447 第27話08:研究所にて②




「ぬうッ⁉」


「くっ!」


 モログとシアも同時に構えた。が、ここでハークとモログが異変に気づき、その動きを止める。


「むっ? これは……動かぬか」


「ハークッ、これは火が入っていないぞッ」


「火ィ?」


 慄き、身体の大きなモログの陰に思わず隠れつつあったヴィラデルが、前方の彼を見上げて訝しげに訊く。

 まず答えたのはシアであった。


「種火が入っていなくて、点火されていないってことじゃあないかな」


「ええっと、それってつまり、動かないんじゃあなくって、まだ動けないってこと?」


「そうだね」


 その言葉でヴィラデルはひとまず大きな胸を撫で下ろした。

 余程驚いたのであろう。

 仕方のないことだった。最近、近距離戦の改善に向けて努力を続けているヴィラデルであっても、矢張りどうしても彼女の本領は魔法戦、距離に直せば中距離から遠距離戦である。出会い頭の眼の前に、強敵たるキカイヘイが急に現れれば肝を冷やすのも当然だった。


「なァ~~んだ、驚かせてくれちゃってェ。……って、何よあれぇえええ!?」


 だが、彼女の驚愕はそこで終わりではなかった。

 動かずに立ち尽くす彫像の如きであるキカイヘイの後ろに、全く同じ状態、直立不動の体勢を取った同等の存在が幾重にも連なっていたからだ。その数、30は超える。


 今度こそ腰を抜かしそうになったヴィラデルの背に手を当てながら、ハークは努めて冷徹に告げた。


「大丈夫だ。心配ないぞ、ヴィラデル。あれ、も同じく火が入っておらん」


 シアが魔法袋マジックバッグから取り出したランタンを掲げる。


「……どうやら、そうみたいだよ。全く動く気配は無いね」


 大体からして、おかしな話である。これだけの数の敵がいて、ハークの危機感知能力が騒がない筈がない。


「ん~~~もうッ! 何なのよ、ここはっ? ……って思っていた以上に広いのねぇ」


 ヴィラデルと同じくハークも眼が段々と慣れてきていた。彼女の言う通り、本当に異様に広い部屋だ。城の如きこの建物の1階部分、確実にその約半分以上を占めている。

 ハークの前世では、柱も無く一部屋でこれだけの広さを備えた大部屋は存在していなかった。あのキカイヘイ部隊300体が全て収まる程ではないだろうか。


 モログとシアの二人の眼も次第に慣れてきたようで、思い思いに其々歩き出した。


「むうッ。どうやらここは、キカイヘイどもの格納庫かッ、製造工場こうばであるようだなッ」


「製造工場だよ。これを見て」


 シアがランタンを掲げながらそれ・・をゴンゴンと叩いて仲間たちの視線を誘った。

 巨大な物体であった。キカイヘイにすら勝る。どこか既視感のある窪みと曲線が、それにはあった。


「えっ、それってもしかして……!?」


 ヴィラデルが気づくも半信半疑で声を出した。すぐに答えたのはシアである。


「うん。恐らく鋳造用の金型だよ、キカイヘイの」


「……なんと……。だから奴らは全く同じ姿形であったのか」


「奥にもまだ色々とあるぞッ」


 モログの言う通り、同様のものが奥に連なって置かれてある。腕用や足用であろうか。胴体用よりも巨大なものも見える。


「どうやら2人が指摘した通りに、ここはキカイヘイ製造工場で間違いないようだな」


「そのようね。もう少し手分けして探してみましょう。何かあるのかも知れないわよ」


 落ち着きを早くも取り戻したヴィラデルの提案にハークも乗る。


「うむ。モログはシアと共に頼む。三手に別れよう」


「了解だッ」


「分かったよ」


 三つと別れるのは光源の問題だ。ヴィラデルの火魔法、シアのランタン、そしてハークには黄金色の光を放つ日毬がいる。


「よく見えるよ、日毬」


「きゅーん」


 日毬が嬉しそうに囀る。淡い発光ではあるが、ハークの眼には問題は無い。

 ハークたちは入ってきた出入り口の方角からして右奥を担当する。進むと新たな扉を発見した。


〈む? ここは……?〉


 警戒しながらゆっくりとドアノブというものを回してみる。鍵はかけられていなかった。押し開くと、中から妙な匂いが少しだけ漂ってくる。クン、とひと嗅ぎすると、生臭さに鉄を混ぜ込んだような僅かな匂いを感知した。


