451 第27話12:大鉈と岩盾
加減しているとはいえ、引き離されることもなくついてきているのは大したものだと2人は思った。ヴィラデルにシアも、今や超がつく高レベルであるのだから。
「はぁ、はぁ、オイ、キサマらァア! いつまで逃げる気だァア!」
尤も、巨大な岩楯を背に負った方は息が切れてきている。得物が大きいので多少は仕方が無いのかも知れない。
ヘトヘトになった相手では一当てにもならないので、ヴィラデルとシアはどちらかともなく目配せをして速度を落とし、共に停止する。
それを見て、追っ手の2人も一定の距離を保った形で停止した。
「ふう。ようやくと観念したか。岩盾、貴様はそのまま眼の前の耳長を攻撃しろ」
「おうよオ! 手足を4本とも全部すり潰してやるぜエ!」
「アラ、怖い。お手柔らかにネ」
「テメエとは話してねえんだよオ、亜人がア!」
構えると同時にナジャールーダはヴィラデルに襲いかかった。巨大で無骨、岩石からそのまま削り出したかのような分厚い岩の盾の底を、跳躍して打ちつけてくる。ヴィラデルは数歩後ろに下がることで躱した。
(ヘェ、案外と面白い
ヴィラデルは心中にそんな感想が浮かんでくる。先の攻撃を、例えばヴィラデルのメイン武装である大剣で行えば、とてつもなく大きな隙を相手に晒すことになるだろう。が、打ち終わった直後、ナジャールーダの前面には今、巨大で分厚い岩の盾が壁のごとく彼の全身を覆い隠している。
そう、存外に攻防一体の行動だったのだ。ナジャールーダの身長が、この世界の平均男性の背丈としても、些か低いことも関係しているであろう。
岩盾上部の覗き穴から不敵な眼差しが覗く。
ヴィラデルは己の背に括りつけられていた大剣を手に持つと、ようやくと構えた。
「ケッ。大型武器同士かよオ」
「奇しくも、ね。ところで、アタシとは話さないんじゃあなかったの?」
「チイッ! 独り言だ、バカヤロオがア!」
「アラ、残念ねェ。アッチの国じゃあ、アタシとお話ししたいって人は大勢いるのに」
そう言ってやった途端、いつもの視線を感じた。主に胸、臀部、太腿に。
(なぁんだ。結局一緒じゃない)
何だかんだと言ってオスはオス、と言ったところか。彼女はそう思う。
「———ケエッ! 亜人と付き合おうなんてなア! 聞いていた通り、向こう側の野郎どもは随分とイカレてやがらア!」
だが、帝国の男とは尚の事に難儀なモノであるようだ。
(子供なのねェ)
無頼漢を気取るクセに既存の価値観には迎合し、特に抵抗を示すこともなく己の本心さえ捻じ曲げる。そして、そこに気づいてさえもいない。矛盾を矛盾だと感づいてもいないことだろう。
ヒト族の世界ではごく稀に見かける、『精神が未熟のまま身体だけが大人になってしまった』者だ。ヴィラデルは自ら『コドモオトナ』などと命名し、呼んでいた。
このテの人間には論理は通じない。
「お子ちゃまには理解できないだけじゃないかしら?」
その証拠に、ちょいと刺激してあげただけで激昂の気配を感じた。
彼自身は何故今、自分の感情が昂ったのかさえ解っていない。いや、疑問にすら感じていないに違いない。ネジくれ曲がって腐敗した精神を発酵させても意味など無い。既に腐っているのだから。
男の岩盾が急に大きくなる。盾を前面に出したまま、ナジャールーダが突進を開始したのだ。いわゆる盾を構えての体当たり、ぶちかましである。
ヴィラデルはこれをバックステップで直線的に躱した。すると、そのまま愚直に追い込んでくるので左に避ける。
となれば、再度彼は盾を大上段に構え、底の部分をハンマーのごときに打ち下ろした。そしてまた、盾を前面に構えての突進を開始する。
(……随分とストレスがたまる攻撃方法ねェ。それだけに有効なんでしょうけど……)
極力、リスクを排した戦い方のようである。
後ろ方向に躱し、いなしていくヴィラデルはいつの間にやらシアと大きく分断されてしまっていた。屋外の戦闘であるからまだ良いが、限定された空間、例えば狭い場所であったならば相当に厄介だったろう。
良く練られた戦い方だ、ハークならばそう評するかも知れない。ただし、そう言いつつも盾ごと一刀両断するだろう。
ヴィラデルとて同じだ。魔法を使えば、盾ごと一撃である。
が、何故か彼女はその魔法構築が周囲の環境に劇的な影響を与える寸前で停止させた。
代わりに、防御用として構えていた大剣を振るう。ガガガッと耳障りな音が出て、岩盾の表面に一筋の傷を作った。
「チイッ! 無駄なあがきをよォオ!」
自慢の武器に傷をつけられてか、ナジャールーダは更に岩盾を振り回す。細かい傷など前面に無数に見えるというのに。
対してヴィラデルは繰り出される無数の打撃をひらひらと躱す。
大剣で防御するまでもない。軽やかなステップで縦横無尽の連続攻撃から安全圏へと逃れる。
これはハークとの修練の成果が如実に結実した結果であるとヴィラデルには思えた。
いかな縦横無尽の連撃と言えど、ハークの剣閃には敵う筈もない。
