444 第27話05:Astrology




 帝国将軍も13将もいれば、一般に認知されぬ者もいる。

 大昔の、モーデル王国との大戦以前、4将軍時代にはそんなことはなかったらしい。数が3倍以上も違うのだから、しょうがないと言えばしょうがない。

 だが、その13将に最近名を連ねたクシャナルは、それが大いに不満であった。


「なぁ、ロルフォン。あんた先月何人喰った?」


「あ~~~……、たぶん、10人いかないくらいだな」


 圧殺と渾名される男が、クシャナルより何倍も太い指で指折り数える。その仕草が勘違いをさせるが、彼は決して愚鈍でも鈍重でもない。


「マジか。オレはもうちょい喰ったぜ。20まではいってないけどな。けど、レベルは上がらなかった」


「む、そうか」


 クシャナルは舌打ちを漏らしそうになる。彼はロルフォンに自身の状況、則ち先月それでレベルが上がったのかどうかを語ってもらいたかったのだが、さすがに横着が過ぎたらしい。ロルフォンは確かに縦横に膨張したかのような姿と違って愚鈍でも鈍重でもないが、聡明で気が利く男というワケでもないのだ。

 クシャナルが観念して皆まで言おうとした時、悪意を持ってそれを邪魔する者が現れた。同僚のナジャールーダである。


「ハッ! なんだよ自在剣のオ! お前エ、もうカンストかよ!?」


(ウザってぇ野郎だ)


 帝国13将の中には、気に障る性格の奴も多くいる。

 いや、むしろ付き合い易い者の方が少ないくらいだ。その中でもナジャールーダはとびきりだった。クシャナルはナジャールーダの口から、ためになる言葉やマトモな台詞などを聞いたことが無い。

 今回も同じだった。お前とは話していない、などと言えれば楽だが、己から喧嘩を吹っ掛けるワケにもいかずに黙っていると、ナジャールーダは更にくだらない言葉を続ける。


「新しく13将になって、皇帝の恩寵も貰えたってぇーのに情けねえことだぜエ!」


「ウルセエな。お前とは話してねえよ」


 言ってしまった。とはいえ、これはもう仕方が無い。


「ああア!? 何だア、その口の利き方はア!?」


 ナジャールーダが武器を持って立ち上がる。完全武装の相手に対して丸腰のまま座っているワケにもいかない。

 クシャナルは鞘付きとはいえ、自身の愛剣を手に立ち上がっていた。


「ウルセエからウルセエと言ったんだ!」


「ああア!? やんのかア、テメエエ!」


「上等だ! そっちがそのつもりならな!」


「おうおう、二人共やめないか」


 ロルフォンがのんびりとした声で止めようとはするが、それで止まる喧嘩など無い。一触即発の状況にクシャナルとナジャールーダが陥った瞬間、ガンッ! と何かが派手に砕ける音が室内に響いた。

 視れば部屋の隅で一人沈黙していた男の足元の床が砕けている。今日の特別護衛待機室、最後の住人である大鉈のバットソンがそのあり余るステータスにて蹴り砕いたのだろう。

 バットソンは冷たい視線を向け、言い放つ。


「将軍同士の喧嘩は死罪だ。二人揃って陛下に饗されたいか?」


 ぞくりと震えがくる声だった。無理もない。バットソンのレベルは13将一高いのである。

 クシャナルとナジャールーダの両者は揃って一度口を噤んだ。しかし、ナジャールーダの方は正しく口の減らない男であった。


「大鉈のオ! コイツから吹っかけてきたんだぜエ!?」


 どこがだ、とツッコんでやりたかった。だが、クシャナルはそこまで恐れ知らずでもない。断念していると、どうも結果的にはそれが正解のようであった。

 バットソンが、視線に殺気さえ載せ始めて言う。


「貴様の戯言が、俺ではなく陛下の御前でも続けられるのならば、その先を聞いてやるぞ」


 この一言でナジャールーダもさすがに口を噤んだ。

 皇帝陛下には如何なる言い訳や言い逃れも通じないと聞く。彼も自殺志願者ではないらしい。表情を隠すためか、ナジャールーダが顔をうつむけたところで、バットソンの視線が今度はクシャナルに移った。


「自在剣、貴様齢は幾つになった?」


「えっと……、この前、18になったばかりです」


「そうか。血気盛んなのは仕方が無いが、ナジャールーダはこういう奴だ。つき合うな」


「は、はい」


 言われたナジャールーダの方からガリッという音が聞こえる。歯軋りしているのだろうとクシャナルの居場所からは解るが、恐らくバットソンまでは音が届いていまい。特に何の反応をナジャールーダに示すことなく、バットソンがロルフォンの方向に顔を向けたからだ。


