427 幕間㉕ ハークの置手紙
リィズ、そして新女王アルティナよ。当初の目標達成、そして新女王戴冠おめでとう。
心から祝福させてもらう。お主たちが今まで積みに積み重ねた努力が実ったのだ。胸を張って良い。いや、張るべきだ。
本当は、最後の最後まで儂もお主たちの晴れ姿を拝んでいたかったのだが、リィズ、お主のお父上は優秀過ぎるのでな、出立できる時に出立すべきだと考えた。どうか、許して欲しい。
儂の心配はいらんよ。結局、シアやヴィラデルもついてきてくれるらしい。おまけに虎丸や日毬も当然のように一緒だ。
これだけの戦力があれば、大抵の力技は恐るるに足らぬだろう。
むしろ、儂としては儂自身の行動が、将来のお主たちに迷惑をかけるかも知れんということの方が心配、というより心苦しくある。
だが、儂にはどうしても許せん。
アルティナ、お主の兄アレスを
必ずや、帝国皇帝の横っ面に儂の一太刀を打ちこんでくれよう。
その後にかかるお主たちとお主たちの国への迷惑もあるのだろうが、放置しておけばしておくほどアレスのような哀れな人物がまた新たに増えていき、厄介の元になると儂は予期しておるのだ。あくまでも儂の勘働きではあるのだがな。確証などない。
馬鹿で向こう見ずな友を持った、とでも思うてくれ。
最後になるが、アルティナよ。
これからの日々、お主しかできぬ仕事ゆえに、大変に忙しくはなるであろうが、今の己を見失うことなく突き進め。
その中で、30分でも良い、刀を振るうことを忘れずに続けてくれ。これからお主は守られるべき立場と相成る訳だが、そんなお主が今以上に強くなって悪い道理は無い。漫然とは振るな。
ただし、休息をとることも絶対に忘れてはならん。人間適度に休まぬと思考が歪んでくるからな。疲れ過ぎると普段の己ならばやらかさぬ妙な考え違いを起こすこともある。この辺はリィズの指示に従うと良いだろう。
そしてリィズよ。お主の仕事は見方によってはアルティナより困難なものであるのかも知れぬ。彼女を守りつつ、お主自身も傷を被ることは許されないのだからな。
だが、お主の父を含め、お主の周囲には常に素晴らしき仲間たちがいる。彼らに助力を求めることを常に忘れるな。そしてそれを怠慢などと思うなかれ。頼らざることを怠慢と心得よ。
なあに、心配することはない。儂の教えはいつもお主たちと共にある。刀を振れば蘇ってもくることだろう。そういう意味でも修練を怠らずにな。
この儂も、お主たちのことを忘れることは決してない。
さらばだ友よ。
我が名はハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー。我が父母によると、我が名には『先駆者』という意味が籠められておるらしい。
その名に
◇ ◇ ◇
「以上だ」
新女王と愛娘に対して宛てられた手紙を読み終わり、『
当然ながら姿は見えなくとも、些か残念そうにしているその姿が想像できた。
特に、ワレンシュタイン城中央執務室横にある交換室に集まった3人、ロッシュフォード、ベルサ、フーゲインからすれば、眼を瞑れば瞼の後ろにありありと浮かぶかのようだった。
「短ぇなぁ」
フーゲインが、重苦しい沈黙を破るべく呟いた。
「ああ」
「ハークの中の激情が、伝わってくる気がするぜ。もしくは、余程時間が無かったか、だな」
「ふうむ。状況から考えて、フー坊の説2つが両方とものような気がするのう」
「ベルサの言う通りかも知れねえな。……ったく、俺がやっとこさ休憩室に戻ってみれば、こんな手紙が置いてあるんだからなぁ。参ったぜ」
「殿の心労、お察しいたしますわい」
「親父、申し訳ない。折角の警告をいかせなかった」
ロッシュフォードが無念を滲ませながら、謝罪の言葉を吐く。この親子にしては大変に珍しい事である。逆の立場であれば、よくあることだが。
「気にする必要は無えよ。元々、一縷の望みってヤツに賭けてみただけだ。こちらの方こそ非番の連中を全員駆り出させてしまって悪かった。……一応言っておくが、参加した連中は後で労ってやってくれ」
「ああ、もちろんだ。任せてくれ」
何の話かというと、昨日の午前中、王都を抜け出すようにして出立したハーク一行を、ワレンシュタイン軍の力を使って、何とか止めようとした結果の報告であった。
ハーク一行は手紙でもあった通り、一路東の帝国を目指して進んでいた。
