450 第27話11:圧殺
幾度かの衝撃が発生したであろう場に到着した帝国13将であるバットソン、ロルフォン、ナジャールーダ、クシャナルが発見したのは、砕けた床面という幾つかの戦闘痕と、人間大を超える巨大な壁の穴2つであった。
バットソンが言う。
「フン、どうやら侵入者は未開人らしい。道の通り方すら知らんのだからな。だが、パワーはロルフォン、貴様に通じるものもあるようだ」
話を向けられた圧殺のロルフォンが不敵に無言で笑った。
一方で、岩盾のナジャールーダは恐らく外にまで続く大穴を覗き込みながら言う。
「ちいっ、この穴の方向が少し違ってれば、俺たちと途中で鉢合わせしたってのによォオ! 未開人のクセに勘ばかりは優れていると見たぜエ」
「どうやらそのようだ。が、この穴の続きようは、侵入者が自分たちの逃げた方向を自ら示してくれているようなものだな。行くぞ貴様ら、追いつくぞ」
「「「おう!」」」
が、彼らの勢いに反し、クシャナルたちが侵入者を捕捉できたのは結局、『異質技巧研究所』敷地内からも遥かに外れた、帝都の外周を囲む城壁すら超えた場所であった。
大きさは違えど、研究所施設内を貫いていた連続の穴は広大な研究所敷地内を取り囲む壁にも開けられていた。
ここまで一直線。ところが、にもかかわらずそこから、研究所の敷地外へと一歩外に出た場所からは一切の破壊痕、痕跡が全くといって皆無だった。
このままでは追跡を振り切られてしまうと焦りを見せていた4人であったが、研究所の破壊痕からの延長上のその先、帝都城壁の外にそれらしき者たちをようやくと発見する。
研究所の実験体2体を小脇に抱えた巨人に大女、耳長の男女に見たことのない巨大な魔物か魔獣。見事に人間がいない。
「手こずらせてくれたな、亜人どもめ! だが、ここまでだ」
大鉈のバットソンが、怒りさえ籠めた声音で言う。
強者の怒声は、弱き者にとって死の宣告と同等の筈だ。しかし、亜人どもは感受性が鈍いのか、慄く様子を見せない。
はぁ、と巨女が息を吐いた。
「待たされたのはこちらなのにね」
「偉そうに言うわよネ、まったく。さてと、もう一仕事といきましょうか」
「ああ」
耳長の男女が答えると同時に、彼らは性懲りもなく再びの逃走を開始した。小癪な事に、瞬時に3手へ別れている。
「ちいっ! まだ足掻くか、無駄なことを!」
「バットソン! 俺はあの一番デカい奴を追うぞ! 構わんな!」
圧殺のロルフォンの申し出は確認ではなく宣言であったが、問題は無かった。
「好きにしろ、圧殺! 俺はあの生意気な女どもを追う!」
「俺も行くぜエ! 馬鹿デケエとはいえ女だからなア!」
早い者勝ちとばかりに岩楯のナジャールーダまでもが宣言する。残りは一人しかいない。白い魔獣に跨って逃げた耳長の背の小さい男しか。
「自在剣! 貴様はあの魔物に乗ったガキを追え!」
「おう!」
しかし、クシャナルに文句は無かった。
◇ ◇ ◇
追い駆けっこは嫌いではない。ただ、久しぶりであった。小さい頃はよくやったものである。大抵勝てなかったが。姉の足は速すぎて、一度引き離されると、もう追いつくことは不可能だった。
「いい加減に、止まれえぇぇえええ‼」
おっと、懐かしい感覚に時間を忘れていた、とモログは反省する。背後に鉄塊が迫っていた。
追い駆けていた後ろの大男がキレて鎖付きの鉄球を投げてよこしたのである。右横へと少し進行方向を変えて躱しつつ、反転して止まる。
ズガン! とモログがそのまま走っていたら存在していた場所に落下した鉄球が大地を砕き、めり込んでいた。
「はぁ、はぁ、ようやく止まったか、この人攫いめ!」
(ん?)
