446 第27話07:研究所にて




 結局は何の波乱も無く、ハークたちは研究所とやらの内部に侵入することができていた。

 厳重と評されて然るべき警備状況も、虎丸の前にはまるで意味を成さない。嗅覚、触覚を主とした超感覚器官により、周囲の敵の動き全てを完全に把握することが可能だからだ。


 そして警備の僅かな穴を見つけると、まるで小さな隙間に水が染み込むが如きに侵入していく。ハークたちを数人背に乗せていようとも関係はなかった。

 ただし、いくら虎丸であっても、背に乗せられる人数には物理的な限界がある。特に、なるべく人数を多くして乗せるのであれば、縦横に幅のあるモログは無理だった。


 そこでモログのみ、彼自身の独力での潜入敢行を余儀なくされたのだが、これも全く問題は無かった。

 虎丸が把握した警備の綻びを、ハークが念話にて伝えるだけで万事解決したのである。そのあり余る身体能力の前には垂直の壁などなんのその。なだらかな坂道を登るが如くであった。

 更に、モログは器用だった。言われてすぐの動きに対応し、素早く順応することができるのである。稀有な素質、というのもあったが、何より基礎的な動きがしっかりとできているからであろうとハークは感じた。


 二重三重の警備網を突破し、目的の建物に到達すると、今度は警備どころか人の気配自体が希薄となった。

 どうやら建物内には、人がほとんどいないらしい。

 だというのに、煌々と灯火が天井や壁面に数多く配置されて所内はくまなく照らし出されている。大通りや皇城の周囲にしか街灯の存在しない街中と比べると、対照的なほどだった。


「不用心ネェ。照明法器をずーっと点けたままだなんて」


 ヴィラデルだった。全くの同意である。周囲に人の気配が全く無いので、こうして声を出して話すことさえできてしまう。


「恐らく、この建物の外までで警備は完結しておるのだろう。虎丸によると、建物の内部には凡そ10人程度の人がおるようだが、今現在、周囲を観察したり、見回りをするかような動きをしておる者はいない」


「明るく保っていても人が居なきゃあ、そもそもの警備にならないもんね。ってことは、アレかなぁ、ここで働いている人たちのため?」


 シアが半信半疑ながらも言う。

 これだけ明るければ、昼間と変わらずに細かい作業もこなせるであろう。職人であるシアにはそれが良く解る。

 しかし、聞いていた帝国の実状とあまりにも違う気がする。


「ここの管理者、もしくは責任者が余程の権力を持っているのかしらネェ?」


「かも知れん。だとしても、余程の無精者である可能性が高いがな。さて、と。皆、どこに向かうかね?」


「どこに?」


「入ってみて分かったのだが、『ここ研究所』は少々広過ぎる。手当たり次第に怪しい場所を調べる時間は、恐らく無い。ここはまるで城だ」


「そうネ。朝になっちゃうワ」


「確かにッ。手分けしても難しいなッ。だが、アタリ・・・はあるのかねッ、ハークッ」


「ここを城と仮定するならアテは無くもない。頂点か中心部だ」


 いつの時代も立場的に上の人間は、位置的にも物理的な上部を取ろうとするものだ。

 これはナントカと煙は高いところが好き、というだけの話ではない。頭上を抑えられることが、死角を抑えられるのと同義である生物的根源からの恐怖心に基づくと共に、上から見下ろすという行為が管理のしやすさにも直結するからである。


 つまり、最も高い所、乃至ないしそれに準ずる場所には、この場所と建物を統括する立場の者の私室が、大抵は存在している。そこには多数の重要な書類が山積しているに違いない。

