456 第27話17:To Seek Asylum②




「男性陣! 2人してわざわざ敵を見逃すなんて、何考えてるのよ!?」


 強い調子で叱り飛ばしたのはヴィラデルである。

 そして、その対象として並び立つのは、本当に珍しいどころかあり得ぬほどに、ハークとモログの2人であった。


「ヴィラデル、確かに俺の行動は何の成果も無く浅はかなものであったと認めようッ。だが、ハークの場合は俺とは違いッ、新たに有用な情報も得てきてくれたのだッ。これを考慮に入れれば、叱責を受けるのは俺のみで充分ではないかねッ?」


 まるでハークを庇うかのようだが、モログの台詞は一理あるどころではないくらいだった。



 ここはバアル帝国の門前街、その中心部に位置する『四ツ首』帝国出張組のアジト、宿泊所内兼酒場の個室内である。

 潜入を終えて一晩経ってからの報告会で、ハークは実に数多くの重要と思われる情報を持ち帰ってきていた。


 彼らが潜入した帝国の最重要施設の一つであろうことは確実であった建物、まずその正式名称は『異質技巧研究所』。皇帝の命により垣根なく、帝国の未来のために役に立つのならば、どのような異質な研究であっても着手し執り行う施設であるらしい。

 その研究の対象は文字通り節操がないほど多岐にわたっており、事前にスケリーたちの調べで予測されていた通りに、自爆魔法とキカイヘイの誕生に関与。キカイヘイに関してはその生産の全てすら担っているという。

 余談だが、帝国ではハークたちが自爆魔法と名づけ定義した魔法は、『自衛魔法』として周知がなされているらしい。ほぼ全員がそれを聞いて、どこが自衛? と首を傾げたが、ハークだけは己の小さな尊厳でもまもるつもりであるからだろうか、と予測を立てつつも口にすることはなかった。


 ここまででも、かの『異質技巧研究所』の帝国における貢献度、重要度は相当なものであると充分に判断ができるが、前述の通り、同研究所の成果はこの2つだけに留まらなかったらしい。


 そもそもが、レベルアップにてその仕組みの必要な部分のみを解き明かし、効率的な育成によって帝国軍の強さの底上げに貢献した実績がある。


 レベルアップは敵を倒すか、あるいはそれに貢献することにより経験値を獲得の末、最終的に一定以上まで貯まれば引き起こされるものだと言われており、ハークもそう聞かされていた。

 しかし、実際には倒した相手が長年貯めこんだ一部を、殺して奪っていたらしい。これは数多くの実験と観察の末に判明した事実であるとのことで、確かにそうと考えれば色々と辻褄が合ってしまう。


 モーデルで良く語られていたレベルが上がらなくなる現象、『限界レベル』もこれで説明がつく。

 次のレベルアップまでに必要な経験値量を器と仮定すれば、それが満杯となることによってレベルアップが達成されることになる訳だが、器の大きさはレベルアップごとにどんどんと巨大になっていくものであるらしい。

 だというのに、得られる経験値量までもが定量ではなく、毎回変動するとなればいつまで経っても器が満杯になることはない。


 帝国の研究によれば、あまりにレベルの差があり過ぎると奪取できる経験値量が極端に減少するとのことである。

 これは相対する敵のレベルが極端に低い場合でも高い場合でも起こることで、奪い取る方奪い取られる方双方の肉体の能力値に差があり過ぎるがために肉体の構成にも影響が出ているからではないかと考えられ、このことから、肉体の構成が当然に近いであろう同種族間である方が経験値を奪い得るには効率が良いのではないかとの仮説を基に研究が進められた経緯があったらしい。


 更に、最新の研究では、相手の死に複数の人物が絡んだ場合、その相手から得られる総経験値の中から5割、約半分が止めを刺した者に渡り、残りはそれ以外の者達で均等に分配されるそうだ。これに関しては与えた傷の大小は全く関係なく、特に時間と場所の影響も少ないらしい。

