラはそのまま数秒間、両者見つめ合う。が、視線を全く動かさないウルスラに対し、日毬は何故ずっと見つめられているのか解らないとばかりに首を傾げたり、助けを求めるようにチラチラとハークの方を見やったりしていた。


(すっごく似ているけれど、違う)


 そう心の中でウルスラは判断していた。日毬が一瞬、昨夜の夢に見た、自分たちを導いた存在のように感じられたのだ。

 ところが、よくよくと観察してみるとまるで違った。

 どちらも無邪気で限りなく優しいと感じる。

 が、懐の深さというか、大きさがまるで別次元だ。例えば眼の前の日毬を泉とするならば、夢で見た存在は大海と考じられるくらいだった。

 限りなく似通っているが、別物。


(きっと、同種族だろうけど、別の個体。それが私を、私たちを外の世界に呼んだ、のかな?)


 そう思ったところで、現実に引き戻りつつあったウルスラの意識が、すぐ隣の少年の声を拾う。


「……スラ、ウルスラ! どうしたんだよ?」


「あっ、ご、ゴメンね、レト。なぁに?」


「ああ、いや。急に黙るから、どうしたのかと思ってさ。あの小っこいのが気になるのか?」


「え? ウ、ウン。そうだね、キレイだなって思って」


「ン? そうだな。何か光っててキレイだよな!」


「きゅん? キュンキュン!」


 褒められて日毬が嬉しそうに2人に向かって飛んで行った。


「ひゃっ、あはははははっ」


「おっと!? なんだこいつ、カワイイぞ!」


 途端に、子供たちが屈託のない笑顔となる。何度も見た光景だ。子供同士というヤツは、本当に互いが仲良くなる時間が短い。


〈最初からこうすれば良かったか〉


 一時的にでも、2人が緊張や疑念から解放された様子を視てそう思う。とはいえ話も進ませなければいけない。


「日毬、戻っておいで。遊ぶのは後にしよう」


「きゅーん」


 いつものように日毬は聞き分け良く帰ってくる。大人しくハークの左肩へと渡った日毬を見て、子供たちは少しだけ残念そうな表情になった。


「済まんな。先に話を進ませておきたいのでね」


「は、はい」


「分かったぜ」


「うむッ、偉いな二人共ッ」


 モログがそう口を挟んだ。他の者が言えば嫌味とも捉えられかねない言動も、モログが言えば不思議とそう感じられない。

 実際、レトとウルスラの2人も機嫌が良くなったようだ。これなら良い話が聞けそうである。


「ふむ。では、レトの方から行こうか。まず、何故『異質技巧研究所』なる施設内に閉じ込められていたのか。その理由は解るかね?」


 レトは首をふるふると横に振る。


「分からないんだ。オレは、たぶん5~6年くらい前なんだけど両親といた記憶があるんだ。物心ついたくらいだったから、かなり朧気だけど、家は貧乏で親父は何かを掘る仕事をしていたって思う」


「そうか……。ご両親に会いたいであろうな」


「べ……別に、そこまで会いたくはねえよ」


 眼を逸らしながら言う。が、顔が少し紅潮していることから強がりであることが丸わかりだ。5~6年前で物心ついた頃ということは、年齢で言えば未だ10歳に達していない筈であろうから当然といえば当然であろう。


「小っちゃかったから何があったかは分からないんだけれど、オレは突然あの研究所に連れてかれて、毎日気持ち悪い薬をうたれるハメになったよ。オレの種族は元々犬人族なんだけど……」


「ぬ? レトよ、お主は元々の雷管なんちゃらではないのか?」


「なんちゃらって何よ。ライカンスロープよ」


 横合いからヴィラデルが捕捉してくれる。


「そう、それだ。それではないのか?」


「違うんだ。ほら」


 そう言ってレトは自身の頭を指差す。そこには獣型の、エリオットによく似た耳がぴこぴこと揺れていたが、ハークには未だ何のことか解らない。

 すると、先程ツッコミを入れてきたヴィラデルには気がついたことがあったのか、再度口を開く。


「ああ、そうか! うっかりしていたわ!」


「どうした、ヴィラデル?」


「ハーク、皆、よく聞いてね。ライカンスロープってのはサ、ヒト族そっくり・・・・・・・そのままの姿から、獣とヒト族を掛け合わせたような姿に変身する種族のことを言うのよ! 普段から獣の意匠を宿した獣人族の姿からではないわ!」


