435 第26話08:サポート・チーム
「とりあえず、必要なモンを持てるだけ持って行ってくださって結構ですぜ」
ずらりと様々な物品が所狭しと並べられた、この地の『四ツ首』倉庫の出入り口で、ハークたちはその量と種類に動きを止めていた。
「こっ、こんなに……!?」
「おおッ、大した量だなッ」
「あっ、見て、ハーク! 最新式の、ワレンシュタイン軍で使わせてもらった防寒用テントまであるわヨ!」
「これは有難いな……。スケリー、本当によいのか? お代は……?」
「お代はいりやせん。ホントーに好きなものをどれでも持って行ってくだせえ。後のことも心配いりやせん。すぐに追加が入荷する予定でさあ」
「お代も? お金や、売る素材が無いワケじゃあないんだけど……。丁度、アタシたち換金しようとしていたところなのよ?」
いつもは厚顔なヴィラデルでさえ遠慮を見せる。それも当然だった。目録を見た限りでも食料から回復薬、燃料や鉄、服や設備、細かい備品や果ては真新しい法器まで取り揃えられている。
「どーしても支払いたいというのであれば、受け取りますがね。要らねえ素材も買い取りますぜ。あと、換金も手数料無しで承りやしょう。けど、王国金貨はこちらでも問題無く使えますぜ。むしろ、ありがたがられるところまであるくらいでさァ」
「アラ、そうなの?」
「ええまァ。こう言っちゃあ何ですが、この国の貨幣はお世辞にも出来が良いとは言えねえ代物ですからなァ。金銀銅の配合はいい加減ですし、造幣の技術も拙くて、ヒデエもんです。ヤル気はさらさらありませんが、偽物こさえるのは簡単でしょうなァ。実際、
「皆殺しだとッ? 確かに
「モログの旦那、こっちの国の役人をモーデルのお上品な連中と同じに考えちゃあいけませんぜ。ヤツらの権力は、こういう辺境じゃあ絶対みてえなモンですからねェ。気分次第で軽微な犯罪でも極刑に処されかねませんぜ。好き放題です。まァ、俺たちを全く歯牙にもかけなかった皆さんであれば、黙って殺られるなんてこたァねえとは思いますがね。下手に贋金掴まされりゃあ皆殺しの対象に巻き込まれかねねえってんで、実は帝国金貨の方を受けつけねえ店も多いんですわ。かと言って王国金貨も帝都以外じゃあ手に入れ難いんで、そういうトコは物々交換が主だったりしますから注意してくだせえ」
「ぶ……物々交換……? 聞いたことはあるけれど、やったことも見たこともないよ……」
珍しいことだが、シアに気後れしている様子がありありと感じられた。
「シアの姐さんはソーディアン出身でしたなァ」
「ウン、そうだよ」
「では無理もねえですな。あそこは結構な都市ですから。まァ、元々モーデルで物々交換なんかを受けつけてる店舗は、聞いたことがありませんけどね。西側のモーデル周辺国でもほとんど無えでしょう」
「そうねェ、……150年……くらい前かしら、モーデルよりもずっと西の方の国でやった記憶があるくらいだワ……。物々交換が決して悪いワケはないけれど、自国の貨幣を軽々しく使えないなんて、ちょっと国として大丈夫なのかしら、とも思うわネ」
「長く生きた者ならでは、の評価であるなッ、ヴィラデルッ」
深く感銘を受けたかのようにモログが言う。
見た目からでは全く想像もつかないが、ヴィラデルは数百年の時を既に生きているらしい。
大体からしてエルフは100歳にしてようやく身体の成長が止まり、成人と認められる。それまでは生まれ故郷を一歩も出られぬという決まりもあるのだ。100歳未満というのはそういう意味でも有り得ない。
ハークが未成年でありながらも、エルフにとっての外界で今も大手を振っていられるのは、両親や祖父らの理解のお陰であった。
「モーデルの宰相に返り咲いたアルゴス殿の評によれば、国というものは最低でも秩序と社会をもたらすものであるそうだ。ところが帝国はその二点を満たさず、逆に破壊してさえいる。よって、バアル帝国は厳密に言えば国ではなく、一つの盗賊団が巨大になり過ぎたがために国を名乗ったに過ぎないもの、そう言っていたよ」
「ハッ! コイツは良い! モーデルに匹敵する東の雄が単なる一盗賊団ですかい⁉ ハハハッ、じゃあ、あの皇帝と俺は、立場上、ほとんど変わらねえってコトになりますぜ!」
「部下を充分に思いやり統率し切っておる分、お主の方が遥かにマシかも知れんな」
豪快に笑い飛ばそうとしたスケリーだったが、ハークの一言で彼をじっと見つめる。
