436 第26話09:オニタイジ




 東大陸のヒト族が亜人種を激しく忌避し、差別の対象としているのは、その昔、正確な年代すら不明なのだが少なくとも3百年以上もの遥かな過去、巨人族と領土をめぐって争った歴史に端を発しているという。


 西に住まう人々、特にモーデル王国の国民からすれば、次々と国や支配者が変わるがゆえに歴史や伝統が浅く自分たちの系譜や民族に自信が持てぬことから、わざわざヒト族至上主義などという下らない思想を持ち出してまで己らのさもしい自尊心を満たさんとするがための行為にしか感じられず、当然の如くに賛同などできかねるというのが一般的である。


 大体からして、当時に巨人族と戦争をしていた国家などは既に滅亡して久しく、おまけに資料という形では東大陸に残っているものも皆無で、西大陸に存在する龍を信奉する国家の歴史書に、断片的な記載が残るのみなのだ。

 そもそも数百年もの昔に敵対していたのは巨人族のみであり、百歩譲って彼らを排斥しようとする動きはまだ解るものの、それが何故、亜人種全体という括りにまで及んでしまうのか、西大陸の人々にしてみれば増々理解に苦しむ話である。


 が、現地に今現在においても住まう人々、つまりは東大陸の人々にとってみれば、正当な理由と申せるものがあと一つだけあった。


 東大陸には、ヒト族と出会えば害しかもたらさない敵対的亜人族が数多く、そして転々と各所に生息している。

 更にヒト型の魔物が多い。西大陸にも生息するトロール、そしてオーガであった。



 トロールが鈍器などのある程度の武器を使いこなす上にヒュドラ並みの再生能力を持つ単体の強敵であるのに対し、オーガは魔物としても珍しい群れを成す性質を持つ。

 単体ではトロール程の戦闘能力はないものの、集団で行動する分トロールよりも知能に秀でている。人間種に比べればさすがに劣るが、当然、侮れるものではない。単純な作戦行動さえ行うことすらあるのだ。


「方角と距離は!?」


「遊牧民からの情報によりますと南の方角! 距離は2時間前とのことですが、約50キロメートルらしいでさあ!」


「数は!?」


「土煙と遠目で正確な数は掴めなかったそうですが、30はいるんじゃあないかとの情報っす!」


「すぐに斥候隊を出せ! 指揮と編成はヘンドリクセンに任せる! あと、フレイジャーを中心に戦闘準備を整えとけ! 俺もすぐに行く!」


「了解っす!」


 矢継ぎ早なスケリーの指示を受けて、彼の部下が来た道を駆け戻っていく。

 次いでハークたちに向き直ったスケリーは、早口で言い放った。


「申し訳ねえが、皆様方! 緊急事態発生につき、後にさせてくだせえ!」


 そして、自らの部下を追うように駆け出していく。止める暇どころか、口を挟む時間すら与える気はなかったようだ。

 後に残る静寂。わずかな間を置いて、ハークが口を開いた。


「さて、皆どうするね?」


「決まっているなッ!」


 モログが胸の前でバチン、ではなくドスン! という音を発生させて右拳を左の掌にて受け止めていた。


「そうだね、決まっているね!」


 シアもいつの間にか手に握っていた愛用の法器合成槌を一旦振り上げて肩にかける。


「ま、タダ働きであっても、アタシたちの本分ってヤツかしら」


「言われてしまったな」


 やれやれ、と言わんばかりにヴィラデルが両手を広げて、最後にハークが苦笑を漏らす。

 誰からともなく歩き出した彼らは、スケリーの後を追った。




   ◇ ◇ ◇




「マジかよ、斥候いらねえ……」


 驚きを通り越して顔を青くしているスケリーの言葉に、ヴィラデルが何度か頷き同意を示した。


「ホント、ズルイわよネェ」


「『魔獣使いビーストテイマー』ってスゲエんだな……」


「あ~~……、その認識はどうなのかな? ならでは、って感じするけど」


 シアの言葉は『虎丸ならでは』という意味である。


 ハークたちは例の如く、500メートルほど距離を置いた荒地の高台より、街の方角に向かって進攻する一団を見下ろしていた。


 数は今見えているものだけで20体前後。

 体高は千差万別である。低いものは2メートル程度に対して最も高いものはモログをも超えて4メートル以上と、同種とは思えぬくらいの違いがある。

 虎丸によるとレベルによって左右されるようだ。低いものは20半ば、最大は33もあった。


「レベルも解ンのか……。もはや至れり尽くせりじゃねえか」


 スケリーが慄いて言うのと同様に、馬に乗った遊牧民の二人組も彼の後ろで驚きを顕わにしていた。


 遊牧民とは、本来定住せずに牧畜を糧に生計を立てる人々を表すのだが、東大陸では少々趣が異なる。

 食料や衣服、薬や法器などの生活に必要な物資を街から街へと運んで取引するという、行商人のような生活を送っているらしい。


 元々は近くの村落に住んでいた普通の住民たちだったのだが、高い税金や労役の義務に耐えかね村ごと捨てて現在の生活に落ち着いたとのことだ。とはいえ商人と言えばまた税金をぶんどられかねないので、遊牧民を名乗っているという。