王都レ・ルゾンモーデルから東のバアル帝国へと通じる道程は大きく分けて2つある。
一つは王都より真っ直ぐ、ひたすら東へと進むルート。距離は当然の如く最短だが、このルートを選択する者はほぼ皆無である。理由は単純で、2つ目のルートよりも圧倒的に時間がかかり、かつ過酷で危険だからだ。
このルートは古都ソーディアンを囲む巨大な森を一部通り、山脈を超えて最後は塩湖を渡らなければならない。進路上では多くのモンスターと遭遇することは避けられず、特に山脈と塩湖に生息するモンスターは人里から遠く離れているがゆえに強大であり、時に実力者であっても逃げることも敵わない存在に出くわすという。当然、街道など通ってもいないので、道なき道を突っ切ることにもなる。
一方でもう一つのルートは街道沿いをずっと進み、一度ロズフォッグ領にて北上後、一路東を目指すというもの。
距離は膨らむこととなるが、道の整備は行き届き、モンスターと出くわすこともない。安全だわ結局時間もかからないわで、前述の通りこちらのルートを選択しない者はいない。
そして、このルートは最後、どうしても旧『不和の荒野』であるワレンシュタイン領を通過することになる。
この時を狙って、使える限り全ての戦力を使いハーク一行を止めようとしたワレンシュタイン軍ではあったが、力及ばず通過を許してしまった。
「元々、無理難題もいいところでしたわい。ロッシュ様が気に病む必要はございませぬ」
「しかしな……」
「いや、ベルサの言う通りだ。無理をさせた」
ワレンシュタイン領と一言で言っても広い。そもそも捕捉するだけでも精一杯なのだ。
実際にロッシュフォードは部隊をいくつかに分けて南北に配置、鼻の効く獣人を中心に組ませたところ発見はできたがそこまでだった。精鋭揃いのワレンシュタイン軍といえど、分散した戦力で神速の魔獣を捉える術などない。
大体からして、ハーク一行を戦力的に止めるためには、現在王都にいるランバートやエヴァンジェリンを含めたワレンシュタイン全戦力でなければ不可能な話だった。レベルや実力的に対抗し得るのは、フーゲインたった一人のみでもあったからだ。
「俺が出くわせてれば、何とかできたかも知れねえんだけどよォ」
「フー坊、さすがにお前でも無理じゃろうに」
「いや、タイマン申し込めばハークなら何とか……」
「そんなこと考えておったのか!? 逆に出会わなくて良かったくらいじゃの……」
「フーゲイン、邂逅できた部隊を率いてたのは誰だ?」
「エリオットだ、大将。去り際に大声で、済まん、だの、大将や俺らによろしく伝えてくれ、とか言われたらしいですぜ。ったく……、自分で言えってんだ、あの野郎」
「そうか。とりあえずの収穫はあったな」
「収穫ならばもう一つありますぜ。ハークたちと並走している輩がいたらしい。なんと、あのモログのようです」
「何!? 確かに彼も昨日借りていた宿を引き払ったとの情報を得てはいたが、まさかハークたちと行動を共にしていたとはな」
「意気投合したってトコロですかね。元々ハークとモログは、相性良さそうに視えたからなぁ」
「そうだったな」
「殿。あのモログ殿がハーク殿らについて行くとすれば、如何な敵地とはいえ戦力的には問題など無いと思われます。お嬢や新しい女王陛下にこれをお伝えすれば、少しは安心していただけるのではないでしょうか」
「ベルサの言う通りだな。さっそく伝えるとしよう」
「だが親父、彼らがいくら戦力的に安定していても、何のサポートも受けられない敵地にいるのは変わらない。せめて補給物資くらいは届けられれば良いのだが……」
ロッシュフォードの懸念も当然のものである。
どんなに強かろうとも食事や回復薬は絶対に必要だ。ハークならば充分な量を事前に用意しているであろうとも考えられるが、補給手段が無くてはいずれは尽きる。今回の事を遠征と考えれば、尚の事だった。特に帝国には碌な回復薬が流通していないと聞く。
が、ランバートは息子の懸念を即座に払拭してみせる。
「大丈夫だ。ツテならある」
「「「ツテ?」」」
三者の声が綺麗に重なった。その後に、ランバートの「ま、安くはねえんだがな」という言葉が続くのであった。
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