「圧殺。貴様の言い様では止まる者も止まらんぞ」


「ふむ、一度どつき合わせてみせるのも、一興かと思ってな」


 この時ばかりはクシャナルと共にナジャールーダも眼を剥いていた。二人揃って、まさかそんなことを考えられていたとは思っていなかったのだ。

 彼は続ける。


「互いの実力の確認が、関係性を大きく変えることもあるものよ」


「くだらん。貴様の前時代的な考えにはウンザリだ。そんな事だから皇帝陛下が姿をお隠しになさる」


「おいおい、それは俺のせいではないぞ。……しかしまぁ、皇帝が姿をお隠しになって以来、我ら将軍に対する贄の供給も随分と減ったからなぁ……」


 そうだった、クシャナルもそれを言いたかった、それを話題に出したかったのだ。先程は変な同僚に邪魔をされてしまったが。


「同盟を組んでいた筈のモーデルに突然裏切られたのだ。対応に苦慮せねばならん。宰相殿と協議を重ねておる最中であろう」


「それよ、大鉈の」


「ん?」


「我らとて脳みそが全く無いワケでもない。どうして帝国の武力を司る我ら13将が誰一人としてその協議に参加せず、狐ばかりが担っておるのだ?」


 ロルフォンの語る『狐』とは、帝国の宰相イローウエルのことを指している。彼の細く、笑っているかのようで吊り上がった両のまなこから由来した渾名のようなもので、帝国で『狐』と言えば、大抵が彼のことを表していた。

 途端に、今まで黙りこくっていたナジャールーダも加わる。


「そうだぜエ! 圧殺の言う通りだ! 何故俺たち帝国13将が、いつまでもあんな狐に顎で使われてなけりゃアならねえんだア!」


 ナジャールーダが内面の憎悪を吐き出すように言う。

 皇帝と宰相イローウエルの付き合いは長く、帝国の創成にまで遡るらしい。

 だからか、皇帝と宰相の仲は傍目からすると昵懇らしく、皇帝バアル4世とマトモな話し合いが可能なのは宰相イローウエルくらいしかいないとのことである。彼は、物腰こそ柔らかだが、笑顔で帝国のためや皇帝の命と称して無理難題を述べるためか、多くの帝国軍人から蛇蝎の如く嫌われていた。


 元々、東大陸の人間は自分よりも強い相手にしか従わない傾向にある。強さに重きを置く軍人たちは、なおの事その傾向が強かった。

 宰相イローウエルは痩身の優男やさおとこで、そういった剛の者の感覚を一切感じさせることは無い。このことが、より軍人連中からの反発を招く要因になっており、ナジャールーダも大いに同様であったようである。


 だが、バットソンは静かに言い返した。


「偉そうなこと言うのならば、さっさとあのキカイヘイの装甲を、己一人でブチ破れるようになるのだな」


「うぐうっ!!」


 ナジャールーダが無様に仰け反る。どう仕様もなく痛いところを突かれたからだろう。だが、この言葉には、隣で聞いているクシャナルですらも恐縮するしかなかった。


 いや、クシャナルらだけではなく、帝国13将の約半数近くが同じ反応とならざるを得ない。レベルではわずかに上回ってはいても、攻撃力と防御能力に極振りされた超特化のキカイヘイを真っ向から叩き潰せる者など数少ないのだ。この場においては半数の、自ら発言した大鉈のバットソンと圧殺のロルフォンの二人しかいない。

 だからこそ反論はそのロルフォンしか行えるものではなかった。


「……フン。確かにあの人形どもは一見強力のようだが、成長することはせん。時間をかければいずれは我ら全員の方が上となるに決まっている! それは敵とて同じことだろう。……大体な、俺はあの小僧の創造物だというのが気に入らん! 今日とてあやつの『星見』とやらの世迷言のおかげで、我ら13将の内4人もが、普段の4倍もが招集されたというのにまるで何も起こらぬではないか!」


 ロルフォンの言う通りこの『異質技巧研究所』は、普段から帝国13将が一人ずつ持ち回りで警備を担当していた。しかし、今日に限っては4人もの人員が集められている。とある人物の発言に端を発して。


「世迷言ではない。予言だ、圧殺。ここの所長の、な。実際、奴の発明品は役に立っているものも多い。それに圧殺、お前はただ単に奴が嫌いなだけであろうが」


「おう、もちろんだ。特に、弱いくせに子供を切り刻むような奴はな!」


「圧殺。奴の研究対象たちは子供ではない。動物だ。13将の中でも実力者であるお前が、そんな事では困るな」


「フン……!」


 ロルフォンは納得できず、憤懣を表すように鼻から息を吐いた。

 これより数10分の後、警報が研究所全体に鳴り響くとは予測する由もなく。




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