モログは少しだけ不思議に感じる。この国では亜人に対する差別が横行し、最早人間扱いすらされぬという。実際、先の場で追い縋ってきた他の連中の態度のそれも、まるで狩りの対象の得物に対するかのようだった。
モログが今小脇に抱える少年少女に対する眼差しも同様であった。
しかし、どうも眼の前にいる帝国13将の一人であろう男は違う感じである。
彼はまずモログに向かってではなく、左肩の上のウルスラに向かって言う。
「お嬢ちゃん、戻ってきなさい」
子供に対する頭ごなしの命令口調ではなく、少女の人格を尊重する物言いであった。モログの、これから相対することになるであろう相手への印象が変わる。
眼の前の男は、誰かの父親なのだろう。きっと、歳も同じくらいなのだ。だからこそ、自然な応対ができるのである。
語りかけられたウルスラは、首をふるふると横に振った。
「嫌、帰らない。もう痛いのも、苦しいのも嫌。私たちは、この人たちと行きます」
「何を言っている! 逃げたとて、待っているのは更なる苦難だぞ! 尚の事、悲惨な眼に遭うだけだ! 研究所に戻りなさい!」
考えてみると、先の鉄球攻撃もモログだけを狙い、子供たちには万が一にも当たらぬ軌道であった。ひょっとすると、研究所とやらの中で彼女たちを気にかけていた存在かも知れない。ウルスラの応対も、遠慮こそあれ、しっかりとしたものであった。
「私は、この人たちを信じます」
ぎゅっと自らの腕を抱えてくるウルスラの頭を撫でると、モログは彼女たちを下ろし、その前に壁として立ちはだかる。
「その信頼にはッ、必ず応えようッ!」
それを見て、思わず相手の男は舌打ちを漏らす。
「ちいっ! 下らぬ惑わせを!」
「惑わせや出任せなどではないッ。俺様がッ、護ると決めたッ」
「悪いが、初めて会った輩などを信頼することはできん!」
「ならばどうするッ?」
「潰す!」
男は改めて構えを取った。構え、といっても足を広げ腰を落とし、チェーンの先についた巨大な鉄球をブンブンと振り回しているだけだ。
「名を聞いておこうかッ」
「帝国13将が一人! 圧殺のロルフォンだ!」
「憶えておこうッ。俺はモログだッ」
「知らんな! それに俺は、今すぐ死ぬ男の名など憶える気はないっ‼」
言うが早いか回転の勢いそのままに撃ち出された鉄球を、モログは空中で無造作にガシィ! と掴んだ。
「なっ!?」
「こんなものかねッ、圧殺のロルフォンとやらッ。このまま全力を出さずに死する愚を犯すつもりかッ?」
そして、掴んだ時と同じく無造作に放って返す。
ギリリと奥歯を噛み締める音が響いたが、それも一瞬である。意識を入れ替えたのか、ロルフォンは即座にバックジャンプして大きく間合いを離した。
「今の減らず口が遺言になるとしても後悔はするなよ!」
次いで、ロルフォンはその場で回転を始めた。ヒト族の成人男性の胴ほどは優にある鉄球から伸びたチェーンを両手で掴み、更に回転力を上げる。
解り易く表現するならばハンマー投げの要領だ。
「くらえ! 『大・回・転・圧・殺・球』ーー‼」
最大にまで回転力が高まったところで、その全てを載せてロルフォンの剛腕が振るわれる。
空間すら打ち壊す勢いで放たれた鉄球は、凄まじい速度にて風を巻きモログに迫った。
キカイヘイの装甲すら打ち砕くロルフォン最強の技である。当然に、絶対の自信を持ってロルフォンは放った。
ただ、敵もアレだけの
「『バァーーーーーニング・ナッコォオーーー』ッ‼」
見たことも聞いたこともないスキル、そして技であった。
魔法なのか、近接武技なのかも分からない。
次の瞬間、ロルフォンの両の眼は、自身必殺の全力魔力を籠めた鉄球が紅蓮を帯びた拳によって粉砕される光景を映していた。
そしてそのまま、鉄球をいとも簡単に打ち貫いたばかりの炎拳が自分の身へと迫る光景も。
「うっっ、おぉおお!?」
本来ならば、防御など行えるような状況では到底なかっただろう。が、敵の
咄嗟に、ロルフォンは迫りくる炎拳の前に、両腕と右膝を滑り込ますことに成功する。が、虚しくもその全てを突破して、炎を纏いし拳がロルフォンの腹部に到達した。
「ゲボぶはぁっっ!?」
筋肉が潰され内臓が焼かれ、背骨が軋む。踏みとどまることなど到底できる筈もなく、ロルフォンは遥か後方へと吹き飛ばされていた。
荒地へと転がるロルフォンだが、今は戦闘中であり、当然にすぐさま起き上がろうとした。
が、しかし、足に力を入れようとしたところで凄まじい激痛に襲われ、立ち上がるなどという行為が全くの不可能であると悟らされる。
腹が一応の原形を留めているのが不思議なくらいであった。普通ならとっくに意識を失っていてもおかしくないダメージなのだが、灼けた傷みが激し過ぎてむしろ意識がハッキリしてしまう。
もはやこれまでかと思い、何とか視線だけは上げたロルフォンが見たものは、とっくに殺気も闘気も戦意さえも消え失せ、元の右腕の中にレトを抱えこみ、そして左肩の上にウルスラを乗せたモログの姿であった。
「なっ!? ぎっ、ぎざまっ!
「ほうッ、まだ喋れるとはなッ。だが、言葉に血が絡んでいるぞッ。無理をしない方が良いッ、せっかく拾った命なのだからなッ」
そのまま、巨漢は背を向け、去ろうとする。
「まっ、まざがっ!
怒りがこみ上げて、ロルフォンは
「それこそ、まさかだなッ。最後の拳も殺すつもりで打ったさッ。誇って良いッ。君はこの俺様の拳を見事に耐え切ったッ」
ここで声を出せる力すら残り少なくなってきたロルフォンの頭の中に、巨漢が名乗ったモログという名に聞き覚えがあることが突然思い出された。
「モログ!? 馬鹿なっ、ぎっ、ぎざまがっ……!?」
「ようやく気がついたかねッ? しかし、実に惜しいことだッ。良い鍛え方だがッ、今一歩技術が足りないなッ」
「ぎっ、技術だと……?」
「君がモーデルに生きる者であればなッ……。いやッ、余計な事を口走ったかッ。さてッ、そろそろ安静にすると良いッ。そのまま休めば命は拾えることだろうッ」
今度こそ、モログは去ろうとする。
「ま、待て……」
これ以上引き留めたくとも、もう真面に声を出すことすらできなくなってきていた。代わりに手を伸ばそうとも、無論、届く筈もない。
ロルフォンの伸ばした手は、力無く乾いた大地を打った。
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