454 第27話15:自在剣②




「お、俺のこの剣が未完成だと……!?」


「うむ」


「しかも、弱点が2つも、だと……!?」


「うむ」


 途端、クシャナルの表情と雰囲気が変わる。

 この直前まで、クシャナルは眼の前の、本来は敵であるハークに対して確実に好感を懐いていたことは間違いない。

 それどころか、無意識に尊敬の念までも懐きかけてさえいた。

 これら全ての感情が裏回りする。急激な変化だが、若いとはそういうことでもある。見た目は大体20歳程度から10代後半といったところだ。そのくらいの歳頃であれば、ハークにもよく経験があったものである。

 可愛さ余ってなんとやら、だ。


「では、そいつを証明してもらおうか!」


「うむ」


 ハークとしても、言われるまでもない。

 これが戦闘再開の合図となった。


「そらあ!」


 まずは第一撃。間合いを詰めつつクシャナルは軽く利き手を振るった。たったそれだけの単純な動作で、彼の剣の切っ先は音速に到達する。

 今まで出会ったほとんどの敵が碌な回避運動も取れぬ中、彼は後ろに下がって間合いを離すことで躱す。


(ちいっ、さすがに言うだけはあるかよ。勘だけは大したものだぜ)


 とはいえ、クシャナルも織り込み済みである。事前に相手が偉そうに宣言したから、だけではない。

 実はクシャナルはハークのことを知っていた。これは、つい最近まで流浪の剣士であったことが大いに関係している。東大陸と西大陸という違いはあれど、強いと評判の相手は知っておくべきであった。

 その中で、白き魔獣に跨った新進気鋭の少年剣士、という情報は当然耳に入っていたのである。だからこそクシャナルは、ハークの追跡を担当することに何の異議も示さなかった。


 クシャナルは次の攻撃を放つ。今度も躱されるが、問題は無かった。

 ここまでは相手を追い込む攻撃、本命はこの次だった。

 狙いすました一撃が改めてクシャナルの手により放たれる。うねりながら空間を斬り裂き進む一撃は少年の眉間に正確に突き刺さる、筈であった。


 少年はそれをひょいっと横にわずかに移動することで、難なく躱していた。


(なっ、何だと!?)


 見たものが信じられず、クシャナルは再度の三連撃を行う。ハークはこれも余裕を持って躱す。

 クシャナルは更に、攻撃間隔を詰めた4連撃を囮に限界まで狙いを絞った攻撃を放った。が、これもハークが上体を逸らすことで凌がれてしまう。


(馬鹿な!? 軌道が完全に見えてやがるのか⁉)


 有り得ない、と叫びたいくらいであった。今の自分の武器を初めて振った時の衝撃を、クシャナルは忘れていない。あまりの剣閃の速度に、己で振りながらも全く見えず、半ば戦慄したのだから。

 しかし、現に少年剣士は全くの無事であり、余裕綽々の態で説明を始めた。


「これが、弱点その1だ。その武器は振り始めと実際の攻撃が放たれるまでにわずかながら時間差がある。その手の武器の特性だな。手元をよく見ていれば、次どこに斬撃が飛んでくるのかが分かってしまう。慣れればこの通りだ」


 今度こそクシャナルは、嘘だそんな馬鹿なと叫びたい衝動に駆られる。

 だが、実際に初撃以降を危なげもなく躱されてしまっている以上、表立って否定の言葉を吐くこともできない。代わりに視点を少し変えた反論をする。


「俺の手の動きを見て、次の攻撃地点を予測して避けたってぇのか!? そんなバケモン、お前以外にいるか!」


 要は、仮にそんな弱点が存在するとしても眼の前にいる人物以外でその点を正確に突ける者などいないのではないか、ならば、弱点は弱点になりえない、ということだ。

 クシャナルの咄嗟の反論は、ハークをほんのわずかな数秒間だけは考え込ませることに成功したが、そこまでだった。


「ふうむ、どうだろうな。あちら側ならばできそうな者は結構おるぞ。数名は思い浮かぶしな」


 今度こそクシャナルはあんぐりと口を開けるしかなかった。この時ハークがクシャナルに伝えたかったのはつまり、ハークと同じくらいの、ある一定の次元での『武』を目指す、あるいは既に体現できる者相手には通じ難いということである。

