453 第27話14:自在剣




 錐刀とは、ハークの知る限り大陸で造り上げられ、鍛え上げられた鋼で開発された武器、短剣のことである。無論、前世の話だ。


 主に現在のイタリアやスペインで使われ、実際に当時は大流行した形跡があるらしい。


 ただ、現代における錐刀と言えば、ことわざに残る『錐刀の利』、日本ではきりまたは畳針にもたとえられる細くて小さな刃になぞらえてか、僅かばかりの利益のことを指し、更にもう一つ『錐刀を以て泰山をこぼつ』では、中国の高名な山である泰山を強大な力と表す一方で極小さな力を表すために引き合いと出され、微力をもって強力過ぎる相手に立ち向かう無謀さを説くために使われるなど、あまり武器としての価値や危険度を軽視されがちな表現くらいにしか使用されていない。


 実際、刃渡りは精々が20センチメートルよりも短く、武器としては短すぎ、細すぎて頼りなく感じるのも分かる。畳針と似ていると言われても、ある意味仕方が無いだろう。それくらい細すぎ、短い。

 そんな、現代日本においては刀剣の中でも特に弱いもの、使い勝手の良くないものとされ、軽視されがちな武器にすら位置付けられてしまう錐刀なるものが、一体何故に大流行したというのか。


 答えは暗殺である。

 細く、短すぎるその刀身は実は非常に強靭かつ、しなやかそのものであり、先端をつまみながら少し力を籠めれば簡単に90度以上折れ曲がってしまう。が、放すとバネか何かのように、瞬時に元へと戻るのだ。


 この上記全てがキモであった。針のように細く柔軟な刀身によって刺された傷は、引き抜くと同時に肉がしまってしまい、ほとんど痕を残さない。


 熟練した者が使うと血の一滴すら滴らせることもないという。

 おまけに痛みもほとんど感じさせないことすらあるらしい。

 通常、前あるいは後ろから心臓を狙うのだが、ちくりとした痛み程度なのだそうだ。

 そして、刺された方もすぐには死なない。だいたい20分から30分ほどで突然ばたりと倒れて死ぬ。元気で今の今まで話していた人物が急に死ぬのである。

 それだけあれば、暗殺を行った下手人は易々と現場から立ち去ることができるだろう。そもそも暗殺と疑われることすらない。心の臓の病と判断されて終わりだ。


 この錐刀の真に恐ろしいところは、知識が無いと現代でさえ見抜くことは難しい点にある。

 傷痕が絶望的なまでに見つけにくい。なんと心臓だけを取り出して水を張った桶に入れ、ギュッと押してやると小さな泡がプカリと傷口から浮かんできてようやく判明するという。

 現代医学でもこの有り様なのだから、ろくに解剖などしなかった当時に正確な死因を特定することなど、まず不可能に違いない。


 ハークは前世、元忍びの知り合いからこんなものを手に入れたと自慢半分、注意喚起半分で錐刀を見せてもらっていた。

 なんと宣教師と同時期に日ノ本に持ち込まれたらしい。不殺を説く教義を唱えながら、一方で人を便利に、そして気づかせることなく殺せる道具を差し出す。鉄砲などと同じように。

 二枚舌もここに極まれりと当時思ったものだ。


 そして、警戒すると同時にこの錐刀なる武器により命を奪われた人間は意外に多いのでは、とも考えるようになった。

 思い起こせば思い起こすほど、日ノ本にも特定の人物にとってあまりにも都合の良い時期に、突然の病によって没した武将は意外なほど数多い。

 世の人々の中にはその特定の人物を指して『天に愛されたからだ』とかと嘯く者もいたが、ハークは信じたことなどない。

 そりゃあ、本当に偶然の病にて倒れてしまったものも中にはあるのだろうが、その内の半数がもしかしたら、と考えるのはおかしいことではない筈であった。



 クシャナルには勿論、この錐刀なるものの知識などは無い。

 ただ、苦心して自作した己の愛剣に似た武器でもあるのかと気にはなった。

 そう、クシャナルの剣は彼オリジナルの武器である。


 彼は元々、諸国を練り歩き腕を磨く東大陸出身の剣士だった。

 もし西大陸に生まれていれば、普通に魔物を狩る冒険者となっていたに違いないだろう。

 だが、東大陸では民の安全を気にかける為政者は少ない。農村などが食料を生み出す場であるという認識が薄いからだった。食料が足りなければ、力の弱い他国から奪えば良い。そんな考え方が横行しており、魔物だけを狩っても生活が安定することは少ないのであった。戦争の数が多いため、傭兵稼業の方がまだ儲かる傾向もある。更に東は西と比べて魔物の素材価格が安定しない。お宝を価値あるモノであると認識するのも、知識あってこそのものなのだ。


