441 第27話02:黄昏の帝都
一行は帝都の大通りを進む。
ハークは馬車の中へと戻って仲間たちと共に、車窓に流れゆく帝都の風景を眺めていた。
都市の構造というのは、一見どこも別々のように視えて実は同じようなものだ。
一本の交通の
この帝都ラルも、そういった大都市形成の大枠からは外れていない。
だが、ハークの眼には何とも奇妙に映った。
理由は解っている。この都市は、その中心部こそ石造りを基本とした立派な、荘厳とすら言ってもいい建物が整然と連なっているのだが、そこを少しでも外れると、忽ちの内に文明が一歩後退したかのような掘っ立て小屋ばかりが雑然極まりなく立ち並ぶようになっていく。
静と動、清と濁どころではない。街はどうあったって、そういった相反する2つのものを孕むものだ。が、帝都ラルは、まるで同じ都市内に2つの街がそれぞれ別個に形成されたかのようであった。
「何ともチグハグな街並みだねえ。……途中で建材が足りなくなったのかな?」
シアの遠慮がちな仮説に、ハークと共に馬車の中へと戻ってきていたヴィラデルが返答する。
ちなみに、部下の一人に馬たちの手綱を握る御者役を代わり、この街の解説を行うがためにスケリーもいる。
「そんな訳ないわ。この辺りはずっと荒地とはいえ適切な岩場はいくつもあったじゃない」
彼女の言う通りであった。
「……そうだよね。じゃあ何で……?」
「あのボロ屋、廃材でできているわね。単純にお金が無いのではないかしら」
「えっ!? 奥の街並みはあんなに綺麗なのに!? ……一つの街でこうも住む家が変わるなんて……」
シアが言葉を失うのも当然だった。あまりにも違いが過ぎる。それにシアは、もうハークと出会う以前の話であるにしても、当時の収支的には古都ソーディアンの中でも最下層に位置している人間であったのだが、それでも家は周囲と特に変わらずに、生活もかなりの倹約ぶりであったとはいえ、逼迫し困窮しているという訳でもなかった。
ここで解説役のスケリーが話に加わる。
「俺も、この街の風景にはいつまで経っても慣れませんや。見てください、アレを」
そう言ってスケリーの指差す方向に、彼女たちだけでなくハークやモログも視線を向けた。道端で男が蹲っている。
ただ単純に人が道の隅に蹲っているだけならば、モーデルでも多少は見かけた。こんな中央の往来ではさすがに珍しいが。
しかし、そういう意味ではないらしい。
「アレ、恐らく死んでますぜ」
「何ッ!?」
「し、死んでる!?」
驚いてモログとシアが声を上げていた。一方で、視力に優れたエルフであるハークとヴィラデルは眼を凝らす。
「スケリーの言う通りだわ。全く身動きしていないわね」
「行き倒れか」
ハークも肯きながら追従した。例えば酔っ払って寝ていたって胸は上下する。それが全く見えない。
「ケンカか、あるいは物取りにでもあって刺されたか、もしくは食うに困ってそのままか……といった感じですな」
「ちょっと待って! 食うに困って? ってことは、餓死してるってこと!? こんな街中で!?」
シアが驚いているが、ないわけではない。ただし、戦に巻き込まれ敵軍に囲まれてしまったような街であるならば、であるが。でなければ、相当稀事な筈であり、たとえ前世を含めたとしてもそれがハークの認識だった。
「この国は、貴族や富める者は際限無く持ち得る反面、貧しい者、持たざる者は本当に何にも持っちゃあいません。明日どころか、今日の食いモンすらもです」
「今日のって……」
シアが絶句している。モーデルの古都ソーディアンでも襤褸を着、廃材で家を作りそこに住んでいた者たちがいた。今はサイデ村を起こしそこに移り住んだ、シンやユナたちである。しかし、当時だって領主を務めていたゼーラトゥースの援助もあり、食事で困っている様子は無かった。
だが、これでも序の口であったようである。
「旦那方、姐さん方、ここから帝都の中心地に入りますぜ。ソーディアンやオルレオンなら、様々な食材屋や食い物屋が立ち並んでおるでしょうなァ」