 これは、クシャナルが自身以上の強敵と戦ってこなかった事実を示している。そして、それはクシャナル自身の弱点ということでもあった。


 一応の落着を得たと見て、ハークは次の議題へ移る。


「さて、2つ目の弱点に移るとしよう。こちらは、かなり致命的だな」


 言い終わった瞬間、一定の間合いを保っていた筈の少年が、突然に手も届く距離にいてクシャナルは眼を限界まで見開いた。

 ハークが稀に使用する、例の特殊な進攻歩法による奇襲である。だが、当然にクシャナルは何が起こったのか、何をされたのかすらも解らず、全力で後方に跳ぶ。


 その様を悠々と見送りつつ、ハークは言う。


「ふうむ、その反応からすると、お主も気づいておるようだな。お主のその剣では、あまりに防御手段が限られると。盾でも装備すべきだったな」


 クシャナルは我慢できずに仰け反った。ハークの指摘通りだったのである。

 しなり過ぎる武器は防御には全くといって向かない。攻勢に出られていられる内は良いが、守勢に回ると途端に分が悪くなる。柔らかい刀身は受けには向かず、かといって受け流すにも限度がある。下手をすれば、一撃のもとに破壊されかねない脆さがあった。


 驚くべきことに、クシャナルはこの自作の剣を幾度か使用することで、防戦に弱いというこの武器の特色に、最近ようやく気づき始めたところであった。にもかかわらず、たった一度の攻撃を受けたのみで、全容をほぼ理解しかけた少年剣士の思考速度には戦慄するしかない。

 何か両者の間に横たわる明確な差を、クシャナルも痛感させられたかのようだった。


(しかし! だからといって、戦闘の勝敗までもが決したワケじゃあないぜ!)


 クシャナルはそう自分の心を叱咤する。

 確かに理論はともかくとして、実際の戦闘では互いに決定打を受けていないどころか、クシャナル側は無傷そのままなのだ。まだ一度もハークからの明確な攻撃が仕掛けられてもいないから、当然といえば当然であった。


「凄いな、その歳で。俺を軽く凌駕する才能じゃあねえか……」


「ぬ?」


「だがよ、理論や洞察力じゃあボロ負けでも、実戦じゃあ、実際の斬り合いの決着にゃあ関係無え。そうだろ?」


「うむ、そうだな」


 さも当然とばかりの態度だ。クシャナルはできるだけ不敵に笑う。次いで改めて構えを取った。


「そういう訳だ。お互いによ、そろそろ決着をつけようぜ」


「わざわざ痛い思いを味わうつもりかね?」


 実戦を行うとなれば傷を被る可能性は双方にある筈である。にもかかわらず、一方的にクシャナル側だけが被害を受けるかのような言い方だ。

 しかし、それでもこの時のクシャナルには、ハークに対する反感は特に湧かなかった。

 まだ一度も本格的な攻撃を受けてはいないにしても、先のハークの台詞がこの後、現実そのままとなる可能性が非常に高いことを、諦念とは別の意味で認識してしまっていたからである。

 これはむしろクシャナルが、剣士として多くの時間を過ごしてきた証明のようなものだった。


「俺はこれでも帝国13将が一人、自在剣のクシャナルなんでな! まだ斬られてもいねえのに、参ったをするわけはいかねえ!」


 自分自身を鼓舞するように言った。実際にやり合ってみたら予測よりも相手の攻撃力が下回っているかも知れない、というのが自分に都合の良すぎる淡い期待だということくらいは解っている。


「成程な。承知したよ。では、かかってくるがいい」


 少年剣士もここで構えを変えた。

 肩にかけて上段に振りかぶるのを途中で止めたかのような構えだ。クシャナルには解らなかったが、この時ハークが取ったのは八相の構えであった。


「行くぞぉ!」


 勇気を振り絞り、恐怖を取り払ったクシャナルが前へと飛び出す。

 そして、全身全霊の攻撃を二度放った。ハークの首を狙った右から左への横振り、次いで円を描くように返し、胴を狙って薙ぐ。


 両方とも、当たることも無いまま空を斬った。ハークの姿がかき消えていたからだ。

 背筋に冷たいものを感じて左を振り向いた瞬間、揺らめく蒼い炎が同色の刀身にまとわりついているのが見えた。


「秘剣・『火炎車』!!」


 猛々しくも美しい蒼炎が発生する。それに巻き込まれて、クシャナルの愛剣は刀身の根元近くから斬断され、その柄を握っていた両手は火に灼かれた。




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