429 第26話02:Raiding Unit(意訳:殴り込み部隊)
元々冬のワレンシュタイン領や凍土国で、外出中は毎日ハークが着ていたものである。
暖かい王都からモーデル王国を脱する前は着る必要のなかったもので、ずっと『
「いやはや……、いきなり冬のように寒うなって驚いたよ」
昨日はそうでもなかった。だが、一晩野営してみたら状況が一変していたのだ。空っ風が遮るものの何もない荒野を吹き荒らしており、ハークはあまりの寒さによって目覚めたのである。
「そのコートとかマフラーとか、持ってきておいて良かったわねェ、ハーク」
「まぁな。おかげで何とか大丈夫だ。とはいえ念のため用意したとかではなく、たまたま入れっ放しなだけであったがな。不精もたまには役立つものだ」
「凍土国でワレンシュタイン軍から使わせてもらった防寒用テントを借りてくれば良かったね」
「まったくだ。あの装備があれば楽だな。どこかで購入できれば良いのだが……。まさかここまで寒くなるとは思わなかったよ。ワレンシュタイン領から南東にずっと向かうと聞いておったし、季節も夏に近づいておる筈なのだがな……」
ハークは愚痴を言う己の口が、つんと尖ってきているのに気づいていない。それを見て、シアは少しだけ笑いそうになったが、堪えて返す。
「ホントだよね。あたしも今朝、急に寒くなってビックリしたよ」
「荒地みたいに、まァ砂漠もそうなんだけど、極度に乾燥した土地っていうのは天候や気温の急変が頻繁に起こるワ。それこそ時期や季節関係無くね。真夏に極寒の日とか、今日みたいに。モチロン、その逆も、ね」
「ふうむ、厳しい土地なのだな」
「ええ。自然のままに、っていうのもある意味良いのかも知れないけれど、人間種が住む以上、環境にも少しは手を加えないとね。そうじゃあないと長居はできないワ」
「野放図に放ったらかし過ぎるのもどうかというところか」
「そうね。ワレンシュタイン領は南部に湿地帯があるし、人々がかなり土地の改良を行ったようだから大分改善されてバランスも取れてきているようだったワ。けれど、
「広大過ぎて手が回らないのか、そもそも手を回す気が無いのか……」
まるで無限に広がるかのような荒野と、時たま現れる山火事を呼び起こすという巨木群以外に何もない周囲を見回す。
その巨木とて、デカいのばかりで若木が無い。自種の特性の結果、周囲を乾燥させ過ぎて、もう雷雨が発生していないのではないのだろうか。効率に過ぎれば、そういうことも起こるのかも知れない。
更に、もうずいぶんと長いこと人工物を見ていない気がする。
「この光景を見ていると、後者のような気がするな。ところでモログ、先程の質問なのだが……」
「むッ? 済まぬッ、何のことだったかねッ?」
「あの巨木のことだ。ひゅーぺりおん、とか言ったかな? 何故にモログがそこまで詳しいのかと思うてな」
「ハイペリオンよ、ハーク」
若干間違えたハークにヴィラデルの訂正が入る。
「それだそれ。どうなのかね?」
「うむッ、我が師がかつて、モーデル王国に仕えていた話は憶えておるかねッ」
「勿論だ」
「確か、半年前のワレンシュタイン領でのことだったかしら」
ヴィラデルの言葉にハークも肯く。
思えば、モログが初めてその真なる実力の一部を披露してくれた時でもあった。
「我が師の現役時代、その隠れた功績なのだッ。あまり自身の過去をひけらかすように語る人ではなかったがッ、このことだけは何度か話してくれてなッ。同じような特性を持つ樹木の知識を持っていたらしいッ。確かッ……、ジャイアント・セカイア……? とか言っていたかなッ? 議会に働きかけ、先の樹木の進出を計画的に阻んだのだッ」
「重要な功績だよ! それが無かったら、豊かなソーディアンの森は半分くらい消失していて、今頃、荒地化していてもおかしくないんだよね!?」
「シアの言う通りかも知れん。儂の故郷にも関わってくるであろうな」
「モーデル中部は湿気があるから、ある程度大丈夫だとも思うけど、ソーディアンの森は形が変わっていてもおかしくはなかったでしょうネ。アルトリーリアは霧を年がら年中ばら撒いていたから、影響は少ないと思うけれど」
ヴィラデルの考察にハークは感心する。故郷の霧の森は侵入者を惑わすだけではなく、森全体を守る副次的効果も宿していた訳になる。本当に先の先まで考えられていたようだ。
ここで、虎丸から念話が入る。
『ご主人、複数のヒト族の匂いを捉えたッス。数からして規模はそう大きくはなさそうッスね』
『ほう。だとすると、宿場町か。ようやくだな』
ワレンシュタイン領を超えて帝国領へと入ってからは、一見道なき道と化してはいても街道をそのまま進めば帝都に到達するという。その途上、ちょうど中間地点あたりに帝国側が設置した宿場町があると聞いていた。
つまりは、目的地の道半ばということである。
『ただご主人、街道からやや離れた北なんッスけど、いくつかモンスターの匂いも捉えたッス。割と大物もいるみたいッス。どうするッスか?』
『街道からの距離はどれくらいだ?』
『そうッスね、10キロ程度ってところッスかね』
『少し離れておるな』
『そうッスね』
10キロなど、虎丸であれば目と鼻の先程度なのだが、ハークは下手に街道から離れることを惜しむ。さっさと街に入りたいのだ。
『ふうむ。寒いし、戦うとなれば上着を脱がねばいかんからな……。とりあえず今は街に向かおう』
虎丸の言い方だと相手は弱くはないが、さりとて世間一般に強い程度だとハークは判断する。そうでなければ、かなりの、とか、強敵だとかの言葉を虎丸は選ぶ筈である。
世間一般程度に強いくらいでは、今の面子だと一蹴してしまう可能性があった。体が温まる暇も無いだろう。
『了解ッス。じゃあ、このまま進むッスね』
虎丸は素直に首を縦に振った。
ところが、ハークの思惑通りにはいかなかった。
ハークが全員に警告を発して5分後、モンスターが現れた。
「アラっ、ジェイドスコーピオンじゃない⁉ 懐かしーい!」
「うわっ、派手だねぇー」
ヴィラデルに続いて、シアが感嘆の声を上げる。
ハークからすると巨大な蟹に尻尾がついたような感じで、大きさは10メートルほどもある。それだけでも奇怪にしか思えないのだが、シアの言うように異様な派手さがあった。
身体の各所に宝石が付着しているのだ。甲殻と同じ紫色なのだが、その部分がきらきらと煌びやかに光を反射している。
「懐かしい? ヴィラデル、あの魔物を知っておるのか?」
「ええ。よく知っているワ。故郷の
いつにもまして勢い込むヴィラデル。特に樹木や風景に対して興味のない彼女にとって、ずっと退屈な時間だったということが関係しているのかも知れなかった。三体ほどいるが、誰も脅威にすら感じてもいない。ヴィラデルは尚の事で自信満々だった。
「ふむ、儂は構わんよ。シアやモログも構わないかね?」
「うん! ヴィラデルさんに任せるよ!」
「俺もだッ! 見物させていただこうッ!」
「それじゃあ、有難くいただくわね! 早速行くわよ! 『
一瞬にして巨大な氷が出現する。瞬く間に巨大宝石蠍の氷漬けが完成していた。
そして周囲の気温が急激に下がって、ハークは小さなくしゃみをした。
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