438 第26話11終:バッド・カントリー&カンパニー




 ハークは酒場の2階、ベッドの上で不意にぱちりと眼を覚ました。


 この国に滞在する間は自由に使っていい、と割り当ててもらった部屋の中である。

 モログ、シア、ヴィラデルも、それぞれ同じように個室を貸し出されていた。元々、宿屋としても機能していた建物であったらしい。


 身を起こし、窓の方を見ると外はまだ真夜中だった。

 何となく、たぶん眠りについてから2時間程度しか経っていない。危機感を感じた訳でもないが、物音か誰かの気配で眼が醒めた感覚があった。


 部屋の中を見回してみると、ベッド脇の机の上に置かれた小さな座布団の上で日毬が可愛らしい寝息を立てている。

 もう少しだけ視線を巡らせてみれば、出入り口であるドア脇の床に虎丸が直接寝そべっていた。

 虎丸は眼をつぶってはいるものの、恐らく完全に起きていることだろう。眠り自体の質が人間種とは違う所為らしい。起きながら眠っている感じだと、以前言っていた。


 ハークはベッドから離れると、音がしないように上着を手に取って羽織る。ドアを開けて部屋の外に出ようとすれば、当然のように虎丸がのそりと立ち上がって後をついてきてくれた。

 廊下に出てみる。階下からの灯りがぼんやりと届いていた。こんな時間だが、誰かがいるようだ。


 ハークは床の軋みを立てぬよう、ゆっくりと進む。虎丸もついてきているのだが、そちらは所持スキルの所為か、柔らかく自在に形を変える肉球のおかげか、気を遣っている様子はない。


 階下に降りると、一人の男が酒を飲んでいた。

 酒場本来の使い方だ。些か時間が遅過ぎるが。透明なグラスに琥珀色の液体が注がれていて、大きめの氷が浮かんでいるのが見えた。向こうも気がついたようである。


「あ、ハークの旦那。申し訳ねえ、起こしちまいましたか」


「いや。たまたま眼が覚めただけさ」


 ハークは手を振って否定する。一人酒を嗜んでいたのはスケリーであった。


「どうすか、一緒に。……って旦那はまだ未成年でしたな」


 苦笑して肯く。酒も飲んだことはあったが、全て前世でのことだった。


「ンじゃあ、何か食いますかい?」


「いや、気を遣う必要はないよ」


「遠慮しねえでくだせえ。昼間ここで腕を振るっていた部下も俺が仕込んだんですよ」


 言われて思い出す。その後の騒動はいただけないが、店主役の青年が出した料理は中々だった。彼を指導したということならば、俄然興味が湧く。

 そう言えば彼だけ髪を逆立てていなかった。そのためか、少し寂しそうにも見えたこともある。気のせいだったかもしれないが。


「ほう、そうなのか。では、少しだけ頼むとしよう。軽いもので良い」


「了解っす。少しだけ待ってくだせえ」


 スケリーは立って厨房に向かうと、勝手知ったるとばかりに冷蔵法器の中に手を突っ込み物色、幾つかの野菜と肉を取り出して流れるような動作で鉄製の鍋を火にかけ、そこに油を少量垂らした。ちょちょいっ、と肉や野菜を切り分けて次々とぶち込んでいく。

 手際の良さから、手慣れており、継続的に行っていることが視てとれた。


 香ばしくも刺激的な匂いが漂ってくる。前世や一年前であれば、少しむせたかもしれない。この世界には少量でも強い匂いと味を持つ野菜が数多くある。更には、前世では貴重だったという香辛料もそれほど高価という訳ではなく、惜し気もなく使われていることも少なくなかった。

