443 第27話04:黄昏の帝都③




 ハークの表情が変化したのを、スケリーは目聡く気がついた。


「ハークの旦那、いかがしましたかい?」


「む。済まん。たった今、虎丸からの念話が入った」


「お、了解です。続きは後にしましょう」


 ハークは肯くと眼を凝らす。虎丸が繋いでくれた念話の糸の先に向けて視線を向かわせる。『精霊視』の能力で追うその先に、彼の相棒がいた。


「いたわネ。300メートルほど離れた民家の上よ」


「ああ。儂も確認した」


 同じ『精霊視』のスキルを持つヴィラデルも気がついたらしい。彼女が言う通りの位置にその姿が見えた。ただし、虎丸はこちらの方向を向いていない。


「ううむッ、分からんなッ」


「あたしも。方向が分かってもダメだねぇ」


 モログとシアがハークたちと同じ方向へと視線を向けるが、彼ら、特に高レベルかつ高い感知能力を持つモログでさえ虎丸の姿を捉えられないことに、主であるハークは安堵する。

 虎丸は今、隠匿スキルである『野生の狩人ワイルドアサシン』を展開中だ。モログほどの実力者に、方向が解っていてなお正確な位置を気取られないということは、ほとんど全ての他者から居場所を気取られることは無いと安心ができるからだ。


『首尾はどうだ、虎丸』


『発見されてはいないッス。このまま適当に、この街をグルッと一周してくるッスよ』


『分かった。日毬はどうだ?』


『向こうはオイラ以上に心配はないと思うッスよ。アレを下から・・・普通の人間種が発見できるとは思えないッス』


『ふ。確かにな。だが、万が一ということもある。引き続き日毬と共に気を抜くことなく続けてくれ。儂はお主たちが傷つくことを望んではいないのだからな』


『はいッス! 了解ッス! 日毬にも伝えておくッスよ。それじゃあ行ってくるッス、ご主人!』


『うむ』


 意気揚々とした虎丸の念話、その接続が切れた。念話は相手の正確な位置を捕捉しなくては接続不可能であるため、目視が必要不可欠である。つまり、虎丸との相対距離は一瞬でそのくらいにまで離れたということだった。


「行ったよ。どうやら問題は何も無いようだ。発見どころか、気取られた様子も無いな」


「良い結果ですなァ。第一関門突破というヤツですかねェ」


「どうやらそのようだ」


 スケリーの言葉に、何だかんだホッとした顔をハークは見せる。


 虎丸は現在、単独任務中である。つまり、ハークたちと同じく下準備を行っていた。この後に控える本番のためにだ。


 これは分業であった。

 ハークたちは目的の場所と施設を確認、また、それに関係する知識と情報を実地で深めている最中であり、一方で、虎丸たちは虎丸たちで言わば予行演習の真っ最中なのである。


 虎丸の潜入能力並びに踏破、そして突破能力は圧倒的だ。正に無類とすら評価できるほどではないだろうか。

 実績としても、隣国である凍土国オランストレイシアの、当然に警備の厳しい筈であろう王城にてハークや日毬と共に潜入任務を難無く成功させている。垂直の高い崖であろうと何階までも続く城の壁面であろうと虎丸はものともしない。実際に、凍土国宰相ランド=ブレイク=フェルゼを救出するための行動をハークが起こすまでは、誰にもその存在に感づかれることはなかった。あのまま待機しているのみであったならば、あの後一時間であろうと半日であろうと潜んでいられたに違いなかった。


 とはいえ、ここ帝都は最早完全な敵地。しかも、モーデル王国からすれば常識外れな魔法と、ヒト族を別のものへと換える技術を忽然と産み出しもしている油断ならぬ国家、その中心部なのである。

 だからこそ、侵入者用に備えた未知の罠が何かしら仕掛けられているかも知れないと警戒したのであるが、どうやら杞憂に終わった。


 万が一を考え、日毬を上空に配置して、虎丸の周囲を監視させてもいた。が、彼女の警戒網に引っかかるものは何も無い。

 通常、こういった潜入のための周囲警戒などは、専門の訓練を受けねば役に立たないことがほとんどだ。しかし、日毬は持って生まれた『同調』の能力によって虎丸の周囲に意識的な網を張り、その動向を追おうとする視線を感知、逆探知することが可能となっていた。

