432 第26話05:Striking Unit(意訳:強襲部隊)②




「なぜ俺に言う? 俺はあいつらと関係無いぞ」


「そうは思えんな」


 顔色一つ変えぬままにとぼける青年に対し、ハークは冷徹に話を続ける。


「いつでも動き出しができる足の位置」


 具体的に言うならば、足を揃えずに多少なりとも開き、踵を地に着かぬようわずかでも浮かせている、ということだ。

 言われた男が、もぞもぞと足を動かそうとする中、ハークは続ける。


「組んではいても、即座に解けるようにした両腕」


 思わず両手を解く青年と、口での追撃を止めないハーク。


「壁を背にしておるのは不用意に後ろを取られんがため、かな?」


 男の顔色がいよいよ変わる。だが、ハークの言葉は終わらない。


「何より先程の鋭い眼つき。巻き込まれた見物客の態であれば、もうちょい恐怖感を滲ませておかんといかんなぁ」


「な、う、……な、んだと……?」


 男は完全に戸惑っていた。彼は経験豊かであったのだが、脳が追いついていかない。


「それで? 儂らをわざわざ待ち伏せた理由は何かね?」


 ハークが訊くが、答えが無い。その反応を、ハークは眼の前の男性が反応に困ってのものだとは思わなかった。


「……ふうむ。だんまりを決め込むのも良いが、我らとてそういつまでも加減を続けていられるものでもないぞ。死人が出ぬ内にというのが身のため、と思うがな」


 ハークがそこまで言い終わるのと時を同じくして、酒場の前の通り、扉を砕かれた出入り口の外から歓声のようなものが聞こえてきた。

 戦闘、とも言えぬ一方的なものだが、モログが大暴れしているに違いない。彼の攻撃方法は、たとえ本人が手加減しているとしても、派手で人目を引くものが多い。


 歓声に誘われたかのようにハークが聞こえてきた方向へと顔を向けた。

 起死回生とばかりに男は腰元の剣を抜こうとする。誘いと知らずに。


「……う!?」


 気づいた時には首元に不思議な青い光を放つ刃を当てられていた。エルフの少年は視線どころか顔すら男の方へと向けてはいなかった。

 ピタリと首の前に止まる切っ先の感触に、身動みじろぎすらできず背中に冷たい汗を感じる頃、ようやく少年の視線だけが男を捉え、言った。


「全滅するまでやる気かね? 儂は、あまり加減は得意な方ではないのだがな」


「解った! 解りましたよ!」


 冷たい闘気まで向けられては、男にはもはやそうと答えるしかなかった。

 望む答えをようやく耳にして、少年は二ッと笑う。

 人好きのする笑顔だった。断じて、剣を携え構え合うこの状況には似つかわしくない。害意どころか邪気すら感じられないものであった。


「では、話し合いといこうかね」


「がうっ」


 呼応した虎丸の声が、男のすぐ隣で上がる。

 男は始まる前から既に王手チェックメイトを眼の前の少年に取られていたことを、今更ながらに痛感した。





 すっかり人だかりに囲まれた酒場の前で、モログはハークの予想通り、派手な大立ち回りを演じていた。


「どうしたどうしたッ! お前たちの根性はその程度かッ⁉ さっきまでの威勢はどこへ行ったッ⁉」


「ぐっ、くそおっ!」


「この野郎ぉー!」


「ふんッ、ぬんッ!」


 正に千切っては投げ千切っては投げ状態であった。男たちは起き上がってはモログに突撃し、そして放り投げられるを延々と繰り返している。

 最早シアとヴィラデルも手を出さず、見物にまわっていた。

 それどころか、あろうことかヴィラデルは呷りにまわってしまっている。


「ホラホラ、しっかりしなさい! こんなんで諦めるなんて、男と名乗れないわヨ!」


「あ~あ~……、武器があんなになっちゃって」


 一方のシアが何故か嘆いているのは、モログが諸肌で相手の武器を全て受けてしまうものだから相手の剣の刃は潰れ、打撃武器の持ち手が歪んでしまっていたからである。

 あれでは、もう本来の能力を発揮できないに違いない。兼業とはいえ武具職人たるシアにとっては、見ているだけで気の毒となってしまうのは仕方がなかった。


 そんな中、初老の男性がただ一人、ふらふらと歩み出してくる。


「え!? ちょっと、おじいさん! 危ないよ!」


「むッ⁉」


 気づいてシアがまず声を上げ、次いでその声にモログが動きを止める。未だに元気を保っている荒くれ者の連中は、頭を掴んで強制的に止めていた。


「ご老体ッ! ここは危険だッ! 皆と下がっているのだッ!」


「えっ⁉ うおっ、町長かよ⁉ 何やってんだ、危ねえぞ!」


 その時、荒くれ者どもに町長と呼ばれた人物が驚くべき行動をとる。道のど真ん中に膝をつき、そのまま両手も大地に降ろして頭をがばりと下げたのだ。所謂、土下座の体勢である。そのまま大声で言った。


