457 第27話18:Ursula




 帝国宰相イローウエルは、実に久方ぶりに自分の精神を意識的に落ち着かせようと尽力しなければならなかった。あまりにも同時多発的に、様々なことが連続で起こり過ぎている。

 ただし、自分の中の焦燥を表に出し、他者に悟らせるほど未熟でもない。それでもこれから会うしかない男のことを考えると、精々暴発しないよう事前に予防線を張っておく必要があった。


「お疲れ様で~す」


 気の抜けた声で該当の人物が現れた。テイゾー=サギムラ、『遺失・・技巧研究所』所長である。

 防音処理が完璧な、同研究所の打ち合わせ室に入ってくると同時に大あくびをし、テーブルを挟んだイローウエルの前のソファーにどかりと腰掛けた。


「昨夜は大変だったようですね」


「……え~~まぁ、そうみたいですねえ」


 打って響かないこの対応。どうやら彼が起きてから、まだそれほど時間が経っていないようだ。この調子では、現状把握も期待できまい。


「え~~とぉ、まだイマイチ状況が……キカイヘイのプラントが破壊されていた現場を調査していたモンで……」


「ああ、構いませんよ。こちらからご説明しましょう」


 イローウエルは先んじる。テイゾーのくだらない言い訳で時間を浪費しては精神衛生的に不利となるだけだ。

 テイゾーが眼に見えてホッとした様子を表に出す中、イローウエルは続ける。


「賊が昨夜、研究所を襲撃した模様です。研究所の『星見』の結果と同様ですね」


 確かに『星見』の計測結果と同じだ。しかし、それが不完全であった所為で、結局は被害を増やしたのみに終わってしまっている。

 『星見』というシステムを開発したのは研究所であるのだから、その長であるテイゾーにも一端どころではなく責任が所在して然るべきだ。まともな人物であれば少しばかりは沈んだ様子を見せるなりするであろうが、テイゾーはつまらなそうな表情を晒すくらいである。


「賊は研究所の中心部、キカイヘイのプラントで破壊の限りを尽くし、その後逃走。途中で、事前にこの日の護衛として参加させていた帝国13将の内の4将が捕捉し、戦闘に至ったようです。しかし、4将の内2将は敗北して死亡。他の2将、圧殺のロルフォンと自在剣のクシャナルは生き残ったようですが、敵わぬと見て敵前逃亡でもしたのでしょう。処罰を恐れてか、昨夜の内に帝都を脱出したようです」


「へー、バカなヤツらですねー。帝国から逃げたって、国が占領されちゃえばどうせ殺されるっていうのに」


 得意気にテイゾーが言う。イローウエルが思うに、正しい評価であり判断である。彼は自身の命にかかわる強者の見極めに関してだけは、妙に勘が良い。

 生き汚いとも言える。更に、ヤケに癪に障る笑顔であった。


「……そこまで待つつもりもありません。既に追っ手は差し向けました」


「それってキカイヘイですかね?」


「ええ、そうですよ」


「無理じゃあないかなー。だってアイツら足遅いでしょう? ブースト機能は着けたけど、アレを使い続けたら戦闘の分の燃料が無くなっちゃいますよ」


 今度こそイローウエルはこめかみに力が集まるのを意識的に抑えねばならなかった。

 キカイヘイをイチから造り上げ、改造を施したのは全てテイゾーである。なのに、こちらもまるで他人事だ。

 しかし、彼に文句を今更言おうとも返ってくる言葉は決まっている。そう造れと言われたから作った、あるいは、そう改造しろと言われたからだと。

 無駄なことに時間と精神を削る趣味も無いため、イローウエルは話を進める。


「自在剣のクシャナルは確かに難しいでしょうが、圧殺のロルフォンは妻と子供も連れているので、もしかしたら、道中追いつける可能性もあります。大体、他に適任もいません。追いつけたところで返り討ちにされたら目も当てられませんから。他の13将にするとしても、仕留めるためには最低でも倍の4名は派遣する必要があるでしょう。今、彼らを無暗に動かすわけにはまいりません」


