第5幕:帝国編 第26話:Carry on Daylight

428 第26話01:RAID(意訳:殴り込み)




 延々と続く荒地、もう三日と続く道程において誰かがそれを口にするのも当然であったが、最初に口に出して発するのは矢張りヴィラデルである。


「あ~~もう! 見飽きたわ、良い加減!」


 隣のシアがくすりと笑って同意を示す。しかし、モログとハークは違った。


「そうかねッ、ヴィラデル殿ッ。俺は中々に見慣れぬ景色を楽しんでいるのだがねッ」


「……あのね……、どっ、こっ、がっ、よっ!?」


 ヴィラデルが全力でモログに対し喰ってかかるのも解る状況だ。

 ハークたち一行は、結局一日かからずに王都からワレンシュタイン領まで踏破、翌日には帝国領内に侵入していた。

 しかし、景色が基本的にワレンシュタイン領の荒地風景から変わらない。

 もう虎丸たちに激走させる必要も無いので、土地勘を高めるためにも普通の速度で歩いているのだが、変化したといえば段々と街道が整備された石畳から砂利、そしてただの踏み固められた形跡をもつだけのものとなったくらいだった。


 ……というか、下手に走るともうどれが街道でどこがそれ以外かが不明瞭となってしまいそうなのである。

 ハークたちはバアル帝国の詳細な地図は所持していない。そんな状況で街道から離れてしまう訳にはいかなかった。


 街も発見できていない。

 何度か人が住まなくなって久しい、朽ち果てたあばら家を数軒見つけただけだった。

 だが、ハークも気がついていなかったが、わずかな変化は確かにあったのである。


「あちらに見える木々に注目してもらえないかなッ」


「木ィ?」


 胡乱げな眼差しでヴィラデルはモログが指し示した方向を見る。遅れてハークたちもヴィラデルと同様の方向へと瞳を向けた。


「何か、やたら大きい木が集まってるね」


 シアの言う通りであった。非常に背の高く太い幹を持つ、明らかに同種の木々が数本寄り集まり、小さな林を形成しているのが地平線近くに見える。


「妙にデカいわね。高さは150から200メートル近くあるのではないかしら?」


 言われてハークも気がついた。

 この世界は生物だろうが何だろうがとにかく大きい印象があるが、中でも格別である。

 天に真っ直ぐ伸びており、全高の上3分の1くらいまでが見覚えのある葉に覆われていた。


〈葉だけを視ると杉の木に近いようだな。が、杉はあの4分の1の高さが精々だった筈だ〉


 距離はあるが、ハークのエルフ特別製な瞳であれば、細部までつぶさに観察することも容易である。


「あれはハイペリオンだッ」


「聞いたことがない樹木ね」


「当然だッ。西大陸にはハイペリオンは生息していないッ。いやッ、正確にはモーデル王国が侵出を食い止めているのだッ」


「侵出を? どういうことかしら?」


 ハークも興味が湧き、耳を傾ける。もっとも、エルフ特有の良質な聴覚であれば傾ける必要などないのだが。


「ハイペリオンはッ、実は荒地を造り出す木なのだッ」


「えっ? 荒地を、造り出す?」


「うむッ。シア殿ッ、あの木を見て、何か不思議に思うところはないかッ?」


「そうだねぇ。不自然に幹も太過ぎる上に、真っ直ぐ過ぎる気がするよ。あと、あんなに上に伸びる必要あるのか、って思えちまうね」


 ハークもそう思った。とにかく上に上にという執念さえ感じてしまうほどだ。


「良い着眼点だッ。当然、理由があるッ。ハイペリオンはあの高さで山火事を誘発するのだよッ」


「山火事? ……あ~~~~、そっかぁ。自然の雷って確か地上から一番高い場所を狙って落ちてくるんだっけ?」


「狙ってくるワケではないがッ……、他は概ねヴィラデル殿の言う通りだなッ」


「ちょっと待って、山火事だなんて、そんな危険なものを誘発するってのかい!? 植物が⁉」


 シアの顔色が変わる。適度に日に焼けた健康的な彼女の肌でも、青ざめたのが分かった。



 山火事の恐怖を実際に知る人間は少ない。

 温暖で程良く降雨量があり過度に乾燥した期間の少ない日ノ本や、逆に雨が降ることがほとんど無く年中乾燥しっ放しでそもそも森を備えた山も無い砂漠出身のヴィラデルやハークにとっては大げさにも聞こえてしまうが、広大な山と森に囲まれた古都ソーディアン出身のシアにとっては他人事ではなかった。