ハークは思い出す。
ソーディアンに入った初日、ギルドからもほど近い中央広場にて吟遊詩人の穏やかな調べを聞きながら、大道芸人たちの華やかな芸も横目に、匂いにつられて虎丸と一緒に串焼きをつまんだのであった。
あの時の想いと共に、甘辛い肉焼きの味付けも思い起こされるというものだ。
だが、馬車の窓の外の光景はその時のものとは全く異なっていた。
まず、店舗自体の数が少ない。
広場自体もソーディアンの中央広場と比べれば小さく、その分、周囲の建物の影が落ちて暗い印象を与えてくる。そこへ露店もまばらであるのでますます寂しげだった。
くすんだ色の布を日除けに使っているのも良くない。更に商品の数や種類も少ないのでは、店主らの表情さえ優れぬように感じられてしまう。
周囲に吟遊詩人の弦の音や、大道芸人による心浮き立つ愉しげな雰囲気などは微塵もなく、代わりに片腕や片足や片目の無い者が露店と露店の間に黙って座りこんでいた。
先程の行き倒れとは違い生きてはいるようだが、皆一様に立て札や立て看板を見えるように配置し、そこには『私はこの国のために兵士として10年間仕えました』だの『恵みの心を知る者には幸運が訪れる』だのとの文言が書かれていた。要するに路銀稼ぎ、物乞いである。
どうにも寂しげ、というより、荒涼としていた。
ハークとて伝え聞くのみで実際に見たことはないが、長年続いた飢饉や戦で疲弊しきった村や街がこうだという。
突如、ハークたちの進む馬車の反対方面で声が上がった。
音すら乏しいこの街で、むしろ元気の良いものだとハークはそちらの方角へと注目する。
しかし、その声の正体は怒号であった。
どうやら若い一人の男が盗みを働いたようで、露店の主が必死に追い縋っていた。
ひょっとしたら露天商の方が、少しだけステータスが高いのかも知れない。やがて追いつくと殴り合いの喧嘩が始まっていた。
奇妙なのはその後だった。
誰も止めに入らない。露天商か盗みを働いた青年の方か、どちらかに加勢しようとする動きも無い。
遠巻きに見物するということさえも無く、まるでよくある出来事、見慣れた日常茶飯事のように興味無さげに、煩わしげに眺めているのみであった。
「何だい、あれ……。無関心に過ぎるよ……」
「むうッ。どうやら、そう珍しくもない光景のようだなッ」
「モログの旦那の仰る通りですぜ。刃物出さねえだけまだマシですわ。しかし、また状況が悪くなったようですなァ」
スケリーが露店の商品棚を見回して言う。モーデルの都市であれば、まだ朝の早いこの時間だと、棚からこぼれんばかりに色とりどりの果物が山と積まれている筈である。
それが色など片手で数えるほどしかなく、それぞれわずかな個数があるのみだった。
「スケリー、状況とは?」
ハークの質問に、スケリーは素早く答える。
「この街は……、というかこの国は、元々食糧事情が良くないんです。何しろ荒地だらけですからなァ。耕したりだとかして、農地にしようっていう物好きな連中もあまりいませんからねェ。今まではモーデルから来た商人が食糧を運んできたり、この地で活動していた冒険者たちが魔物の肉を売ったりだとかで何とかやっていけてたんですが、今回の事態で彼らもモーデルに帰すしかなくなっちまいましたからなァ。この分だと、兵士や貴族連中の分もギリギリかもしれやせん」
「慢性的な食糧不足か……。だから、近隣諸国に戦争を?」
「それもあるんでしょう。ですけどね、奪ったものってェのは、まずそれを奪った者たちの手に渡るもんだ。ただの庶民たちにまで回るのは、最後の最後でしょう」
「酷いね、そりゃ」
ヴィラデルが溜息交じりに言う。ハークも全く同意見だった。
「まったくだ。こんな国、さっさと滅びてしまった方が良い」
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