434 第26話07:リアル・エンパイア
「つまりは、あたしらに協力してくれる、……って言うのかい?」
「そう言ってますぜ、でっけえ姐さん」
ハークは何故か突然、スケリーと名乗った頭目の頭をはたきたくなったが、我慢する。
「アネさんって……。スウェシアっていうんだ。シアって呼んでおくれ。けどさ、あんな罠みたいなことされて、悪いけれどあたしはまだあんたたちを信用し切れないよ」
「シア、良いこと言った! アタシもよ! 信頼が置けないワ!」
出会った頃のお主も、大概信頼の置けるものではなかったがな、とも一言ハークは言ってやりたくもなるが、その衝動を押し込めた。話を交ぜっ返すことにもなるし、通常ならば彼女らの反応も至極真っ当なものであるからだ。
「ま、当然っちゃあ当然ですなァ。そいつに関しては、これからの俺たちの働きで埋めさせてもらいてえと思っとりますわ」
「ふむ。働き、か。期待させてもらおう。手始めに、幾つか質問をさせてもらっても構わないかね?」
「モチロンでさァ。ただしよ、俺たちが抱える情報の一つ一つを、俺の部下たちが命懸けで得たモンであるとも、認識してはもらいてえトコロですな」
「解った。心して訊くとしよう」
ハークは一応とはいえ、座ったまま居ずまいを正した。元々崩して座っていた訳でもないが、礼儀のようなものである。
「まず、お主の部下、この帝国の地で活動する『四ツ首』の構成員は、皆、お主と似たような髪型と恰好なのかね?」
「ん? まぁそうですな、大体そうですわ。部下共に強制したワケでもねえですがね。カッケーっしょ? この王冠頭とスパイクつきジャケットは。ま、別んトコで潜入任務に就いている奴らには、さすがに目立つんでこっちでのフツーの格好をさせてるけどな」
「ある意味分かり易いな。ではさっきの乱戦に加わらなかった者たちは、やはり全員こちらの国の民か。あの者たちがお主らをこぞって擁護しておったが、儂らに対しても排他的な感情はあまり向けられていないように感じられた。帝国は儂らのような亜人種を忌避し、差別していると聞いていたが、そうでもないのか?」
「ああ、確かにここいらじゃあそうでもねえですね。今じゃあ、この街もすっかりと寂れちまったが、モーデルとの玄関口として発展した時期もありましたからなァ。オマケにすぐ隣がワレンシュタイン領ですから、多少は見慣れたモンなんでござんしょう」
「成程」
「この街に限らず、田舎の方なら亜人に対する忌避感よりも余所者に対する警戒感の方が強えくらいですな。と言うより、エルフのお二方は亜人とすら認識されずに、単に耳の長えヒト族と勘違いされっかもしれんですぜ。何しろ、こっちの国の連中は、エルフ族を自分の眼で拝んだようなヤツはまずいねえでしょうし、知識もありませんからなァ」
「そう言えば……、ハークはオランストレイシアで子供と間違えられちゃったことがあったね」
「あったわネェ。でも、シア? 一応……とはいえ、ハークは本当に子供なのヨ?」
「あ、そっか!」
言われてみればそんなこともあった。確か、侍従長のキュバリエであったか。
風の噂では、彼は地位を剥奪されたようで、今のところ宰相フェルゼが兼任しているらしい。クルセルヴ率いる聖騎士団もいるし、フェルゼの落ち着き払って肝の据わった性格であれば適任であろう。
一方で、本人も偶に忘れそうになるが、ハークはその成熟し切った内面に対し、肉体は未だ間違いなくエルフの未成年であり、どうしようもなく少年である。
本来、エルフの未成年が産まれた街を出て、外の世界で生活しているなどということは言語道断であり、有り得ることではない。
が、ハークは特別に両親を含めた身内の許可を得て、今こうして見知らぬ地を旅することができている。ただし、10年に一度は故郷へと里帰りをせねばならないなどの細かい制約はあった。
「帝国民のモーデルに関する悪感情などはあるのか?」
「モーデルに対する悪感情は、今のところ全くと言っていいほどございやせん。未だに、モーデルとは変わらぬ同盟関係のままだと思っている奴がほとんどですからな。こいつは帝国の中央が、未だ公式に何一つ国民に対して発表を行っていないからです。なので、モーデルに対する敵視みたいなモンは、まだ確認できてはおりません。これは田舎も、帝都であっても同じことのようです」
「むう。モーデル王国の政府への対応と同じく、無反応の放置ということか」
「ふゥン、帝国の皇帝は国民の前に姿を表さないのかしら?」
「エルフの姐さんの仰る通り、以前は国威発揚のためかよく帝都では姿を見せていましたよ。俺も、一度生で姿を拝んだことがありまさァ。帝国皇帝バアル4世は、既に実年齢は50を超えている筈ですが、30そこそこの俺より若く見えましたなァ。元々は、東大陸のこの辺りに存在した小国の王族であったらしいです。10代で王位を継いですぐに頭角を現し、周辺国を全て武力で潰し回って20代で皇帝を名乗りだし、わずか一代で帝国を打ち立てた人物でさあ」
「その後、調子に乗ってモーデル王国にまで手を出して、伯爵サンにへこまされたのよネ」
