439 幕間㉖ ソーディアンの刀使い




「頼むよ! もうキミしかいないんだ!」


 地面に倒れ込むようにしてまで頭を下げる明らかな年長者に対し、まだ少年らしさも残すその若き青年はソーディアンのメインストリート、よりにもよって冒険者ギルドの前での状況に、ゲンナリとした表情を晒していた。精悍で、所謂モトが良いだけに、尚更困っているという心情を周囲に伝えている。


「勘弁してください。俺よりあなたの方がずっとレベルが高いじゃあないですか」


「そんなことは関係無い! キミの剣技は本当に素晴らしいものだった! 正にキミの師匠譲りだよ、シン君! いいや、シン殿!」


 往来の人々がクスクス笑いながら、しかし遠巻きに見物するでもなく通り過ぎていく。

 彼らにとっては見慣れた光景だった。特にここ最近、彼の師が王都からオルレオンに戻らず、その姿を消した日から。


 シンは天気の良い青空を見上げる。増々渋い表情となっているであろう自身の顔を隠す意味もあったが、己の師匠ならばこういう時、どう対処するのかを思い出してもいたのであった。

 溜息を一つ吐いて、シンは問題の男に向き直る。


「分かりました。ただし、教えるのは勘弁です。俺の剣技は、刀はまだ師匠の半分、いや10分の1にすら届いちゃあいないんだ。俺自身もまだまだ修行の徒なんです。ですから直接的な指導なんかはできません。あなたの剣技に悪影響を与えちゃうかもしれませんからね。けど、俺と一緒に修練をして、参考にするって言うんなら構いません。俺は日が昇るくらいから、このギルドで毎朝大抵一時間くらいは刀を振ってますから、良ければその時間に来てください」


 彼の答えを聞いた途端、ガバッと起き上がった男はシンの手を握る。


「ありがとう! 恩に着るよ! 早速明日から頼むね!」


 そして、言うだけ言って小躍りしながら去っていった。その腰元にはシンと同じ、反りを持った武器が見える。


 ソーディアン発祥の最新鋭武器、刀とて、生産されているのは今やこの地だけではないと聞く。

 元々の製法を伝えるモンド=トヴァリの店舗が、北の都市ワレンシュタイン領領都オルレオンでも支店を出したからであるらしい。その所為か、ソーディアンではもう、刀という武器が珍しくもなくなった。


 はぁ、とシンは溜息を吐く。上記の事情だけに、模造品、粗悪品も最近になって多く出回ってきていた。そういったものではないかも、明日見てやらねばならない。


「人気者は大変そうだなぁ。主席卒業者さんよ」


 シンは眼を剥いた。急に良く知った声が聞こえたからである。しかも意外に近い距離から。

 ぐるりと視線を向けてみると、予想通りの方向、ギルド併設の酒場に見知った顔があった。どうも食事中のようである。


「何だ。帰ってきてたのか、シェイダン」


「おうよ」


 言外に、居たならば助けてくれても良いじゃあないか、という不満を籠めたつもりだったが、彼はピラピラと手を振るのみである。

 彼の名はシェイダン=ラムゼー。数カ月前までシンと同じくこの街の冒険者ギルド寄宿学校から卒業した、共に学んだ間柄。所謂、同期というヤツだ。


「さっき戻ってきたばかりだよ。案外、依頼が早く終わったんでね」

 追加とばかりに補足してくれたのはシェイダンのパーティーメンバー、ドノヴァン=ウェインザーランドであった。

 彼とも同期で、そればかりかシンとは寄宿学校寮での同室だった。


「また増えたんだね、シン。何人目だい?」


 そして最後に言葉を発したのは、やはりシンの同期で、シェイダンとドノヴァンとを含んだ3人組パーティーのリーダー、ロン=ロンダイトである。

 苗字持ちという事柄が示す通り、3人共貴族の子息だ。にもかかわらず、3人が3人共そのことを鼻にかけるでもなく、シンのような平民出身を見下すこともなく、お互い実に気安い関係を維持していた。

 特にロンとは寄宿学校時代、最後まで主席の座を相争い合ったライバルでありながらも、今でも仲の良い友人同士である。


「えっと……、今ので20人目とかかなぁ」


「マジかよ。もう金取ったら良いじゃんか。それで生活できるぜ」


「何言ってんだよ、シェイダン。冗談言わないでくれ」


 突然の提案にシンは強く首を横に振った。が、彼も決して考えなしに発言した訳ではなかった。


「冗談じゃあねえよ。向こうだって金が無えワケじゃあないんだ。その方が気分もいくらか楽だろうぜ」


 確かにそうかもしれない。刀の価格は今でも通常の武器の10倍から、モノによっては20倍くらい高い。借金という可能性もあるが、それだけのモノを手に入れているなら資金も収入も潤沢であろう。で、あるなら対価を支払った方が気分も良いものだ。シンも経験がある。