「何!? ということは!?」


「ウ、ウン。そのお姉ちゃんの言う通りだよ。オレも元からは変身なんてできやしなかったんだ。できるようになったのはここ1年ほど前の最近さ。あ! そうだ! いつも薬をうちに来る気持ちの悪い男が『先祖返り』の実験だとかなんとか……」


「読めたわ……。獣人族っていうのは元々、長い時の中でヒト族とライカンスロープ族が混ざり合って、遥か昔に誕生した種族なのよ。変身能力を失った代わりに、普段から獣の力を一部宿す種族としてね」


「と、いうことは『先祖返り』とは……」


 ヴィラデルが肯く。


「ええ。どうやってか、なんて全く分からないけれど、その男はレトの中に眠る、遥か昔に獣人族となって失われた特殊能力を、再び目覚めさせたのだと思うわ……」


 ここでウルスラが口を挟んだ。


「その、変身能力が目覚めてからというもの、レトは毎日毎日何かしらと戦わされてました。でも一度、大っきな鉄の塊みたいなのと戦わされてボロボロに……」


 ハークは思わずと横の仲間たちと視線を交わし合う。皆も気づいたようだ、その『鉄の塊』とやらの正体に。


「キカイヘイと戦わされたか……。そいつは……」


 その先は口にすることができない。酷いものだ。

 少しの間、酒場は静寂に包まれる。見かねてか、気の利くスケリーが子供たちに冷たい飲み物を差し出していた。2人はそれぞれに礼を言い、受け取っている。

 スケリーはそのままハーク達のもとに戻ってくると、その耳元に口を寄せ、小声で話し始めた。


「旦那、帝国に占領されちまった東大陸の国の中には、獣人族、特に力の弱い犬人族を奴隷にして、鉱山の採掘作業に強制従事させたところもあったらしいですぜ……。5~6年前とすりゃあ、辻褄も合いまさァ……」


「ぬう……。ということは……」


 スケリーは肯くと下がり、元の立ち位置へと戻っていく。

 帝国に占領を受けた国は大抵焦土と化す。つまりは、レトの両親は既に死んでいる可能性が濃厚ということだ。東大陸では人間種扱いされない獣人族では尚の事だろう。

 重苦しい沈黙を破り、ヴィラデルが大声で発する。


「まぁーーったく! そんなことなら、あの研究所、アタシの魔法の最大出力で木端微塵にしておけば良かったわ!」


「待て待て、ヴィラデルよ! それでは、儂らと会う前にレトもウルスラも微塵になってしまうであろうが!」


「あ。そりゃそうよね」


 ヴィラデルは自らの頭をポリポリと掻き、ついでに舌を出した。無論、先の発言もわざとであり、その後のハークのツッコミも予定調和である。悪い冗談であるが、おかげで子供たちの表情も場の雰囲気も柔和に戻る。

 が、再び話を再開しようとしたレトの表情がまたも変化した。


「結局なんだけど、オレはそのキカイヘイ、だっけ? それには一回も勝てなかったんだ。それでいつも薬をうちにくる男に言われたよ、オレは失敗作、なんだってさ」


 レトは悔しそうであった。実験を応援する気も奨励する気も、協力する気もないが、己が失敗作の烙印を押されて嬉しがるなどいないだろう。

 再びヴィラデルが口を挟む。


「どうやら帝国は、何か問題があるか知らないけど、キカイヘイに変わる主戦力の開発と研究を、レトの身体を使って行っていたようね」


 ハークを始め、聴こえていた全員が得心したという表情を見せる。この中では最も知識量が多いせいか、彼女の理解力は本当に高い。


「成程、そういうことか。……しかし、失敗作というのはどうだろうな。なぁ、モログ」


「えっ?」


 レトが素っ頓狂な顔をさらす。ハークの意を受けてモログが語り始めた。


「ふうむッ。俺はまだキカイヘイと直接戦闘をしたことが無いので確かなこととは言えんが、あの攻撃力と耐久力なのだッ。上手く立ち回れていれば大抵のものは打ち破れるであろうぞッ。変身とやらをした君と戦って思ったのは、能力云々よりも冷静な判断力を欠いていることの方が問題ということだッ」


「冷静な……判断力……」


「うむ、そうだッ」


「そっか、……そういうことか」


 子供はいつも言葉を真正面から捉える。つまり、真っ直ぐ育つもひねくれるのも周囲の大人次第なのだ。




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