「ヴィラデルの言う通りだが、その後も全く諦めずに王国へと手を伸ばし続けるあたり、油断のできぬ人物のようだな。スケリー、帝都の様子を詳しく教えてもらえるか?」
「了解っす。ただ! その前に俺から二つだけよろしいですかい?」
ハークたちがこくりと肯くと、スケリーは話を再開させる。
「まず先程、俺ぁモーデルに対する悪感情は今のところほぼ無く、辺境でも帝都でもそいつは変わらねえとお伝えしやしたが、亜人に対する扱いは別です! アンタらがもしそのまんまの格好で帝都へ行くとしたら、忽ちの内に帝国兵に囲まれて、確実に戦闘となりますぜ。エルフのお二方はその耳を隠せば良いだけですが、シアの姐さんとモログの旦那は身体がデケエんで巨人種なんかと勘違いされるでしょう。何かしら対策を用意しますんで、それまでは帝都付近には足を踏み入れねえとご確約くだせえ!」
「承知したよ。お主たちは、この国と表立って敵対する気は無いのだものな。我らの勝手な行動に振り回されて、部下たちを失う訳にはいかんということか」
「……まぁそういうことですわ。俺の部下はウチの本部から見りゃあ落ちこぼればかりなんだそうだ。だが、それでも俺はむやみに死なせるつもりは無えんでな。それ以外の事であれば、本当にできる限りの援助をさせてもらうつもりだぜ」
「そうか。しかし、同じ国の中だというのに、帝都とそれ以外というのは随分と差があるのだな」
「そうですなァ。この国の歴史が浅いってのもあるんでしょうが、帝都以外の連中は、帝国に対する帰属意識すらもほとんど持ってねえ人間が多いですぜ」
「帰属意識もか?」
「ええ。帝国は、中央以外にはあまり何かをするってことが無えんです。むしろ、搾取するばっかりですなァ。おかげで、帝都以外の人間にゃあ、帝国民の一人っつー認識すらも持って無えばかりか、むしろ帝国を憎んでいるヤツもいるくらいですぜ」
「成程。では、潜入と浸透はかなりし易かっただろうな」
にいっ、とスケリーは口の端を上げて笑う。その様子に、先程自分達のことを『落ちこぼれ』などと貶めたが、ハークは話半分に認識する。
「だが、帝都の強固な壁の中に一歩入ればそうはいかねえです。いいですかい、くれぐれも肝に銘じてくだせえ。帝国は帝都からが本番です。いや、帝都だけが帝国だと言っても良い」
「帝都だけが帝国、そして本番か。憶えておこう。それで、お主からのもう一つというのは何かね?」
スケリーは、少しだけ言葉を溜める。幾分、言い難そうに躊躇した感じがあった。
「……実を言うと、なんすけどね。姐さん方は先程、俺達のことを信用ならねえと仰いましたがね、実を言うと俺の方も、まだアンタらを完全に信用し切れているワケじゃあねえんですわ」
ハークたちは途端に訝しがる表情へと変化する。モログを除いて。腕を組んだままの彼の場合は、フルフェイスヘルメットのお陰で顔の表情が物理的に見えないだけではあるが。
アレだけ良いように好きにやられておいて、まさかまだハークたちの実力を疑う訳ではあるまい。
「ひょっとして、我らが誰も殺さぬよう立ち回っておった所為か?」
ハークのやや大胆な推論に、スケリーは首を縦に振った。
それを見て、ヴィラデルが呆れたように言う。
「なぁんでよ。自殺願望でもあるのかしら? 殺して欲しいだなんて」
「違うのだ、ヴィラデル。儂らの覚悟を試し切れなかった、というところだろう」
「仰る通りっす。まァ、アンタらをそこまで追い込めなかった俺らの不甲斐無さの所為ってハナシなんですがね」
「ええと。つまりはどういうことだい?」
素直に訊くシアの言葉に対して、ハークが答える。
「彼らは我らに対し待ち伏せを行ったようなものだ。普通ならば敵として、問答無用でぶった斬っても良いくらいだろう。それをしなかったということは……」
引き継ぐようにスケリーが再度口を開いた。
「そういうことですな。旦那、俺らが口ほどにもなかったのを承知で訊きますが、なんで俺にすらも、一度たりとも殺気を見せなかったんで?」
「儂らは帝国の中央政府、あるいは皇帝自身に対して思うところあってこの国に来た。帝国民を傷つけたり、殺すために訪れた訳ではない」
ハッキリと言い放つハークに、他の全員が追従して肯く。
「ナルホド……。旦那は」
「ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだ。長いのでハークと呼んでくれ」
「ういっす。では、ハークの旦那。旦那らがこの地に訪れた最終目標を、改めて俺に教えてくだせえ」
「承知した」
ここで、ハークはあえて言葉を切った。
次いで、僅かに溜めてから改めて言葉をつむいだ。
「儂らの、……いいや、儂の真なる目的はこの国の皇帝に会い、話し、そして場合によってはぶった斬ってやることだ」
一切を隠すことなく、ハークは自身の気持ちと計画を披露する。
ここまで馬鹿正直に、今日会ったばかりの他者に打ち明ける必要は、全くなかったかもしれなかっただろう。
しかし、自身の勝手な事情と危険に巻き込む以上、誤魔化す気はハークにはなかった。
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