455 第27話16:To Seek Asylum




 やっぱりこうなったか、と虎丸は思った。

 己の主に対し虎丸は、外面的、内面的両面においてほぼ非の付け所などない人物であると内心評定しているが、ただ一つの点において、どうしようもないところもあると知っている。


 それは、主自身が気に入ってしまった相手に対しては、とにかく対応が甘いということだ。

 これは主自身にも自覚がある。かといって、自覚があるだけで直そうともしていないから尚更性質タチが悪い。更に言うなれば、自覚しながらも直さぬ、というある種の諦念とともに主が自身の気質とすらも受け入れてしまっていることからも、更に輪をかけて最悪であり、ほとんどビョーキに近い。


 これが身内、そして仲間のみを対象に発揮されるだけならば良い。問題は、前述の主のビョーキが、時として敵に対してすらも発現してしまうことである。


 今回もそうだ。こうなってしまうと主は絶対に相手を殺そうとはしない。

 普段、敵と見定めた者に対しては辛辣かつ容赦が無いというのに真逆だ。最近になってようやくと対応が丸くなってきたが、本来は味方側である筈のヴィラデルに対しても、初期は本当にぞんざいそのものの扱いだった。周囲に対し、かなり分け隔てない対応を行う主にしては、本当に珍しく感じたものだ。


 はてさて、今回はどうなることやら、である。

 無いとは思うが、いささか無軌道な性格の出てしまった主のため、その身を守れるよう周囲に気を配っておく。

 いつものように。




 ハークに対して激甘な虎丸が、まさかそんな風に頭の中で考えているとは露知らず、ハークは天青の太刀の刃から噴出させていた魔力の流れを止める。同時に辺りを煌々と照らしていた蒼き焔が一瞬で鎮火した。


「ぐ、ぐあああああ~!」


 クシャナルが悲鳴を上げるが、それも当然だった。炎が触れた彼の両手は手首近くまで灼けていて、柄を握っていた指は真っ黒に炭化してしまっている。

 予想通りやり過ぎたことをハークは痛感する。とはいえ相手の気概に応えるには、せめてハークの持つ技の中でも瞬間火力の最も高いもので応じるのが彼なりの流儀であった。


 クシャナルはあまりの激痛のためか膝をつき、顔面には大量の脂汗を噴出させていた。

 しかし、気丈にも口を開く。


「く、うううう……! つ、強え、強えなぁ。お前、やっぱり思った通りだったぜ……」


 その表情はどこか満足気でさえある。彼はそのまま言葉と続けた。


「俺を一発でぶっ殺さなかったのは、俺から情報を引き出すためかい……? 悪いけど、何も喋るつもりはないぜ」


 自分を見下ろす少年剣士の顔が無表情に変化した気がした。


「そうかね」


「ああ。そういう訳だから、とっとと勝者の権利ってヤツを行使してくれ。お前は無駄に相手を苦しませるようなヤツじゃあねえだろ?」


 何となくだが、確信があってクシャナルは言う。そして、とっととトドメを刺してくれ、とばかりに首を差し出すように項垂れた。


「うむ、そうだな」


 少年がゆっくりと近寄って来ていた。

 正直心残りはある。


(ちっきしょう……。完成させたかったなぁ、俺の剣)


 ヒントは貰っていた。これを突き詰めて、改善させて、いつかは完成させて、この少年と再戦したい。

 他にもやりたいことは色々あるが、諦めるしかなかった。覚悟は決まり切っていなかったが、眼を閉じる。


 ザッと音がしてハークが一歩踏み込んだのが分かった。いよいよ来るか、と思ったが、いつまで経っても衝撃は訪れない。

 達人は相手に痛みを感じさせずに殺すと聞いたことがある。

 もしや、もう自分は死んでいるのか、痛みを感じずに死ぬとすれば死んだことさえ分からないのでは。そう考えたところで、灼けた両手からの激痛が急速に和らいでいく。


 ああ、こりゃあもう死んでるんだな、と思い眼を開いたら、火傷などどこにもない自分の手に少年の手が被せられているのが見えた。

 顔を上げるとハークと眼が合った。少年剣士は、にやりと悪戯っぽい笑顔を見せると離れていく。


「ではな」


 そして、一声別れの言葉を発すると、踵を返して従魔たちの元へと去っていこうとする。

 何故だか急に二度と会えない予感がして、クシャナルは声を張り上げた。


「待ってくれ! 俺を殺さないのか⁉」


 少年は振り返ることなく返す。


「勝者の権利だ。好きにさせてもらった」


「今のは回復魔法か!? 何でだよ⁉ 俺はお前相手に手も足も出なかったじゃあないか! 俺に才能なんて無えよ!」


 ここで、ようやくハークは足を止めて振り向いた。


「ああ、そうだったな。お主に教えておくことがあった。お主らはどうも、儂らのような存在に疎いようだからな。儂らエルフは寿命がヒト族の何倍も長い。そしてその分、成長速度も遅い。具体的に言えば、ヒト族の5倍だそうだ」