「旅のお方々! もうその辺で許してもらえねえでしょうかい!? このクソガキどもが悪いのは重々承知! ですが、どうかもうこれくらいで‥…!」


「え? 何? 何なの?」


 戸惑いの声を上げるヴィラデルだが、彼女の眼前で雪崩を起こすように次々と見物人であった人々が前に出て、町長と呼ばれた初老の男性と同じ体勢を取る。その顔ぶれはそれこそ、老若男女関係なくであった。


「そうだ! もう勘弁してやってくれや!」


「頼むよ! こいつらそんなに悪い奴らじゃあないしさ!」


「作る飯も美味いんだ!」


「そうなんだよ! 顔も態度も悪いけどよ!」


「ついでに言うと、服装もヒドイ!」


「おい! ヒデエのはお前らじゃあねえのか⁉」


 最後はほとんど悪口となっていたところに、未だモログに頭を掴まれていたままの男が抗議する。

 だが、口々に述べられる住民からの温情を求める確かな嘆願は、シアたちをますます戸惑わせるに充分であった。


「ど、どういうことだい、これは?」


「何なのかしらね、一体?」


「事情説明は、彼ら自身にして貰おうか」


 そこへ、荒くれ者どもと同様の格好をした、やや体格の良い男を連れてハークが現れる。


「ハーク……?」


「事情かッ、俺も聞きたいものだなッ! 詳しくッ!」


 未だ戸惑って首を傾げたシアに対し、モログは掴んでいた男たちの頭を、その巨大で万力のごとき掌から解放した。


 ハークが連れて来た男は、崩れ落ちる連中の元に駆け寄り、ハークたちの方向へと向き、そのまま町民たちと同じ体勢となって言った。


「申し訳なかった! 俺たちの負けだ! どうか許してくれ!」


 モログは腕を組んで戦闘意欲を納め、シアとヴィラデルは互いに顔を見合わせた。




   ◇ ◇ ◇




 数少ない無事なテーブルと椅子を並べ直して、酒場の中で荒くれ者どもの頭目から約束通りの事情説明が始まった。


「俺たちは、半年程前から『王女派』に協力することになった民間組織の派遣部隊だ」


「『王女派』、ねぇ……?」


「お頭ぁ、それじゃあいけませんぜ。今じゃ王都は『王女派』が天下取って、『女王派』もしくは『主流派』でさあ」


「おう、そうだったな。……って細けぇこたぁ良いんだよ!」


 部下の的確なツッコミに、体格の良い頭目は上から口液飛ばして反論する。


「……それで?」


「おう! それでよ、俺たちはこちら帝国でモーデル側の要人の援助と保護を目的に活動していたんだ。けどよ、情勢が一気に変わっちまってな」


 ヴィラデルの先程の言葉は、間の抜けたやりとりをする連中への牽制からか、少し強い調子であった。

 にもかかわらず、頭目がわずかにでも気にした様子、もしくは慌てた様子も無いのは、彼の豪胆さゆえか、はたまた生来の無神経さゆえか。


 ハークは豪胆と受け取った。だが、次のハークの言葉で頭目の表情が大きく苦々しいものへと変化する。


「ふむ。その民間組織とやらの名は?」


「むう……。やっぱり聞くのか、どうしても……?」


「当然だ。だが、まぁ、安心せい。大方の察しはついておる」


「え? あ、そうなのか?」


 頭目がいくらか安心するかのように息を吐いた。次いで言う。


「俺たちが所属する民間組織の名は、……アンタらも良く知ってる『四ツ首』さ」


「はぁ⁉ 『四ツ首』!?」


 ヴィラデルが発した驚愕の声が酒場内に響く。それは彼女がかつて所属、いいや、一時期厄介になっていた組織の名であったからだ。




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