 つまり、今現在、距離にかかわらず、虎丸に注視する者は誰もいないと確信できるのである。


 ただ、万全を期すために、虎丸たちはハークたちとは時間をズラし、更には侵入する方角や方法さえも別としていた。

 ハークたちは帝都南にある正門から正規の方法での侵入を果たし、虎丸は西側の城壁を直接登り侵入するという、かなり強引な方法での突破を行っていた。普通ならば、城壁を登っている途中にでも帝国の兵士たちに見つかるであろうが、虎丸の速度と隠匿能力は今日も絶好調のようである。


 そんな虎丸の安全を担保すべき日毬は、虎丸よりも更に他者から発見される危険性は低かった。何しろハークの眼をもってしても僅かにしか視認できぬ高度なのである。

 おまけに、手の平に収まる彼女最小の大きさにて空を舞っていた。一体誰が上空を風に漂う木の葉の如き日毬を発見することなどできようか。


「さて、じゃあ話を戻しましょうか。3番目、最後の『研究施設』の説明が途中でしたな」


「ああ、続けてくれ。頼む」


「了解でさァ。この研究施設ですが、皇城や宰相の館に比べれば、その建造時期は新しいようです。集めた情報によりますと、おおよそ18年から20年前程度との話ですなァ」


「丁度、帝国がモーデル王国に負けて正式に同盟を組んでから、しばらく経ったあたりだね」


「シアの姐さんの言う通り、時期的にゃあそれくらいです。当時、帝都の外れにあった、今の研究施設の敷地内にあったスラムをぶっ潰して建造したらしいですなァ」


「そのスラムの人々は一体どうなったのかねッ?」


 モログが一言、質問を挟んだ。


「何分、10年以上経過している出来事ですからなァ。正確な情報は掴めませんでしたが……、まァ、この国の対応の履歴から鑑みるに、あんまり碌な想像はできませんなァ」


「……確かにそうだな」


 ハークも認めるしかない。帝都を追い出される程度であれば、まだ良いくらいであろう。無論、そんな程度とはとても思えないが。


「この研究施設が一体何に対しての研究を行う施設なのか、は全く一般にゃあ出回ておりやせん。彼らでは近づくことすらままならないからです。噂もバラバラ、おまけに曖昧なものが多く、どれも信憑性に欠けます。まァ、庶民の幸せを願って建てられた施設じゃあねえってことだきゃア、確かでしょうなァ」


 全員が肯く。疑う余地も無いものだった。

 これを受けてヴィラデルが言う。


「まぁ、帝国のことだから、まず軍事に関することでしょうね」


「だろうな。異存は無い」


「俺もですよ。ただ、数は少ねえが信憑性の高い噂の一つに、『謎の研究施設の近くで、ずんぐりむっくりで巨大な鎧を着込んだ人影のようなものを何度も見た』っていうのがありましてね。俺は『キカイヘイ』ってヤツを直接拝んだコタァねえんですが、以前聞いた『キカイヘイ』の特徴に合致しているんじゃあねえかと思っとります」


「そうだな。儂も合っていると予測する」


 ハークはスケリーの予測、その正しさを認める。


「やっぱりそうですかい。でしたらなんですが、その研究施設が『キカイヘイ』の運用に携わっているのはほぼ確実と考えられるでしょう。また、他に似たような施設が存在しないことと、先程説明した警備の厳重さから考えても……」


「そこが帝国技術の粋を集めた中心地、であることは確か、ということね」


 スケリーの言葉を先取りし、ヴィラデルが語った。


 成程、と思う。確信に至るための条件も、かなり多い。その研究施設とやらは帝国躍進の要なのではないだろうか。ならば、その全貌の一端に少しでも触れておくことは、今回だけでなく将来に渡っての理をもたらす礎となるやも知れない。

 ふと見渡せば、全員が自分と同じ表情となっていた。


 ハークは、仲間たちと頷き合う。


「よしッ、ハークッ、決まったかねッ?」


 モログが結論を促す。ハークは既に皆の中で固まりつつあった決定事項を、改めて口にした。


「うむ。最初に潜入するのはその研究施設とやらだ」


 総員がもう一度肯いた。

 帝都は既に、夕闇が近づいていた。




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