 スケリーがあっという間に造ってくれた料理も、それらがふんだんに使われているようである。


「お待たせしやした。青菜炒めですぜ」


「ほお」


 皿の上には塩漬けの肉らしきものと共に前世から見覚えのあるような野菜、菜っ葉が数多く盛られていた。しかし、それらが発している香りは、前世の記憶とは全く違う。


「いただいても?」


「モチロンっす。どうぞ」


 奨められるままに早速と口に含むと、明らかに熱が通っているにもかかわらず心地良い歯触りが感じられる。それでいて味自体の主張は強いものであった。


「美味いな。虎丸にも分けたいのだが、構わんかね?」


「ええ、構いませんぜ。……従魔殿も同じモン食えるんですなァ。好き嫌いとかねえんですかい?」


「うむ。基本、儂と同じものを食うよ。嫌いなものは特に無いな。好物に関しては、それぞれ別ではあるがね」


「参考までに教えといてくだせえ。モノによっちゃア、本国から取り寄せることも可能ですぜ」


 スケリーの申し出に対し、珍しく虎丸が身を起こして反応を示した。


「それは有難いな。是非頼みたい。虎丸はジャイアントシェルクラブの肉、儂は米、エルフ米と呼ばれているものだ」


「了解です。どちらも問題ありませんぜ。明日にでも注文しときましょう」


「そいつは本当に嬉しいな」


 傍目に変化はないが、主には微妙に解る程度に機嫌の良くなった虎丸と共に、ハークは青菜炒めを食べ進めていく。

 半分ほどまで食すと腹が落ち着き始めたので、彼は改めて話をするためにも口を動かし始めた。少しだけ、踏み込むためにも。


「本当に美味いな、スケリー。お主ならば、裏社会などに身を置かずとも、いや、置かぬ方が成功したであろうに」


「何ですかい、ヤブからボーに」


「正当な評価だよ。何故、『四ツ首』なんぞに所属しておるのかね?」


「……その質問、答えなきゃあダメですかい?」


「単なる興味本位の話だ。不快ならば無論、答える必要は無いよ」


「……旦那。旦那にゃあ、この国はどう思われやすかい?」


 一聴して、全く今までの話とは関係のないことのように思える。が、返答を渋るような質問でもない。


「ハッキリ言って、良い印象は無いな。お主からの話を聞いても、指導者や、それに次ぐ者たちが無責任に過ぎる」


「でしょうなァ。モーデルについてはどうです?」


「良い国だ。あれほど良い国を儂は知らんよ」


 安心して生活が送れ、安定した中であっても常に発展し続けている。良い国と評価する以外の選択肢などなかった。


「エルフであるハークの旦那からもそう思えますかい。……まァ、当然でしょうなァ。俺らみてえに、変なトコであぶれなきゃあね」


「あぶれる?」


「ええ。旦那、俺も昔は、とは言っても10年も経っちゃアいませんけどね、ちょっと前にゃあ旦那らと同じく冒険者だったんですよ」


「ほう」


「あんま驚かれませんな。ひょっとして、予想くらいしてましたか?」


 ハークは肯く。


「まぁな。お主の立ち居振る舞いは、何となく儂らに通ずるものがあった。何故辞めたのかね?」


「辞めたんじゃあなく、辞めさせられたんですわ。報酬をちょろまかそうとしたギルド長とモメちまいましてね、思わずブン殴っちまいました。その後、悪い噂を立てられて表の商売ができなくさせられましたよ」


 前に聞いたことがある。冒険者及び冒険者ギルドはモーデルにおいて社会の受け皿であると。そして、どんな者でもある程度受け入れる反面、それらから拒否されるということは余程の者であると危険視を受ける破目にもなる、と。


 スケリーは続ける。


「部下たちだって似たようなモンでさあ。皆、似たような事情で、中には自業自得ってもありますが……、この裏の世界にしか生きられなくなったってェのに、未だテメエなりのメンドくせえ流儀を振りかざすような馬鹿なヤツらです。ですが俺ァ、そんな連中を中々見捨ててられない性分でしてね」


「そのようだな。解るよ。そんな彼らのために、どうにかこの地で一旗揚げさせてやりかったのだな?」


 彼は苦笑して首を横に振った。


「はは。サスガにそんな高尚なモンじゃあございやせん。『四ツ首ウチ』の大元締めがモーデルの上層部から帝国への潜入及び拠点設置の依頼を受けた際に、全滅しても惜しくねえ、あるいは見捨てても構わねえ俺らをを差し出しただけでさあ。ですが、ここまでは、俺らにしては上手くいきました」


「そんなところへ儂らのような問題を起こす気しかない者たちが突然来れば、心配事が尽きぬのも当然か。先程降りてきた際に一瞬だけ思いつめたような表情が視てとれたぞ」


「え? そんなカオしてましたかね?」


 とぼけたかのように言うスケリーだが、これは半分くらいハークの嘘であった。とはいえ、男が真夜中に一人薄暗い中で酒を呑んでいるとすれば、理由はそれぐらいしか思いつかない。つまりはカマかけだ。


「うむ。着々とこの国での地盤を築いたお主たちにとって、儂らは不確定要素でしかないだろうからな。迷惑をかけて済まぬが……」


 ハークの言葉を、スケリーは大仰に手を振って止めた。


「ああ、いやいや、そういう表情してたってンなら違いますよ。俺がしていたのは心配事じゃあありゃあしません。していたってンなら決心の方でさあ」


「決心?」


「ええ。旦那、ここからは他の連中にはまだ内密でお願いします」


「む。承知した。しかし、いの一番に儂に話しても良いのかね?」


「むしろ、今は聞いてもらいてえ気分でさあ。……昼間までは迷ってましたがね、ついさっき決心つけました。俺らは『四ツ首』から、独立します」


「何⁉」


 ハークは思わずと大きな声を出してしまう。真夜中で他の人員は眠っているということもあり、スケリーは手真似で声量を落とすことを指示した。


 ただ、ハークの一瞬の驚愕も当然だった。スケリーの言葉は分社化ということを示していたが、『四ツ首』は裏社会の組織なのだ。つまりは裏社会からの離脱、足を洗うことも示しているのである。


「そんなことをして大丈夫なのかね?」


「まァ、やってみなけりゃあ分かりません。ですが、ウチらの本部は大元締めも含めてこの国、もっと言やあ東大陸には元々興味はなかったですからね。コトが終われば、帝国や東側からは完全に撤退し、この支部も俺らが築いた基盤も全て捨てて、無かったコトにするでしょう。捨てちまうってンなら、ただ単に破棄だけするってンなら、俺たちで貰っちまおうと考えているんです」


「ふうむ」


 案外悪くないのかも知れない、とハークは思った。

 聞いた印象だと『四ツ首』の現大元締めとやらは慎重かつ大胆な性格のようだ。一度撤退を決めたのなら、その先に組織から抜けた連中がいても下手に手は出さないのではなかろうか。


「しかしよ、だとするならば俺らはこの地に骨を埋める覚悟をしなきゃあならねえ。モーデルにゃあ、もう帰れねえかもしれねえ。なら、こんなクソみてえな状態の国じゃあ絶対に嫌だ。願い下げだぜ、冗談じゃあねえ。そう考えているところに、旦那が来た。冗談じゃあ無く『皇帝をぶった斬る』なんて馬鹿げた決意を持ったアンタがよ」


「それがこの国を変えると、思っているのだな」


「思っているぜ。いや、それどころか、東大陸全体をも変える結果になると俺は考えてもいる。ハークの旦那、俺は俺の目的のためにも、アンタに協力することを誓わせてもらうぜ」


 スケリーは右手を差し出した。

 それにハークは迷いなく応える。


「分かった。改めてよろしく頼むぞ、スケリー」


 少年側からも右手を伸ばす。

 次いで、二人は手を組み、強く握り合っていた。




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