 クシャナルはそんな東大陸で時に傭兵団に所属し、時に要人の警護を請け負い、そして時にその地域で有名な強者に挑んで討ち倒すことにより名を上げていった。

 が、いつまで経ってもあまり有名にはならない。同じような方策で成り上がろうと考える者は彼以外にも実に多かった。

 逆に、同業者だけに名が売れて勝負を避けられることも増えていった彼は、半年ほど前に西から流れてきた鋼鉄と運命的な出会いを果たした。


 それは強靭で、滅多なことでは折れず曲がらず、実によくしなった・・・・

 元からクシャナルは非常に手先が器用であった。隠れた才能と言っても良い。

 その才能は、一つ所に腰を落ち着けて商売をするには危険な東大陸において、碌に設備も整っていない武具の鍛冶職人が多い中で、生き残りやすい術の一つとなっていたのは確かだった。


 簡単な武具の修理、修繕を自らの手で行うことができたクシャナルは、遂に己の手で自分自身の剣を西大陸から流れてきた鋼鉄を流用して作成することを思いつく。

 量が足りないのでこちらの鉄を熱し続けてとにかく不純物を抜いたものと混ぜ合わせて剣を造ると、結果的に異様なしなり・・・を得た。

 最初は失敗作かとも思ったが、それなりの魔力を籠めて使用すれば強靭さを維持したまま、まるで刃のついた鞭のように使用することができると知る。


 クシャナルはこの自作の剣を使うことによって様々な距離、そして角度から空間さえ超えたかのような斬撃を繰り出せるようになった。変幻自在な剣を扱う剣士として一気に名を馳せ、そして、つい3ヶ月ほど前に、異例の早さで帝国13将への抜擢を勝ち取ったのである。


 先の第一撃にて、先制に放った斬撃も、その自作の剣を用いたものだった。

 亜人の少年は一度大きく眼を見開いて驚いた様子を見せつつも、よほど動体視力が優れているのか奇跡的に右手の奇妙な色と形状をした刀身持つ武器にて防ぐことに成功する。


 しかし、クシャナルにとっては万が一に防御されることも考慮の内であった。

 少年からすれば左から襲い来る斬撃。狙いは彼の顔面を横に分断することであり、たとえそれをガードしたとしても、先端中の先端でもない限りは受け止めた刀身部分より先が勢いそのままにしなり、彼の顔面を傷つけることとなったのである。


 ただ、それでもクシャナルにとっては不満であった。

 彼は本来、たとえ相手に防がれてしまったとしても、もう少し上を充分に深く斬り裂くように斬撃を放ったつもりだったのである。

 狙いは眼だ。それが届かなかったということは、彼自身の踏み込みが今一歩短かったことを示している。目測を見誤ったと判断できるのだ。

 実際に、クシャナルは先の攻撃結果を自身でそう評価していた。


 ただ、これはクシャナルからは解らなかったが、実際にはハークの危機感知能力が直前で働き、刹那の見切りによって首を捻ることで傷を最小限に抑えていたことが原因である。

 とはいえ、ハークも実は完全回避をすべく首を動かせていたのだから、お互い様のどっこいどっこいであるとも言えなくもない。


 ぬるりと頬を伝う生温かな血液を感じ、この時ハークは内心クシャナルに対して感心していた。

 というのも、この世界特有のレベルという恩恵の差や、人数による絶対的な不利状況以外で、ハークに明確な刀傷を与えたものなどとんと存在していなかったからだ。本当に久々すぎて、今世からの意識のある期間を除いても約20年は記憶に無い。


 相対する亜人の少年が、そんなふうに考えているなどとは露知らず、クシャナルは訊く。


「スイトウ? まさか水を入れておくもののことではないよな。この武器と似たようなものでも知っているのか?」


「特性だけであればな。お主のものほど長くはないし、それに実際に立ち会った事も無い。拝見したことがあるだけだ」


「ヘェ、興味あんなァ。俺と同じ武器を考えつくなんて相当だぜ! この剣さァ、俺が自分で考えて、造り上げたモンなんだぜ!」


 この言葉により、ハークの相手に対する感心の度合いが更に増した。

 所謂通り一辺倒の武器ばかりが幅を利かせていたこの世界で、武具に何かしらの工夫を凝らす者すら珍しかったのだから。


「それは素晴らしいな。実に良いことだ。特に一から己で考案したというのが良い」


「そっ、そうかい⁉ そんな風に言ってくれるのかよ⁉」


 クシャナルの中で、捕縛する、あるいは殺害するだけの対象であったハークへの印象が変わる。

 たとえ敵と見定めるべき相手であっても、仕方が無かった。手放しの称賛は、彼にとってそれほど嬉しいものだったのである。大多数の扱う戦法から大きく外れた彼の剣は、異質過ぎて邪道、つまりは邪剣扱いされることが実に多かったからだ。


「うむ。お主は随分と色々な才能が豊かのようだ」


「え!? お、オイオイ、そ、そこまで言われると照れちまうぜ!」


 顔を紅潮させ、本当に照れてクシャナルは言う。

 が、次の瞬間に話が変わった。


「だが、惜しいな。実に惜しい」


「は!?」


「お主の剣はまだ未完成だ。弱点をもう2つも見つけてしまったぞ」


 少年は左手の人差し指と中指でもってそれを表していた。




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