 それでも、彼は首を縦に振れるものではなかった。


「とても無理だよ。俺はまだ師匠みたいに教えられる立場じゃあない。今だって、これ以上自分をどうやって鍛えれば良いのか、模索中なんだからさ」


「へッ、勿体ねえ話だぜ。生徒候補はこれからもどんどん増えるだろうによぉ」


「まぁ、こういう状況になったのも、あの方・・・が姿を消してしまったからだよね」


 いつも気苦労を背負いがちなドノヴァンが、適切なタイミングで話題を変えてくれる。パーティーリーダーであるロンも即座に追従した。


「ドノヴァンの言う通りだな。今までは所在がしっかりしておられたが、急にお隠しになられたからね」


「ああ……、そうだな……」


 シンは肯く。

 彼らの言うあの方、シンの師匠は3週間前くらいまで王都レ・ルゾンモーデルに滞在していたが、新女王戴冠と時を同じくして姿を消してしまった。拠点としていたオルレオンにも戻らないまま、現在行方不明となっている。


 この時、ロン、シェイダン、ドノヴァンの3人は、シンの歯切れの悪さをかつての仲間たちに対する心配ととった。

 が、実は違う。

 そもそも高レベル冒険者と呼ばれる存在を超え、最高峰にまで達した者の所在は、中々に公となるものではない。モログがそうだ。彼については、冒険者ギルドが居場所を把握していても、公表はしないというスタンスを取っていたとさえ噂されている。


 実はシンの師匠たちも同様である。

 ギルド、と言うよりソーディアン冒険者ギルド長のジョゼフが彼らの現所在を粗方知っており、そのジョゼフから聞かされてシンも知っていた。

 同意の言葉を躊躇したのは、ロンやシェイダン、ドノヴァンにもこのことを伝えられない心苦しさからだった。


 事を秘密としておくには、その秘密を知る人数は少なければ少ない方がいい。王国第三将軍レイルウォード=ウィル=ロンダイトも、愛息あいそくであるロンにまでシンの師匠たちの行方を伝えていないのはそういう事情からであった。


「ところで、シンは何してるんだい? あんな目立つ入り口で」


 ロンの言葉にはつまり、あんな目立つ場所にいれば誰かに声かけられるのは当然じゃあないか、との意味が籠められている。

 ロンから視れば、最早充分にシンもこの街において有名人である。実力者としては勿論、あの方の一番弟子としても。だから、先程のような高レベル冒険者がこの街に段々と集まってきているのだが、シンにはその自覚は全く無いというのがロンの見立てだった。


「人を待ってたんだよ。ウチのパーティーメンバーと待ち合わせていたんだ。そろそろ来ても良いんだが……」


「ひょっとして今、受付嬢さん達と話しているのがそうじゃあないかな」


 シンのパーティーメンバーが、ズィモット兄弟という双子のような巨漢2人組というのも随分と有名な話だ。

 彼らは目立つ。非常に長身で、常に2人組だからだ。だからか、ある程度名を馳せてもいた。以前は暴れん坊として。そして今では、優しくも面倒見が良くて頼りになる巨漢戦士として。


 ドノヴァンに言われて振り返ると、確かにいた。やはりと言うか、大きいのですぐに分かる。

 向こうも気がついたようで、受付嬢たちとの話を切り上げて、小走りに駆け寄ってきた。


「親分、ここにいたんですか」


 顎髭面の弟分、エレンがそう言う。親分、という呼び名は正直慣れずに変えさせようとシンは努力したこともあったが、数日経つと元に戻ってしまうのでもう放っておいている。

 続いて、今度は兄貴分のエランが口を開いた。


「すいません、遅くなっちまいましたかね?」


「いや、俺が早く着き過ぎただけさ。ほとんど時間通りだよ」


「ああ、そいつは良かった。実は、今、受付の姐さん方と話してたんですがね。どうも、問題発生のようです。ギルド長がお呼びですぜ。行きましょう」


「ジョゼフさんが? 分かった、すぐに行こう。ロン、シェイダン、ドノヴァン、そういう訳だ、またな」


「ああ、またね」


「気をつけてな」


「頑張れよ、我らが救援剣士!」


 ズィモット兄弟と共にギルドの2階にあるジョゼフの執務室に向かうべく、友人らと取り敢えずの挨拶を交わし合ったシンだが、その中の一つ、シェイダンの捨て台詞めいた言葉に、若干ながらもその顔をしかめた。




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