431 第26話04:Striking Unit(意訳:強襲部隊)




 扉が開くと同時にひどく軋む音が店内に響いた。

 まるで合図か呼び鈴かの如くである。

 一斉に店主から居合わせた客から視線を受けた。しかし、すぐに四散する。


〈ぬ? やけに人数が多いな〉


 ただ、ハークの眼から見ればやや奇妙な点があった。こんな場末の集落にしては客の数が多い。

 12人もいる。この街唯一の酒場にして食堂であれば、ある程度説明がつくものだが。

 更に、服装や髪型がかなり似通ってもいた。

 ほとんどの連中が肩に棘つき袖なしの上着を羽織っていて、頭の側面が剃りあげられており、反対にそこ以外がまるで鶏冠の如くに逆立っている。


 奇妙な光景で、どうしても眼が行ってしまう。

 ただし、この地方独特の風習や流行りであれば説明できなくもない。丁度、前世にて、月代さかやきを剃る丁髷ちょんまげという風習が、武家以外でも急速に広まり出したこともあった。そういえば、頭頂部を剃りあげる丁髷は、中心部だけを残した彼らの髪型とまるで逆かのようだ。


 店内は広く、最大で30人くらいは楽に食事を行えそうである。ソーディアンやオルレオンの、ギルド併設の酒場を半分くらいにしたような大きさだった。


 そんな中をハークたちは奥へと進み、まず先頭のヴィラデルから椅子に腰掛け、カウンター越しの店主に話しかける。


「ねェ、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど、お答えくださらないかしら?」


 ハークも久方ぶりに聞く彼女の猫なで声に、まだ若い店主は反応する。顔をほんの少し紅潮させつつも困ったように言った。


「……お客さん方、ここは酒場ですぜ。質問なら何か注文してからにしてくださいや」


 モーデルでは質問くらいは無償で答えてくれるのが常なのだが、これが異国ということなのだろう。もっとも、荒くれ者が集まるような不安定な治安の街では往々にしてこういうこともある。

 情報は自身を守る武器であり、ゆえに財産でもあるからだ。


「それもそうね。メニューとかはあるかしら?」


 ヴィラデルも特に抵抗を見せることなく同意を示すと、店主はにこやかに一枚の紙を取り出す。


「こちらです。お客さん方、どうも見たところ旅行者のようだ。ウチは王国金貨も受け付けますぜ」


「アラ、そうなの?」


 何食わぬ顔で言うが、ヴィラデルも内心安堵しているのがハークには解った。


「食事メニューもあるんだねぇ。あ、ワレンシュタイン領の料理があるよ⁉」


 ヴィラデルの手元を覗き込んだシアが思わず声を上げた。

 そういえば朝に出発して以来、何も口にしていない。頃合だとも思ってハークが提案する。


「ふむ、ではここで昼食とするかね」


「賛成だッ。俺も腹が減ったぞッ」


「あたしもだよ。ここで食べていこうよ」


「そーネ、了解。じゃあ4人分をお願いするワ」


「毎度ありぃ」


 注文を受けた店主が後ろを振り返る時、不敵な笑みを浮かべたのがハークからは一瞬見えた。




 結論として、食事は美味かった。端的に言って、中々である。

 だが、問題はその後に起こった。


「ご馳走様。会計をお願い」


「りょーかいしやした! 6人前でしめて王国金貨12枚になりやす!」


 待ってましたとばかりに店主が発言した。とんでもない額の請求を。


「ええ!? 金貨!?」


 かつてハークと出会う前、おおよそ金貨一枚で一年を過ごしていたというシアにとっては到底受け入れられぬ驚くべき値段だ。無論、法外に過ぎる。


「ちょっと! 何かの間違いじゃあない? 金貨だなんて……」


 ヴィラデルもすかさずシアに続く。が、店主は相変わらずの満面の笑みで返答する。


「いえいえ、ちゃんとしたウチの値段っすよ! 払えねえって言うんなら……」


 その時、ハークたちの後ろから10人前後の人間が椅子から一斉に立ち上がった音が聞こえた。

 振り向くと、客と控えていたほぼ全員が立ち上がっている。手には小剣やら棍棒のような鈍器やらが握られていた。


「痛ぇ目見てもらうだけだ! 用心棒ども、かかれ!」


「「「「「おぉう!」」」」」


 普通なら、戸惑い反応が遅れる筈である。

 が、彼らは全く意に介するような、そんな可愛げのある人物たちではなかった。


「ほうッ、何だか良く解らんがこの俺にかかってくるというのならばッ、良い根性だッ」


「食後の腹ごなしだね!」


 まずモログと、愛用の法器合成槌を手に取ったシアが立ち上がる。

 2人の背後に迫ろうとした連中がまとめてモログによって瞬時に投げ飛ばされた。


「うげえ!?」


「ぶがっ!?」


 今の今まで彼らが食事をする振りをしていたテーブルを彼ら自身の身体が粉砕し、そのまま壁に叩きつけられた。

 一瞬で仲間を昏倒させられた先に彼らの視線が集中し、動きが一瞬止まる。


「余所見厳禁だよ!」


 敵意を敏感に感じ取り、すっかり戦闘モードへと移行したシアの武器が振るわれる。その度に防御した武具を砕き、その持ち主を水平に吹き飛ばして、先程の仲間たちと同様の運命を辿らせた。


「ちいっ! 抵抗しやがるか! お前ら、出てきやがれ!」


 一人がそう声を上げると、酒場奥左右のドアが開き、次々と仲間が現れる。計20名近くいる。


「ゾロゾロと、うっとうしいわね!」


 ヴィラデルも大剣を構えつつ、魔法を幾つか発動させた。雷系統の初級魔法であるあたり、他の2人と共に加減はしているようだ。

 モログが拳を固めることなく放り投げることだけに留めていることや、シアがハンマーをわざわざ相手に防御させつつぶち当てていることと全く同様である。


 『雷電の矢エレクロト・アロウ』の光が空間を切り裂く度に、一人また一人と倒れていく。


『虎丸、彼らのレベルはどれくらいだ?』


『28~30って感じッス』


 相変わらず虎丸はハークの質問に対して迅速に答える。


『ほう。結構高いな。さっきの宝石の化物と同等からそれ以上か』


『そうッスね。ステータス数値も割と高い方ッス。複数人でかかれば難無く討伐できると思うッスよ』


『ふむ』


 だが相手が悪すぎる。モーデル王国ナンバーワン冒険者に、それに準じる実力の持ち主たちなのだ。全く良いところ無くやられていく。

 それでも、未だ怯まずにいるのは大したものだ。


「ええい、お前ぇら一斉にかかれぇ!」


 一人の男が叫ぶと残りの、もう10人前後の人間が文字通り一塊となっていく。そして、棘つき上着の肩をこちらに向けて突進を開始した。


「スパイクダーッシュ‼」


 しかし、憐れなるかな、簡単にモログによって全員受け止められる。


「「「「「ゲッ!?」」」」」


「ますます良い根性だッ! 続きは外でやろうッ! ふんッ!」


 モログが相撲稽古よろしく全員まとめて入口のドアめがけて放った。けたたましいドアを砕く音と共に10人前後の男共が外へと叩き出されていた。


 そんな中、ハークは無関係そうに壁際へと逃れていた数人のうちの一人、油断ならぬ眼つきをした、たった今投げ飛ばされた男達とよく似た髪型に服装の男の眼前に立って、言い放つ。


「そろそろ降参する頃合ではなかろうかね?」





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