あの無節操な斬撃は加減してもらってもほぼ見えないし出所も分からないから予測も困難、更には生半可なガードは意味を成さないとのオマケつきである。正に悪逆非道、鬼畜な攻撃としか思えなかった。
アレに比べれば、随分と生易しい。だだっ広い屋外という戦闘環境も手伝っていつまでだって躱せれる。
だが、彼女は敢えて足を止めた。
「何のつもりだァア?」
訝しがるナジャールーダを尻目に、ヴィラデルは肩幅くらいにまで両足を開き、大剣の柄を両手で掴む。
次いで掲げるが上段の位置まで振り上げない。右肩に引き付けるようにして振り被り、両手の位置の高さが自身の額と顎のすぐ下あたりで留めた。
更に腰を落とし、背中を少しだけ丸める。ただし、丸め過ぎてもいけない。
少年に教わったことを一つ一つなぞる。八相の構えであった。
「オイオイよォオ。まさかぶった斬るつもりじゃあねえだろうなア? このナジャールーダ様の岩盾をよォオ!?」
明らかに怒りが増していた。それをせせら笑いで隠している。
彼は続けて言った。
「夢見ちまったのかァア? ちょいと傷をつけたくらいでよォオ。上等だぜエ、だったらよォオ……」
ナジャールーダは自分が美に愛された男ではないと知っている。
彼は、帝国の早期に吸収された国の下級騎士の出だった。実家は主家を裏切ることで滅亡を免れたが、帝国でも大した職は与えられずに冷や飯喰らいが続いた。
ナジャールーダはそんな家の四男として生を受ける。台所事情の厳しい状況で、満足な量の食事が与えられる筈もなく、結果として彼は兄弟の中でも最も低身長な男となった。オマケに顔もよろしくない。眼が顔の全体に比べて小さすぎ、しかも吊り上がりすぎている。鼻と口の形も良くない。
長じた彼は低身長を逆に活かした奇抜な戦法で任務の成功を重ねて成り上がり、帝国13将の一人にまで伸し上がった。彼の独特な戦い方を姑息だとか卑怯だとかと陰で罵るバカで卑小な輩もいたが、気にしたことは無い。うらやましいのであれば真似をすれば良いだけではないか。
だが逆に、外見に対するコンプレックスは歳と共に増していく一方であった。
だからクシャナルのように若く華のある奴を見ると、苦労の足りねえ野郎だと鼻についてならない。向かっ腹が立つのだ。
今もそうだった。
自分には与えられなかった美を自らの手でグシャグシャにしてやりたいと思う。
すらりと伸びた長い四肢、身長の割に小さくて見目麗しい顔面に、ゴクリと唾を飲み込みたくなるようなボディーライン、その全てを。
「潰してやるぜェエ! 喰らえ、『シールドクラッシャアアーー』‼」
前方に構えた岩盾を両腕で押すように突撃するという単純な技である。ただし、魔力で岩盾を含めた全身をガードした攻防一体の攻撃であった。
岩盾の底で荒地を削りながら、全身全霊の突進がヴィラデルに迫る。
ただ、岩盾越しに敵が腰を屈めた時点で、このような攻撃手段に出ると予測していたヴィラデルに動揺はない。
彼女は僅かな一点を探していた。
「基本は教える。だが、それ以上は己の感覚で掴むのだ」
何故か自分にだけはチョット厳しいハークは、ヴィラデルに刀を教える際に良くこの様な台詞を言った。
当初は突き放されたかのような印象で、意味も意図も全く解らなかったが、最近はようやくと自分なりの理解ができるようになってきた。
要するに格好だけ真似ても仕様がないということだ。
ヴィラデルはハークの教えの中に、常に正解を探していたがそれではいけなかったのだ。
剣撃というものは相手がいて、自分がいて然るべきである。相手が違えば攻撃の起点から打点が違うのは当然の話である。
これは、本当に単純に言うなれば高さの問題だ。
それと同じく剣も、使う人間が変われば振るい始める起点から終点、角度から全てが変わるに決まっているのだ。
コピー品は所詮コピー品でしかない。猿真似で通用するのは背の高さから四肢のつき方筋肉のつき方、力の入れ方まで全て同じである場合のみだ。そんなことは不可能だろう。
ならば、あくまでもハークの動きは参考に、自分なりの視点から
彼女の見出した要点、それは時間と空間に跨るほんの一点を捉えることであった。
向かってくる相手、あるいは物体に対し、真っ正面から最適な侵入角度と的確な力で斬撃を打ちこむこと。
そのタイミングは、時間と空間に跨る正に『特異点』。
この時のヴィラデルは、一瞬だけそれが視えた気がした。
「ちぇええええすうぅとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
己の口から、とても自分のものとは思えない叫び声が上がっていた。
同時に真一文字に振られた彼女の大剣は、その剣閃の途上にある全てのものを両断していた。
ぼとり、とヴィラデルの背後で帝国13将の男の上半身だったものと、彼のメイン武装だったものの上部が大地に落下していた。
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