 つまりはスケリーたち帝国版『四ツ首』の、商品の重要な卸先おろしさきの一つということである。


「持ちつ持たれつの関係は良いものだな」


 ハークは、スケリーたち帝国版『四ツ首』と遊牧民とやらの関係をそう評した。

 だからこそ、危機を知らせに来てくれたのだろう。


「オーガどもは半端に頭が良くてな。一度狩場、つまりは俺たち人間が沢山住む街を見つけると絶対に忘れねえんですわ。だから、見つけられたら絶対に殲滅しねえといけねえ。そうしねえと3カ月とか忘れた頃に、数を回復したヤツらにもう一度襲撃をされるハメになりやす。前回はまだギルドが居やがったので、帝都から帝国兵を呼んでくれたんですがね……」


「狩り漏らしがいたか」


 確かにスケリーの言う通り、オーガの一団は先程までいた宿場街を真っ直ぐ目指して進んでいた。


「もしくは途中でメンドくさくなった、とかでしょうなァ。俺としてはそっちの予想を推しますぜ。言ったでしょう、帝都だけが帝国だと。アイツらにとっては田舎の人間がどうなろうと知ったことではないですからねェ」


「……何か腹に据えかねることがあったようだな」


 ハークがこう言ったのは、スケリーの言葉に若干ながら遺恨に根ざした憤慨の響きを感じたからであった。


「ハークの旦那、さっきの話でおかしいと思いませんでしたか? 冒険者ギルド出張所が所属冒険者ゼロで開店休業状態だったってェのに、つい最近までは営業していた、なんて」


「確かにそうだな……。潰れたのはいつだ?」


「一カ月前でさァ」


「……一カ月前と言えば、アタシらの仕事が完遂したすぐ後だね」


 シアの言う通り、一カ月前と言えばハークが帝国の傀儡と成り果てていたアレス王子の野望に、終止符を打った直後であった。


「成程……。中央に呼び戻されたか」


「だと思いますぜ。この国の冒険者ギルドは帝国の下部組織。一般にはモーデル王国に何があったかなんて広まっちゃあいねえが、役人は別でしょう」


 ハークは肯き、スケリーの推論の正しさを認めた。

 同時に宿場街の住民たちからあれほどまでにスケリーたちが慕われる理由も理解ができた。

 恐らく住民たちと助け合い、二人三脚で何とかここまでやり繰りしてきたのだろう。


「さてと、それじゃあ野郎ども、準備は良いか? そろそろ仕掛けるぞ」


「了解でさぁ」


「やってやりますぜ」


「待て待て待て。何をしようとしている」


 目標との距離が距離なのでさすがに鬨の声こそ上げなかったが、意気上げるスケリーたち『四ツ首』らをハークが止める。


「モチロン、オーガをぶっ潰すつもりですぜ。20と数は多いが俺らだって30人いますからねェ。やってやれねえこたァ……」


「あれだけではないぞ。後ろにもう10体ほどいるようだ」


 虎丸がオーガの匂いを最初に感知した際にもたらしてくれた情報だった。荒地の窪地に身を隠して進んでいるようである。


「いっ!? 別動隊ですかい⁉」


「うむ。聞いてはいたが、どうやら本当に作戦行動が取れるようだな」


「ちいっ、厄介なヤツらだぜ。けど、数が同じなら……」


「ダメだね。許可できないよ」


 今度止めたのはシアであった。


「部下たちの武器を見てみな。刃がヘタってたり、ひん曲がってたりしているだろう? モログさんの肌は鋼鉄の鎧よりよっぽど硬いからね。何度も打ちつけりゃあそうなるよ。あたしも幾つか防具を壊しちゃったみたいだし……、武装が悪い状態で実戦なんかに送り出せないよ! あたしは武具職人でもあるんでね」


「そーヨ、ここはアタシたちプロに任せておきなさいな。タダ働きは本来ならやらないんだけれど、アレだけの物資をただ一方的にいただくってワケにもいかないものネ!」


 ヴィラデルがスケリーたちに向かって目配せをして言う。


「いや、しかし、アレは既にお代をよォ……」


「スケリー。お主、部下たちを『落ちこぼれ』と評したが、お主自身も王国の『四ツ首』内では評価が低かったのではないかね?」


「うっ……!」


 スケリーがたじろぐ。どうやら図星だったようだ。彼の部下たちも補完してくれる。


「そうですぜ! お頭はよく俺らみてえな部下の失敗を庇うモンだから、中々支部長になれなかったんでさあ!」


「おまけに命令違反の常習犯ですからなァ!」


「実力とか功績なら、とっくだったってェのによォ!」


「ぎゃははははは! 惜しいモンだ!」


「でーーい、ウルセエお前ら!」


 真っ赤になって部下たちを沈めようとする光景に、ハークは思わずと笑いを漏らした。


「ふふっ。なればこそ尚の事、お主らにやらせる訳にはいかんな。なぁ、モログ」


「うむッ! ここは本職・・に任せるべきだッ、貴殿らはここで見物に興じておるが良いッ!」


 モログの身を包む真紅のマントが、天空へと舞い上げられていた。




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