442 第27話03:黄昏の帝都②




 スケリーが立ち上がって馬車の窓を全て閉めた。それと同時に、今までもかなりゆったりと進んでいた馬車の速度が更に落ちる。

 モーデル製の馬車は非常に防音性に優れているため、元々音の少なかった空間は更に無音になり、緊張のせいかシアの方から身動ぎの衣擦れが聞こえた。


 場の空気が変わる。

 馬車の窓を閉め切ったのは、今からスケリーが話す内容がこの街の中での語らいに不適当で、何より重要なものであるがためだろう。則ち、本題中の本題という訳だ。


「この街で旦那方に憶えてもらいたい場所は3つです。1つは、アレ。皇帝バアル4世の住まう皇城ですなァ」


 スケリーが馬車の左側を指差し、ハークたちも全員そちらに視線を移した。

 窓の外に巨大な黒い物体が見える。それこそが皇帝の居城であった。


 ここまで来て気がついたが、帝都ラルは中心地に向かって緩やかに、そして全体的にせり上がっている台地のような構造になっている。

 中心地とは無論、皇城のことであり、ゆえに少し開けた場所であれば帝都のどの場所であっても、国威発揚を目的に皇城が人々の眼に入ることを狙って配置したのは明らかであった。


 しかし、モーデルの街並みと比べれば通りの広さは半分ほどしかなく、中心地に近づけば高さのある建物群が壁のごときに建ち並び、そこを少し外れれば雑多な掘っ立て小屋が無秩序に折り重なった結果、全貌を捉えることができたのは皇城との距離がかなり目前に迫ってからであった。


 確かに巨大である。しかし、規模はモーデルの王城と同程度であるようで、驚くには値しない。驚くべきはその色だった。


「随分と、真っ黒なんだねぇ」


「壁面だけじゃあなく全てが黒いわネ」


 シアに続くヴィラデルの言葉が全てであった。とにかく黒い。まるで白磁のようであったモーデル王都レ・ルゾンモーデルの王城とは対照的で、真っ向から対抗するかのようだ。

 白の姫路、黒の熊本というように、ハークの前世、日ノ本にも黒き壁を持つ城は存在していた。ただ、壁以外の部分、屋根なども全て黒というのは珍しく、記憶に無い。


「うむッ、まるで宵闇のごとくであるなッ」


 モログの感想には、ハークも肯けた。今はまだ陽が輝きその姿を照らしてはいるが、夜となれば暗闇に落ち込むのではないかとも思えてしまう。

 スケリーが改めて説明を再開する。


「実は俺も、モーデルから出向した商人に付き添う形で、中に入った事ァあるんでさ」


「ほう」


「とは言ってもホンの玄関口まで、といったところですがね。ただ、モーデルの王城のように幾つかの建物には別れてはおらず、一つにまとまっている感じでしたなァ。あと、城門から城の出入り口までの距離がやたらとあって、中庭が異様にだだっ広かったのを憶えとります」


「ふうむ。敵迎撃用の空間かな」


「皇帝専用の修練場であるのかも知れんなッ」


「ああ、確かに。モログの言う線もあるか。スケリー、その中庭に何がしかの戦闘痕のようなものはなかったか?」


「ハッキリと、それと判るようなものは無かったですねェ」


「そうか」


「ただ……」


「ただ?」


「何かねェ、あの時、妙な匂いを嗅いだんですわ。何か……、生臭えような、何かがちょいと腐ったような匂いが」


 スケリーは本職にも引けを取らぬほどの料理人でもある。そういった匂いには敏感であろう。


「ヘェ、広い場所を利用して、その地下に食糧庫でも隠してあるのかしら」


 ヴィラデルが指摘する。確かにありそうだ。これだけの巨大な城である。もし戦場となれば必要とされる糧食は膨大であろう。


「確かにあり得ますなァ。ンで、管理が悪くて匂いが漏れていた、ってェのも充分考えられますから。後で見取り図を作成しときます」


「それは有り難い」


「いや、ホントに入り口程度ですからねェ。あんまり期待しねえでいただきてェです。……アルゴスさんが昔書いたっていう、皇城の見取り図が手に入りゃア、また違うんですけどねェ」