 山火事は、人間種にとっても貴重な資源の宝庫である森林地帯を焼き払ってしまうだけでなく、時に近くの人里までも炎の中に飲み込んでしまうことがある。

 特に恐ろしいのは風に煽られて火の粉が飛散し、同時多発的に各所で発火炎上してしまうことであり、この場合は延焼速度が早いために魔法を使用しても消火活動は困難を極め、被害が大規模に及んでしまう。気がつくと火と煙に一瞬で囲まれていた、などということもあるほどだ。


 ソーディアンもシアが産まれる前ではあるが、そのような大規模の山火事に見舞われた過去があり、幸い死者こそ出なかったが付近の村が2つほど焼失させられ、一晩中燃え続けて夜空を真っ赤に染めたという。冒険者ギルドの頑張りによって翌日昼頃には鎮火されたが、原因はよりにもよって乾燥した風の強い日に森の中で火魔法を連発した冒険者がいたらしく、シア達の年代は大人から戒めと共にその時の恐怖体験を刷り込まれることが多々あった。



 しかし、ヴィラデルは逆に怖さを知らぬ分冷静であり、すぐに気づいたことがあった。


「アレ? ちょっと待って。自ら山火事誘発するって……、自分も一緒に焼けちゃうんじゃあないの!?」


「あ、そうだよね! ヴィラデルさんの言う通りだよ!」


「そのためのあの幹の太さなのだッ。表面は焼けても中心部は無事で済むらしいッ。しかもその時とばかりに種子をばら撒くようだッ」


「ナニソレ!? 山火事って繁殖のためなの!?」


「うむッ。山火事の際に起こる風に乗って運ばれもするので一石二鳥なのだそうだッ」


「恐ろしい植物ね……。しかも周囲のライバルが消えて子孫は成長に必要な日光を確保できるし、その上、焼け跡の灰が肥料になってくれたりとイイコトずくめじゃない。効率的過ぎるでしょ……。あ、そうか。ある程度の乾燥地帯で山火事なんか起こったら、もう止まらないものね。下手をすれば森林地帯が全焼失、なんてことにも成りかねないわ。と、なると、森林地帯を失ったことで土地の乾燥化が更に進むでしょうね。荒地を造り出すってのはそういうことか……。最悪、砂漠化まで進行しちゃうんじゃあない?」


「ええ!? 砂漠化!?」


「見事な考察だなッ、ヴィラデル殿ッ。実際に帝国領の南部、ここから大分南下した場所は広大な砂漠と化しているらしいッ」


「お褒めに預かり光栄だワ。モログチャンも随分と詳しいのネ」


「ちゃん付けは止めてもらいたいな……ッ」


「あら。じゃあ、そっちもドノなんて付けるのやめて、お互い呼び捨てで話さない?」


「ほうッ、異論は無いなッ」


「あ、じゃあ、あたしもシアでお願いしたいね」


「了解したッ。シアッ、ヴィラデルッ、これで良いかねッ?」


 和やかに頷き合う3人。

 彼らを横目に、ハークは気になった台詞があり、ここでようやく話に加わる。


「それで、モログ、何故にそんなに詳しいのかね?」


 ハークの言葉に反応し、モログは視線を向ける。

 だが、すぐには言葉を発さず、彼はハークをまじまじと見た。


「どうかしたかね?」


「いやッ、ハークは大丈夫かと思ってなッ」


 ハークの全身は、モコモコ防寒具の中に久々包まれていた。

 昨日までは問題無かったのだが、今朝になって急に冷え込んだのである。



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