458 第27話19:Ursula②




 同時刻、こちらも統括の話し合いを続けていたハークたちの部屋がノックされる。スケリーの部下だ。

 以前のようにいきなり駆け込んでは来ないことから、それほど緊急事態ではないと悟る。


「お頭、打ち合わせの際中すみません」


「構わねえ。どうした?」


 ドア越しの声に対応するスケリーに、一旦話を止めた全員の視線が集まる。


「ガキどもが目覚めました。獣人の坊やが興奮して、今にも変身、ってヤツをしそうですぜ。一緒のお嬢チャンの方が諫めてくれているんで、まだ我慢しているようですが」


「すぐに行こうッ」


 まず声を上げたのはモログであった。


「儂らもだ。皆で行くとしよう」


「了解ヨ」


「だね」


「がう」


「キュン」


「ってワケだ。行くぞ」


「あいっす!」


 部下の先導のもと、ハークたちは全員連れ立って『異質技巧研究所』より共に脱出した子供たちが割り当てられた部屋に向かう。

 中に入ると、確かに問題発生の真っ最中であった。


「オイオイ! だから俺たちは何もしやしねえって言ってるだろ!?」


「うるさい! それ以上近づくな!」


 ハークたちを呼びに来た部下とは別の鶏冠頭とさかあたまたちが、数人で雷管ライカンなんちゃらとやらの少年を宥めようと懸命に努力していた。

 が、模狒冠モヒカンなる髪型を含めた見た目のせいか、それとも複数人で対応しているのが逆に仇となっているのか、少年の興奮の度合いが収まるような様子はなく、逆効果のようにも見える。少女の方、ウルスラが必死に止めていなければ、とっくに暴発していたかも知れない。


「落ち着いて、レト! 大丈夫! このひとたちは、私たちの敵じゃあないの!」


「そうだぞッ、少年ッ 我らは君たちの敵ではないッ」


 モログが一歩進んで少年の前に立つ。

 だが、些かに逆効果だったようだ。レトと呼ばれた少年は顔を紅潮させ、怒りと畏れを同居させた表情を見せた。


「おっ、お前っ、俺をブッ倒したヤツだな!?」


 どうやら多少なりとも記憶も残っているらしい。ますます牙を剥きかけていた。


〈まずいな〉


 ハークはそう判断し、モログよりも前へと移動する。


「やあ」


 ゆるりと声を掛ける。あえて空気を無視した雰囲気を醸し出した。こういう場面では逆に相手の怒りや興奮を、知らぬとばかりにわざと振舞うことも重要なのである。


「……な、何だお前」


 思惑通りにレトは戸惑い、一時的に落ち着く。急に見た目だけは自分と同じ年頃の人物が出てきたことも、大いに関係しているのであろう。こうして視ると、レトはヒト族とすれば外見的に10歳前後と感じる。

 とはいえ、獣人関係は犬人族のエリオットの例もあるため、見た目からの判断が正しいとは限らない。一方で、ウルスラはどう視てもヒト族であり、レトよりも若干ながら見た目幼い気がする。


「傷ついたレトを回復してくれたの。エルフの冒険者さんなの」


 ウルスラがそう取り成してくれるが、何故かレトの眼つきが鋭くなった。


「お、お前、俺とウルスラをどうするつもりだ」


「どうもしないな」


 未だ敵視を示す相手には、できるだけのらりくらりと躱すのが一番だ。

 果たしてレトは振り上げた拳の落としどころを失い、戸惑いを見せる。


「えっ、どうも……しない?」


「ああ。兎に角、落ち着くといい。ここは君らが昨日までいた場所ではない。君らを傷つけようとする者は、誰もいないよ」


「そ、そんなことっ、信じられるか!」


「レト、信じて大丈夫だよ、この人たちは。今まで何も痛いことも酷いこともされてないもん」


「これからするかも知れないだろ!?」


 割って入ったウルスラにまで喰ってかかっている。


〈中々に強情だな。疑り深いのか、それとも今まで相当に酷い目に遭わされてきたのか……〉


 後者の方がありそうな感じであった。とはいえ、話は聞いてくれるようになった。


「儂らのことは信じられんでも良い。だが、その少女、ウルスラまで信じられんと言うのかね?」


「えっ? うっ……」


 少しズルい言い様ではあるが、効果はてきめんだった。レトはウルスラの方を向き、彼女の悲しそうな顔を見てバツが悪そうな表情となり、途端に勢いを失う。畳みかけるなら今である。