「ご、5倍!?」


「うむ、そうだ」


「って、……ってこたぁお前、いや、あんたの実年齢はまさか……!? とっ、年上ぇ!?」


 少年、のように見えた剣士はまたも、にっ、と悪戯っぽい笑顔を見せる。


「こう見えて、儂は60代なのでな。しかも、生まれ落ちた頃より剣を振っている」


「い!? ろ、60!? し、……しかも、生まれた頃からだって!?」


「そうだ。だから、お主が儂に敗れるのは当たり前のことなのだよ」


「そ、そうか! ……って、当たり前じゃあねえだろ!?」


「ふふ。まぁ、そういう訳だ。あまり気に病む必要は無いということだよ。それではな」


 伝えるべきことは全て伝え終えたのか、ハークは改めて去ろうとする。だが逆に、クシャナルの方は訊きたいこと言いたいことが、次々と頭の中に浮かんでくる状況にあった。


「待って! 待ってくれよ! あんたの! あんたの国に行けば、あんたみてえな強えヤツがたくさんいるのか⁉」


「ん~~……沢山はおらぬな。お主の強さは凍土国オランストレイシア一の騎士に迫るくらいであるから、もし、あちらに行ったとしてもかなりの実力者として上から数えられることにはなるであろうよ。ただ、儂と同程度の実力を備える者は、確かに何人か知っておる。ワレンシュタイン領の軍人とは実際に引き分けたこともあったからな」


 その答えに、クシャナルは驚きを隠そうともしない。


「スッゲエな! あんたみてえのが何人もいるのか! モーデルは、帝国みてえに罪人を喰ったりはしないんだろう!? なのにそれだけ強えヤツらがまだまだいるってぇのか!?」


「何!? 罪人を……、喰う!?」


 ハークが突然と振り向き叫ぶように訊く。その強過ぎる反応に今度は逆にクシャナルが慌てた。


「ああ、いや、実際に本当に喰ったりはしねえよ! こっちではこう言う言い方をするだけさ! 帝国の13将にもなるとよぉ、定期的に皇帝直々に罪人の処刑を仰せつかるんだ。まぁ、褒美の代わりだな」


「罪人の処刑が、褒美の代わりだと?」


 ハークが訝しがる反応を見せるのも、クシャナルとて分かる。意味を知らなければクシャナルとて面倒な仕事を押しつけられたとしか思わなかっただろう。


「あんたらが忍び込んだ研究所が発見した成果の一つさ。なぁ、あんた、どうしてレベルアップなんてモンが起こるのか知っているかい?」


「敵を倒すことで得られる経験値なるものでレベルが上がると聞いたが……?」


「ああ、その通りだ。その通りなんだが、実は微妙に違う。本当の正解は、敵を倒すことでその敵が今まで生きていた中で集めた経験値、その一部を受け取って、いいや、奪い去っているからなのさ」


「何!?」


 少しだけ相手の動揺と興味を誘えたことに、クシャナルは無自覚ながらも満足する。戦闘開始よりこれまで、少年の表情をただの一度も大きく崩すこともできなかったことが影響していた。


「だからこそよ、喰うっていう表現になったらしいんだ。しかもな、この経験値奪取だが、別種同士よりも同種族同士からの方がわずかに効率が良いそうだ。これは身体の構造が同じであることから、定着がしやすいことが影響しているらしい」


「効率が、良い、だと? そんな事が……。ではまさか、帝国が無秩序に戦果を広げているのは……!?」


「お察しの通り、軍の強化のためでもあるのさ。食料を始めとした物資だけでなく、根こそぎっていうヤツだよ。なぁ、あんたよ、あの『異質技巧研究所』内に強行潜入するくらいなんだから、あそこを調べているんだろう? 良ければ、俺の持っている情報だけでも持っていってくれよ」


「『異質技巧研究所』? それが、あの研究所なるものの正式名称か。しかし、良いのかね?」


 彼が不思議そうな顔をして確認してくる。

 本当は良くはない。だが、この国に失敗を犯した者のいられる場所は極めて少ないし、13将でいることの意義もクシャナルの中では急速に失われつつあった。

 クシャナルはしっかりと己の首を縦に振った。


「恩に着る。では頼む」


 ぺこり、と相手が頭を下げる。

 東大陸に礼儀などで同様の行動をする習慣はないが、クシャナルの心はその光景を見て何故か満ち足りた気がした。




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