 それは、情報の山と同義であろう。


 一方で、城の生命線である食糧、あるいは身を護る武具も大変に重要だ。特に、いざという時に。

 ただし、こちらは高い場所に置いておく訳はない。広さが足りないであろうし、利便性にも欠けるからだ。

 依って、中心部に備えておく。


「そっか。そういうことね。なら、アタシたちにとっては、あまり頂上は意味無いんじゃあないかしら」


「同感だッ。我らは戦闘の専門家であってッ、情報の専門家ではないからなッ」


「確かにそうだね。そういうのはプロに任せるべき、ってことか」


 仲間たちが導き出した答えは、ハークの考えと実に似通っていた。

 頷いてから、ハークは言う。


「承知した。儂も皆と同意見だよ。ただ、道中、役に立ちそうな書類でもあれば、できるだけ回収して、持って帰るとしよう」


 全員が肯く。それを見届けてから、もう一度ハークは口を開いた。


「よし。では、中心部に向かって進むとしよう。虎丸、頼めるか」


『お任せッス!』


 虎丸は足踏みから伝わる反響で敵の位置を掴むこともできる。これを応用し、周囲の地形、つまりは建物の簡単な構造を、大体は把握することができていた。

 更に、広い研究所内にわずかに点在する敵の居場所も完璧である。


 虎丸の先導のもと、ハークたちはゆっくりと明るい廊下を進み、時々大回りをしながらも建物の中心と思しき部屋の前へと到達した。


「どうやら、ここのようネ」


 ヴィラデルが断定したが、ハークにもそう思えた。

 眼の前には巨大で重厚な扉があった。あの『キカイヘイ』の巨体が余裕で通ることのできる大きさである。高さに関しては倍以上だった。ご丁寧に、小さな子供ぐらいの大きさの錠前がかかっている。つまり、ハークの身体の大きさよりも少し小さいくらいである。錠前としては異常に大き過ぎた。


「ではッ、俺が開けるとしようッ」


 モログが躊躇なく手を伸ばし、力を籠めると錠前が見る間にひしゃげていく。あっと言う間にそれは体積が大きなだけの無用な長物へと成り下がり、ひん曲がった、ただの鉄屑と化した。


「むッ」


 だが、まだ扉が開かない。錠前の他に扉自体にも鍵が仕掛けられているようである。


「仕方が無いなッ」


 これまたモログは、躊躇もせずに扉と扉の間に指を突っ込んだ。手刀のように突き入れるのではなく、ごく普通の速度で押し開くように、力任せな行動である。そのままメキメキと鍵の部分だけを引っこ抜いていく。


「スッッッゴイ……わネェ。モログ相手に鍵かけても意味が無いじゃない」


「はは……。ハークもたぶんそうだね……」


 シアの言う通りかも知れない。今のハークならば、そして『天青の太刀』ならば大して手間もかからないだろう。


「開いたぞッ」


 モログがそう言って扉を開いた。


「ありゃ?」


「真っ暗じゃない」


 折角の御開帳だったが、中はこれまでに反して一切光の無い暗闇であった。

 部屋の中には窓もないらしく、正に一片の光源すらも無い。


「さすがに見えないな」


「そうネ」


 部屋内は相当な広さがあるらしく、奥に続いていたが、特別製のエルフの瞳を持つハークとヴィラデルでさえ見通すことはできない。

 他の人間種よりも何倍も優れたエルフの瞳ではあるが、所詮は光を増幅する値が高いだけに過ぎない。光源がゼロであっては意味が無かった。


 開け放った入り口の光が届く位置にまで進んだところで、シアが自身の『魔法袋マジックバッグ』に手を突っ込む。


「待ってて、今、ランタンを出すから」


「必要ないワよ、シア。『灯火トーチ』」


 ヴィラデルが自分の肩くらいまで掲げた左手の人差し指の先に、ごく小さな光の球を発現させた。ハークも使用できる、火属性の初級魔法である。


 途端に周囲が光で満ちて、照らし出される。

 恐るべきものまで。


「うおっ」


「きゃっ!」


 エルフ2人組が最初に気づき、ハークは瞬間的に、背に負う『天青の太刀』の柄へと手を滑らせていた。

 ヴィラデルの『灯火トーチ』にて照らし出されたのは、黒光りする鉄壁の如き巨影。

 それはキカイヘイの姿であった。




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