〈これは……、血臭の残り香か……?〉


 尚の事、警戒感を高めてハークは隣接する部屋の内部に入った。

 そこは確かに隣室よりは狭いが、キカイヘイが3体分は優に入れる作りである。

 中には机や、何だか用途の分からない様々な物が置かれている。その中でも眼を引くのは、部屋の中央部に置かれた棺のような物体であった。

 大きさはこちらの単位で言う2メートル半以上。上部半分が透明となっていて内部が覗ける。

 中には液体だけがあった。あの、キカイヘイの中に納めれらていたヒトの脳が浮かんでいた液体と、全く同じ薄緑色だ。


 興味をそそられたハークはより詳しく中を覗き込む。そんな彼の行動を感知して、日毬は棺のようなもの上部に降り立ち、内部を照らす。

 片方の端っこに細長い、金属でできた腕のようなものが数本見えた。先端部は針がついて尖っており、その内2本だけが先端部に小刀、こちらで言うナイフのようなものを備えている。


「ハーク、こちらの調査は大体終わったわよ。幾つか重要そうな書類があったので、いただいてきたワ。……って、何ココ? 小部屋? ああ、ここの中にいたのネ、ハーク。ん? なァにコレ……」


 喋りながら近づいて来ていたヴィラデルの口調が止まる。横で同じものに注目していることが感じられ、その雰囲気が時間と共に刻々と変化していった。


「ハーク、ヴィラデルさん、左奥には特に何にも無かったよ。床に幾つかの書類があって、くすねてきたくらいさ。ん? ここは?」


「おおッ。皆、ここにいたかッ。んッ? これはッ……、……キカイヘイの内部に納まっていたものに似ているなッ……」


 次はシアとモログもやってきて、期せずして全員集合となる。

 同じものを観察する中で、各々が心の内で出した結論が全く同じものとなったことをハークは雰囲気で感じる。

 最初に口に出して結論を言ったのはシアであった。


「まさかこれ……、ヒトから脳を取り出す装置……!?」


「恐らくそうね……」


 ハークとモログは無言の相槌で答えた。そうであれば、今も僅かながらに感じる血臭の残り香も説明がつく。

 全員が、嫌なものを発見したと感じているのが分かった。ハークも、この物体を眺めていればいるほど、何か魂がけがれていくような気がしてしまう。


「破壊するべきだ。こんなものをこのまま残していく意味など無い」


「賛成だッ。木端微塵とすべきだろうッ」


「あたしもそう思うよ。どんな凄い技術が使われていようとも、これをこのままになんかしておけないね!」


「アタシがやるわ。皆、脱出準備を」


 ヴィラデルが勢い込んだ眼でそう宣言する。

 例の、爆発する混成魔法を使おうとしていることは明らかであった。


「待て、ヴィラデル! お主自身が脱出するための魔力を残しておかねばならんぞ」


 この後に何が起こるかは、ハークですらも完全に予測することは不可能である。自分自身を己で守れる力は最低でも残しておかなくてはならない。

 ヴィラデルは凍土国オランストレイシアでの戦闘でも、同様の爆破魔法を使って全魔法力MPを使い果たしている。


「心配ないワ、ハーク。アタシの全魔法力MPの、そうネ、3分の1程度の消費で足りるワ。全部使っちゃったら、ひょっとするとこの建物ごと吹き飛んじゃうかも知れないしネっ」


 ヴィラデルはハークに向かって軽くウィンクをする。

 彼女も成長しているのだ。更に、キカイヘイ軍団との戦闘後には新しい上位クラス専用スキルというものも獲得していた。特に火魔法の威力と適性が向上している。それを思い出させるかのように自信たっぷりの態度であった。


「そうか。ならば問題無いな。任せるぞ、ヴィラデル」


「ええ! 皆、大きな部屋の外に! 出入り口からも距離を取ってね!」


 全員が素早く移動を行う。

 所定の位置に着いたところで、ヴィラデルが置き土産とばかりに両部屋の中心付近に発生させていた『爆炎嵐ブレイズストーム』の火球めがけて、追加で風の中級魔法を放つ。


「『吸引渦メイルシュトロウム』!」


 風の渦が火をどんどんと吸い込み、熱が加速していくのがハークには解った。


「行くわよ。皆、準備オッケー?」


 全員が各々首肯するのを見届けると、ヴィラデルの魔力の高まりが更に最高潮に達する。


「消えて無くなっちゃいなさい! 『爆裂魔法フレアストーーム!』


 いつか見た、小さな太陽が再度光臨する。轟音とともに弾け飛ぶ。

 爆破の瞬間、ハークの脳裏には一瞬、あの装置らしきものがヒトより脳だけを取り除くものであるとすれば、残り・・はその後どうなったのだろう、という疑問が浮かんだ。




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