430 第26話03:Raiding Unit(意訳:殴り込み部隊)②




 街で最も高い場所、酒場の屋上に設置された見張り台に3人の男が集まっていた。


「おっ?」


 その中の一人、安全柵にもたれかかって二つの筒を真ん中で組み合わせたような物体を、北西に向かって延びる街道へと構えながら、その筒の中を覗き込んでいた男が顔を上げる。

 側面の頭髪を刈り上げられており、それ以外中央の髪を伸ばし逆立てた奇妙な髪型が揺れるが、誰も気にも留めない。皆同じ髪型であるからだ。


「お頭ぁ、現れましたぜ。聞いてた通りの連中だ」


「貸せ」


 お頭と呼ばれた男が、見張り役の男から最新式の『ボーエンキョ』をひったくるように奪った。部下であってもさすがに強引過ぎる行為だが、見張り役は何も言わない。そもそもお頭の持ち物だった。

 自らの眼で確認すると、お頭と呼ばれた男はハードモヒカンの頭を揺らして背後に眼を向ける。


「よし、部下共を全員配置につかせとけ」


「ういっ!」


 お頭の背後に控えていた3人目の男は威勢良く返事をすると、即座に見張り台を降りて階下に消えていった。

 彼の姿が見えなくなったタイミングで、残った見張り役が口を開く。


「連中が、もしお頭のお眼鏡に適わなけれりゃあ、どうするんで?」


「どうもしねえ。現場指揮権は俺にある。使えねえヤツのお守りなんぞする気はねえな。ま、いつものように『そんな奴らは来なかった』と伝えるだけだ」


「そうですかい」


 見張りはいつものように返す。

 お頭と呼ばれた男はニヤリと不敵な笑みを見せた。

 そうなのだ、いつもの通りにするだけなのだ。頭の中で反芻すると同時にブルリと彼の身体を震わせたのは武者震いか。

 それともスパイクのついたジャケットが肩までしかなく、太い二の腕から急に吹いた冷たい風によって体温を奪われたからなのか。




   ◇ ◇ ◇




「何て言うか、街ってよりも集落みたいネ」


 宿場町と目される場に到着し、周囲を見回して最初にヴィラデルの口から出たのがこの言葉であった。


 いつもの通り遠慮会釈も忖度無い、感じたままそのままの彼女の言葉である。それだけに聞く者の耳には真っ直ぐ届き、頷けてしまうものがあった。


〈確かにな。規模が小さ過ぎる。住民の数は精々3百程度であろうな〉


 中心部にできるだけまとまって建物が存在しているような感じだ。こじんまりとしているとも言えた。

 規模で言えばあのサイデ村と大差無い。ただし、中央に建物が集中している所為で街全体の広さは半分程しかなかった。

 建物のほとんどは石造りであるようだが、土埃で薄汚れていてどうも寂れた感が否めない。街の中央通りも広いばかりで舗装もされていない。空っ風が砂塵を巻き上げていた。


 不思議な感覚に陥る。時代を逆行しているような、妙な既視感があった。


〈……ああ、そうか。前世の光景に似ておるのだ……〉


 建物の形も構造も違うが、国境近くの荒れた宿場町に漂う退廃感がそっくりだった。

 建物の中や物陰から、来訪者を品定めするように観察してくる複数の視線も。


「何かスッゴイ見られているね」


 シアが居心地悪そうにこぼした。

 一方、モログやヴィラデルはどこ吹く風だ。外見や服装で元々が周囲と逸脱していた彼らにとっては、この程度の視線は慣れたものなのだろう。


「さぁて、ギルドの出張所にでも行って、さっさと換金しちゃわないとね」


 これは本当についさっきヴィラデルが討伐した魔物、ジェイドスコーピオンの素材の事である。

 レベル28であったので中心核は魔晶石だった。これを売るのはまだ解るのだが、ヴィラデルが一切損傷させることなく討伐したため、傷一つない良好な状態で手に入った甲殻や、その甲殻が寄り集まり固まってできた巨大な紫色の美しい宝石にしか視えない部位も、全ての売却を彼女は考えていた。