 極端な話、3日前に戦闘に影響が出る程度の怪我を負わされた者が、その怪我の影響もあり殺された場合、一つの地域を跨るほどに何十キロも離れていなければ経験値は取得できるようだ。これは、1年ほど前にハークが戦ったゲンバ=カールサワー、モーデルに亡命することになった暗殺者集団の長リン=カールサワーの実父が、敗北を確信したことで自爆魔法を使用した際に、ハークよりも先に彼と戦闘を行っていたソーディアン冒険者ギルド長ジョゼフまでもが数キロメートルは離れた場にいたにもかかわらず経験値を取得し、レベルアップを果たした事態そのままの現象を説明したものと言える。


 帝国、いや、その『異質技巧研究所』が一体どれだけの被験者、というよりも犠牲者の数を出して本事象を調べ上げたのかは推して知るべしだ。さすがに10や20の数ではなかろう。


 これらのことをハークに伝えてくれた帝国13将の一人、自在剣のクシャナルによると、上記以外にも『異質技巧研究所』は様々な研究での成果を上げているらしいが、全て上層部へと持ち込まれてから必要な部署に伝達されるため、他に一体どのようなものがあるのかすらも分からないという。

 また、前述の結果からか、同研究所の責任者を務める所長は、皇帝やその次の権力者である宰相からの評価は高く、多くの面で優遇を受け好き勝手しているとのことだ。クシャナル自身はまだほとんど会ったことが無いらしいが、その好き勝手の度合いが酷く、皇帝や宰相以外からの評判はおおむね悪いらしい。



 どれも新情報である。この事をモログは引き合いに出したのだが、ヴィラデルには通用しなかった。


「それとこれとは話が別よ! 大体、敵の言うことをイチイチ鵜呑みにするんじゃあないの!」


「ぬッ!」


 確かにその通りである。敵対者からの情報は、ある程度の虚偽も考慮に入れなくてはいけない。当然のことだ。

 だが、その当然に反し、ハークにはあの時のクシャナルが噓偽りを申していたとはどうしても思えなかった。と言っても納得させる材料が無いので口には出さないが。


「アタシたちとスケリーたち『四ツ首』帝国支部との関係を、万一でも知られる訳にはいかないでしょう!? 最悪、スケリーたちも含めてこの拠点を捨てなきゃいけなくなるわ!」


 そして、コレがあるのでハークは全くの口答えができなくなっていた。

 もっとも、前回の潜入に関する行動や結果のみでは、ハークたち潜入組とスケリーら『四ツ首』帝国支部が繋がっている証拠など何も与えていないし、関係性を示唆するような情報、痕跡すらも与えていない。

 ただし、非常に少ない可能性かも知れないが、同じ王国人ということで無理矢理にでも結び付けられる、ということも無くはない。


 ハークとモログが担当した帝国13将をちゃんと始末していれば、死人に口なしが通ることとなり、上記の強引な結びつけを行えるような可能性さえ潰える。ごくわずかな可能性だけとはいえ、ゼロの方が遥かに良いに決まっている。自明の理だ。

 ハークがさすがに謝罪を口にしようとしたところで、助け舟が現れた。酒場から個室のある2階へと上がってきたスケリーである。


「その心配は無くなりましたぜ、ヴィラデルの姐さん」


「何でよ?」


 ドアを開けるなり口を開いたスケリーに対し、ギロリと強い視線を送るヴィラデル。その瞳には、下手にウチの男共を甘やかさないで欲しいという思いが乗っかっていたが、スケリーが持ってきたのはそういった庇い立てのたぐいではなかった。


「旦那のお二方と対戦したっていう帝国13将の2人が消えました。モログの旦那と戦ったっていう圧殺のロルフォンは家族ごとでさァ。どうやら揃って出奔したらしいですぜ」


「はぁ!?」


「何だって!?」


「ええっ!?」


「出奔!?」


 さすがに予想外の言葉であったらしく、誰もが驚きの声を上げるしかない。




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