「ふーん」


 自分から疑問を提示したクセに、テイゾーはもう飽きてきているようだ。呆れてしまうが、とはいえイローウエル自身も話題を変えるべきと考えていた。


「まぁ、そのことはいいです。今は被害の方を先に確認するべきでしょう。プラントの被害はいかがでしたか?」


「……まだ何とも言えませんねー。ちゃんと調べてみないと」


「もし、全てが使用不能となっていたら、復旧にはどれほどかかりますか?」


「そんなの、やってみなければ分かりませんよー」


「いいから、概算で出してください」


 テイゾーがびくりと身を震わせた。一瞬、ほんのちょっぴり怒気が漏れてしまったようだ。


「……は、半年くらいかかっちゃうかな~……って。何しろ、また設計図をココから引っ張り出さなきゃあいけないですからねー」


 ココ、の部分でテイゾーが自分の頭を横から人差し指でツンツンと自ら2度突っつく。

 自分が死ねば、2度と復元はできないという意味だ。脅しにも似た、自身の安全を確保する行為である。

 無論、彼に対し暴力的な手段を選ぶ気などイローウエルにはサラサラ無い。彼は秘蔵っ子なのだ。帝国にとっても、イローウエルの所属する一派にとっても。


 もっとも、彼の頭の中身が設計図を作成できるワケではない。彼の頭脳に、そんな特別な能力は無かった。特別なのは、もっと別のものだ。


「分かりました。この後、すぐに作業にかかってください。ああっと、まだ話は終わっていません」


 嫌な話から逃げようとするかのように腰を浮かしかけるテイゾーを止める。既にイローウエルは怒気などとっくに納めているというのに臆病なものである。溜息を吐きたい衝動を抑え、イローウエルは殊更に優しい声で続けた。


「最後の被害確認ですよ。被験体ナンバー7とナンバー21の姿がありません」


「え? 侵入者が連れ去ったんですか? なんでまた……?」


「いえ。どうやら自力で逃亡したようです。隔離室の扉が階下の衝撃を受けてか、隙間が生じていましたよ。そこから先は、賊が作った壁の穴を使用していったのでしょう」


「へぇ~、そうですかー。でっかい穴開けられてましたもんねー」


「ええ。ただし、帝都の城壁には手をつけられてはいませんから、被験体2体は帝都の外までは出ていないと考えています。今、捜索隊を編成しています」


「ふ~ん」


「貧民街にでも紛れ込まれたら、発見には多少時間もかかることでしょう。……彼らの進捗度合いはいかほどなのですか?」


「ボクに分かるワケありませんよー。ボクの専門ではないですからねー」


 喉元過ぎれば何とやらか、テイゾーが無責任に言い放つ。

 今度こそイローウエルは溜息を吐きそうになるが、どうにか抑えて言う。ただし、今回は怒気が漏れぬよう細心の注意を払っていた。


「処置を施したあなた以外に分かる人などいません。とりあえず所見を報告してください」


「え、え~と、少しお待ちをー」


 テイゾーが自分専用の『魔法袋マジックバッグ』を取り出し、その中を漁り始めた。あれでもないこれでもない、と苦労する様子を見せた後、一つのファイルを見つけ出して引っ張り出し、再度口を開く。

 片方はともかく、もう片方はかなり重要な案件と教えた筈なのだが、頭に入っていないのだろうか。とはいえ、より正確な報告を行おうとしているのかも知れないと、イローウエルは建設的に考えることにした。


「ああ、ありましたー。まずナンバー21なんですけどねー」


「獣の子供の方ですね」


 イローウエルは一応確認する。果たしてテイゾーは首を縦に振った。


「ええ、それですそれですー。こいつはまぁ~、一応は実験成功でしたー。獣の姿に変身後、キカイヘイの装甲をかなり大きくへこませられるまでになってますねー。データもばっちりですー」


 それは大した攻撃力だと評価できる。

 だが、結局はキカイヘイ1体に対しても勝ちきれはしなかったのだろう。勝ちきれたのであればテイゾーならばそう報告するに違いない。となれば、研究は途上と判断できる。そういう意味では、確かに一応ではあった。


「では、次はヒト族での実験というワケですか」


「あー、ヒト族には獣の要素を含めた遺伝情報が無いので無理なんじゃあ……。過去に少しでも混じってれば別ですがー」


「……獣の遺伝子ごと注入してみるのはいかがでしょう」


「あー、なるほどー。それは良いかもですねー」


「もう一つの方はどうですか?」


「こっちは正直判断しにくいですがー……。成功したかどうかも長い期間、経過観察するしかありませんからねー」


「回復能力に関してはどうです?」


「普通の純正ヒト族より2倍くらいって感じですー。ただ、欠損に対する自然対応能力はありませんねー。成長に関しては遅れているように感じますがー、まぁ、こういうのは個人差があるものでしょうー」


「ふむ。では失敗作と判断しても?」


「仕方ないですねー。また同じ血筋をご用意してもらわなくちゃあいけないのは心苦しいですがー」


 心にもないことを、と内心考えつつもイローウエルは肯いて同意を示す。

 彼女の判断に関しては、逃した対象への価値を低く見積もることで、失態を小さく見せるためではないと信じるほかなかった。




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