「腹が減っては気も立つだろう? スケリー、飯を頼めるか」


「おう! 任してくだせえや!」


 さすがはスケリーである。急に話を振ったにもかかわらず、即座に景気よく応えてくれた。


「え? メシ?」


 レトの腹の虫が、ぐう~~っと鳴いた。半日以上何も口に入れていないのだから、これは当然かも知れない。

 同時に、彼の後ろに控えていたウルスラの腹も小さく鳴き声を上げていたが、少年の方に紛れてエルフの良質耳以外には聞き分けることはできなかっただろう。にもかかわらず、双方が頬を紅潮させていた。




 その後、ハークたちも昨夜から何も食べていないのを思い出し、酒場に全員で移動してから皆で食事となった。


「ほい! スケリー特製のハンバーグ定食ですぜ! さぁ、遠慮せずにじゃんじゃん食ってくれな!」


 相変わらず鼻から胃に直接突き刺さる香りと共に、料理が次々と並べられていく。

 ちなみに身体がデカく、とんでもない量を食うことのできるモログと虎丸の分は三段重ねだ。


 はじめは警戒した様子であったレトも、眼の前のハークたちが全く同じものを勢い良くガッついているのを見て安心したのか、ジュウジュウと黒い鉄板の上で肉汁を吐き出すそれにかぶりついていた。

 ウルスラも見慣れぬ料理なのか最初は不思議そうに見ていたが、一口食べて気に入ったらしい。小さく切り分けてから次々と口に運んでいた。


 やがてレトはハークよりも先に食べ終わって、自らが綺麗に平らげた皿を明らかに悲しそうな表情で見つめていた。それを見かねてか、スケリーがレトに話しかける。


「おう、坊主! オカワリいくか!?」


「お、おかわり?」


「同じモンをもう一回食うかってことだよ! どうだ!?」


「えっ、おっ、同じの? く、食う、食うよ!」


「おう、良い返事だ! ならよォ、暴れたりしてウチの建物を壊してくれるなよ!」


「え? は、はいっ」


 すっかり大人しくなったレトの前に、またも同じ料理が運ばれてきて彼は喜色満面、眼を輝かせた。食事にまた勢い良く突撃する彼と、対照的に実にゆっくりと着実に食べ進めるウルスラの様子に和まされながらも、ハークはそろそろかと2人に話を振る。


「食べながらでもいいから聞いてくれ。儂らを含め、ここにいる誰もが君らを傷つけることはない。それは理解してくれるかね?」


「はっ、はい」


 この返答はウルスラのものだ。レトは口にものを詰め込み過ぎたせいか、若干遅れて返事をする。


「わ、分かったよ」


「よろしい。では、まず儂らの方から自己紹介がてら事情を説明しよう。我らは全員、隣のモーデル王国からこの国に来た者たちだ」


「もーでる、ですか……?」


「そうだよウルスラ。この国とモーデルの両国は20年以上同盟を結んでいたのだが、帝国が敵対行動を見せたために再び敵国同士となっている。なので儂らは帝国の敵だ」


「は、はい……」


 ウルスラは返事するものの眼が泳いでいる。レトは眼を逸らしていた。


「駄目ヨ、ハーク。詰め込みすぎだワ、それじゃあ伝わらないわヨ。ここはアタシに任せなさいな」


「む。ではヴィラデル、頼む」


「りょ~かい。じゃあ2人共、良く聞いてね。敵の敵は味方って言葉があるの。アタシたちは、アナタたちを閉じ込めていた『異質技巧研究所』の敵。だから、そこから逃げ出そうとしていたアナタたちにとっては味方ってワケなの。ここまでは良い?」


「ウン」


「分かった」


 物分かり良くウルスラとレトの2人が肯く。

 さすがに端折はしょりすぎではとも思ったが、ハークは無言を貫いた。


「オッケー。じゃあ、次は自己紹介ネ。アタシはまぁ、ホントは長いんだけれど、ヴィラデルって呼んでくれて良いワ。それでこっちが……」


 そう言って手をかざした。横に座るシアが話を引き継ぐ。


「シアって呼んでね。それとこちらが君たちを運んだ、ウルスラちゃんはもう解っていると思うけど、モログさんだね」


「モログだッ。改めてよろしく頼むッ。そしてッ」


「ハークだ。儂の名も本来は長いのだが、そう呼んでくれ。最後に儂の従魔である虎丸と日毬だ。白くて大きい方が虎丸、そして、その頭の上に乗っているのが日毬だよ」


「がう」


「きゅんっ」


 ハークに続いて虎丸も日毬も一応の挨拶をする。特に日毬はよろしくー、と伝えたようだ。


「う、うん」


「よ、よろしく……、ね?」


 しかし、レトに続いて挨拶を返したウルスラの動きが止まった。

 そのまま日毬の方向をじっと見つめる。




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