「御冗談を。からかってンですかい? 向こうは巨大帝国の長ですぜ? 身分が違いまさあ」
「身分の問題ではない、内面の問題だよ」
「内面、……ですか?」
ハークはしっかりと頷く。
「うむ。あくまでこれまでの話を聞いて統合した限りの、儂の勝手な想像だが。バアル4世だったか、その男に一国を治めるだけの才能や資質が備わっているとは、とても思えぬ。どうも、単に力が強いだけの
ここでヴィラデルが不思議そうに口を挟んだ。
「皇帝が腕力ばっかでオツムは弱いってコト? でもハーク、帝国は新しい魔法や『キカイヘイ』なんてものを開発しているのだから、脳みそが弱いとはアタシには思えないんだけれど?」
「いや、恐らく頭脳は明晰だろう。が、頭が切れるというのは、必ずしも国を治める上で重要な能力ではない。少々頭の働きが鈍かろうとも国は立派に治めることができる。地頭の良い者を採用すれば良いだけだからな。国を
「つまりは、計画性ってコトかしら?」
「厳密に言えば少々異なるが、同じようなものだな。ロンの父君、第三将軍のレイルウォード殿から聞いたのだが、皇帝は世継ぎがおらぬばかりか後継者すらも決定していない。それでいて、国内の安定にも注力している様子はない」
「皇帝って、自分が死んだ後はどうなってもいい、帝国が潰れても構わない、とでも考えているのかな?」
「行動だけを見てみると、シアが言った通りであるとしか思えん。悪名だけを轟かせ、混沌の傷跡のみを残して去ろうとしているかのようだ」
あるいは死を免れる術でも探しているのかも知れないが、それではどこぞの始皇帝と同様である。大体からして、彼は多大な影響と、巨大な建造物を後世に遺している。
比べるのも失礼であった。
「このまま皇帝とやらが死ねばッ、この地は大混乱と化すであろうなッ」
モログの言う通りだった。後継者争いで忽ちの内に四散分裂することであろう。その余波は東大陸全土に伝わり、モーデルも巻き込むかもしれない。いや、不幸にも隣り合っている以上免れ得ない、そんな可能性が高い。
「その時も、ひょっとすれば、またもやスケリーたちに出番が回ってくるかも知れんな」
「俺らがぁ? 一体全体何でお鉢が回ってくるんで? そんなモン、お偉方の仕事となるに決まってンでしょう」
「分からんぞ。先程は自分たちを落ちこぼれなどと貶めたが、儂にはとてもそうは思えんよ。これだけの品を揃えられるのだからな。それに何より、この国のことを良く解っている」
ハークは整然と並べられた大量の物資を改めて見回しながら、言った。
「……褒められても何も出ませんぜ。さぁ、とっととお好きなモン選んで行ってくだせえ。お代は既にいただいているも同然なんですからな」
「いただいている? 誰にだね?」
「うおっと。ちぇっ、口が滑っちまった。ま、秘密にしといてもしゃーねえか。実はね、ここにあるモン全部、既に買い手がついてるんです。取引相手はモーデルの中央政府と、ワレンシュタイン軍でさあ」
「中央政府とワレンシュタイン軍!? そうか、アルティナやリィズ、ランバート殿か」
「粋なことしてくれるわネェ、あの子たちも」
「そうだね。感謝しないといけないね」
ハークたちが頷き合っていると、スケリーが苦々しげな表情で言う。
「まーったくやられましたぜ。帝国でも、モーデルの製品を欲しがるヤツぁ山ほどいますが、これで弾が無くなっちまいましたからねェ」
「そいつは済まぬな」
素直に詫びの言葉を吐くハークに対し、スケリーは苦笑して首を横に振った。
「ま、良いですわ。取引には一時的に穴が開いちまいますけど、本国の方ですぐに追加を用意してくれるっつー話ですからな。在庫一掃と思うことにしますわ。さっ、とっとと選んじまってくだせえ」
スケリーに勧められて、ハークたちはいよいよ自分たちの入用なものを次々と物色し始めた。
しかし、結果として10分も経たない内に、スケリーの部下が彼らの主を呼びに現れ、中断させられることになる。
「お頭ぁ! 大変だ!」
「ナイジェル! 今は大事な商談中だぞ!」
「申し訳ござんせん! ですが、オーガです! 遊牧民がたった今、情報を持ってきてくれましたぜ!」
「何だと!? 帝国兵の連中め! 殲滅したってぇのはやっぱり嘘だったのか!」
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