「ん? アルゴスとは、あの宰相アルゴス殿のことか?」


 ハークの言葉に、スケリーは肯く。


「ええ、そうです。あくまで噂なんですけどね、昔、モーデルと帝国が同盟を組んだばかりの頃、宰相のアルゴスさんが特使としてあの皇城に招かれたんだそうですが、その際にご自身が歩いた経路を詳細に記録したのだそうです」


〈ほう、確かにあの御仁ならばやりかねんな〉


 現在もモーデルの宰相を務めるアルゴス=ベクター=ドレイヴンは、礼儀正しく物腰は柔らかでありながらも、実に己の信念に忠実で、どこか御し切れぬ油断の無さがある。

 何より聡明だ。彼ならば将来を見越して、自身の記憶を頼りにある程度のものを記録していてもおかしくはない。噂程度だというのが、逆に信憑性を増す。


「それはちょっと欲しいワねえ。まあ、難しいでしょうけど」


「だろうな。存在したら存在したで、相当な国の機密であろうからな」


「俺もそう思いますが、まァ一応上に掛け合ってみますわ。今はウチの大元締めも、王国の上層部とは繋がっているハズですからなァ。それで、その噂の続きですが、城の中には相当な仕掛けが施されておるようだった、とのことです。壁の妙なところから風を感じたとか、手の届くギリギリのところに燭台があったりだとか、床に極小さなヘコミがあったりとからしいですなァ」


「ふむ。まァ、城に隠し部屋や脱出路が用意されるのは良くある話だ」


「そうなんですかい? ナルホド、国のトップてなァ色々考えているんですなァ。さて、次は2つ目ですがよろしいですかい?」


 スケリーの確認にハークたちは全員で肯いた。


「まァ、とは言ってもこっちはそれほど勿体つけるほどの情報が無いんですがね。王城のすぐ北東側にあるこの国、帝国の宰相イローウエルの邸宅です」


 今度は右側の車窓を見る。

 帝国の皇城までとはいかないが、それを一回り小さくした程度の巨大な邸宅であった。モーデルの地方領主、ロズフォッグ領の領主の館に匹敵するどころか、完全に上回っている。大きさでも、豪華さでも。おまけに良く手入れがされていた。


「イローウエルはこの国が始まって以来の宰相職を務めておるそうです。眼が細く特徴的で、狐宰相などと呼ばれているらしいですな。俺も実際聞いたことがあります。皇帝との関係は深いとのことですが……、それ以上の情報が無いんですわ」


「む、そうなのか」


 ここまでスケリーが語った帝国の宰相イローウエルの情報は、モーデル王国でも何度か聞けたものである。ヤリ手であるスケリーにしては珍しかった。


「調べても中々出てこないンです。まだこれからも何とか集めさせてはみますが、申し訳ありませんですわ」


「いや、謝ることはないよ。引き続きよろしく頼む」


「了解です。ンで、最後の3つ目ですが、ここから随分と離れた帝都の外れにあります。ただ、こちらは近づくことができません」


「近づくことができない?」


「ええ。とんでもなく警備が厳重なんですわ。帝国13将が交代で警備に参加しとるくらいです。下手すれば皇城並み、いや、それ以上に厳重であるかも知れませんな。おまけにかなりの敷地を持っているようで、全貌が拝見できるまで近づけんくらいですぜ」


「ほうッ、それは一体何があるのかねッ」


 モログが興味をかき立てられたようで、話の核心を促す。


「帝国の研究施設が存在している、とのことです。あの『自爆魔法』や、『キカイヘイ』を生み出した大元であると、俺たちは見ています」


「何!?」


 ハークは驚き、思わず声を上げた。他の面々も声は出さずとも似た表情となる。


「恐らくハークの旦那方、いや、我々にとって、最も重要な施設となるでしょう」


 全くのその通りだった。

 ハークが更に詳細へと踏み込もうとした時、虎丸から念話が届いた。


『ご主人、こっちも帝都に侵入したッス』




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る