「ヴィラデル、本当に全部売るのかね?」


 珍しいことにハークが話を蒸し返した。


「ええ、売るわよ?」


 何が問題なの? とでも言うようにヴィラデルは聞き返した。

 ハークが気にしているのは、彼女は結構な宝石好きであると思っていたからだ。

 嘗て共に参加した『凍土国オランストレイシア遠征』を始めとして、彼女は報酬を得る際に、可能ならば現金ではなく宝石という形で受け取っていたのを記憶していた。

 おまけに、今は全員が容量の大きい『魔法袋マジックバッグ』を携帯している。まだまだ充分な空きがあるのだ。


 以上のことをヴィラデルに伝えると、彼女は一旦納得顔をした後、説明を始めた。


「ああ、そりゃあ宝石は嫌いじゃあないけれど、報酬を金貨とかじゃあなくてなるべく宝石でもらっていたのは、それとは別問題ヨ」


「ぬ? そうなのか?」


「ええ、そうよ。ホラ、通貨って国によって違うでしょう? アタシの故郷の方では、地域によっても扱ってる硬貨がバラバラだったりしたのヨ。そうなると一々換金しないといけないのだけれど、大抵は手数料をふんだくられるからね。場合によっては3割なんてトコロもあったくらい。その点、宝石であれば、そんな勿体無いこともならないことが多いワ。モチロン、宝石の価値を正しく知っておく必要もあるけど」


「ほう、そんな意味であったのか」


「まぁね。冒険者だもの、いつ何時所属する国を変えてもいいようにしておくのよ。とは言っても、アタシも随分と長いことモーデル王国から所属を変えていないから、何て言うか、半分は癖みたいなものだけれどネ」


 自嘲気味なヴィラデルの言葉に、ハークは素直に感心する。

 彼女の言葉からは、長期間に渡ってこの世界全体を旅してきた者ならではの、一種含蓄めいたものが感じ取れたからだ。


「そうか、成程な。先の魔物の素材を全て売却するのは、当座の資金と換えるためか」


 ここでシアが話に加わる。


「あれ? でも、帝国はモーデルと同盟を結んだから、王国金貨も普通に使えるって前に聞いたことがあるよ?」


 疑問形だが、珍しくヴィラデルに向かって反論するシアに対し、答えを返したのはモログであった。


「いやッ、帝国のこれまで王国に対する敵対的行為が次々と明らかになりッ、モーデルもいよいよそれに呼応する構えを見せているッ。とッ、なればッ、同盟の破棄も時間の問題ッ。民間の協力体制も崩壊がいつ起こるか、あるいは既に始まってもおかしくはないッ」


 確かにそうだ。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とはよく言ったものである。一度憎むとその人物、更にはその種の人々が着込む服を見ただけで腹立たしく思える。非常に愚かだが、有り得る話だった。


「あー、ナルホド」


「そういうことヨ、シア。さっ、困らないうちにやっちゃいましょ」



 だが、そう上手くはいかなかった。


 街のど真ん中に建てられた冒険者ギルド出張所らしき建物に着いてみると、なんと閉店していたのだ。


「ええぇえ、ウソでしょ……」


 予想外だったのだろう、ヴィラデルが驚き過ぎて愕然としていた。とはいえ、ハークたちもこの状況は予想しておらず、半ば途方に暮れる。


「これ、たまたま休みとかじゃあないよね……?」


「残念だが、そうではなさそうだな」


 入り口は施錠ではなく、簡単に開けられぬように板を打ちつけられていた。わざわざ2枚を互い違いに交差させるようにしてだ。


「これはッ……、やはり西大陸とは違うと言ったところだなッ」


「そうねぇ……。あっちなら、どんな寂れた街でもギルド出張所くらいは絶対にある筈だもの。っていうか、無いと困る事態になる筈なんだけどねェ。……この近くには冒険者はいないっていうの!?」


 不可解な事態に、ヴィラデルは最後八つ当たり気味に大声を出した。


「しかし、これでは処分もできんな」


「しょうがないわね。あの酒場で情報収集でもしましょう。ひょっとしたらどこか別のところが買い取ってくれるかもしれないワ」


 ヴィラデルがその整った指で指し示したのは、閉店した冒険者ギルド出張所の通りを挟んだ真向かいにある、この街で最も高い建物であった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る