424 第25話12:FUEL②




 ガバリと大きく頭を下げたレイルウォードに対し、ハークは少し考える仕草をする。


「ふうむ。我らは既にランバート殿のワレンシュタイン軍よりお誘いを受けておるのだが、存じておられるかね?」


 予想された返答であったため、レイルウォードは淀みなく答える。


「はい、存じております。しかし、それによって我が軍の意向を伝えず仕舞いであるのは別問題であるとして、今回申し上げた次第でございます!」


「成程」


 再びハークは考え込む仕草をするが、数秒で顔を上げた。


「我らはヒト族からすれば亜種の民です。古都ソーディアンと同じく、この王都でも、どうしても視線を感じるのだが……」


 これも予測された言葉であったので、即座にレイルウォードは返す。


「3、4年前は王都もこうではなかったのですよ。お恥ずかしい話なのですが、我らの怠慢と力不足ゆえに王都は一時期アレス王子一派の勢力によって、占拠されるに近い状態となってしまいました。そのため、王都はつい最近まで亜人種の方々にとって非常に住みにくい都市と化してしまいました。しかし、我々もこのままで済ますつもりは毛頭ありません。必ず元の姿を取り戻し、更にその先へと発展させ、より革新的な、多くの民と種が住みよい街へと成長させるつもりであります! そのためにもハーキュリース殿やスウェシア殿には王都に近い我が軍に所属していただき、積極的な改善点へのご意見ご要望を頂戴いたしたく存じます」


「ほう、剣しか能の無い無頼なる儂であっても、戦闘以外でこの国の発展に寄与できる道をお探しくださる、ということですか」


 レイルウォードの提案は、実のところハークの心を若干ながら動かした。つまりは先の言葉は嘘偽りのない彼の本心であったが、レイルウォードはそれをハークから視てもやや大げさに否定する。


「何を仰いますか!? 貴殿がランバート殿に語られた懸念がアレス王子を救い、最終的には後々のこの国の未来を救ったのかもしれないのですよ!?」


「ぬ? 懸念?」


 言われてみれば語った気もする。ランバートから現状報告代わりに、「これから先の事も考えるならば、アレス王子の死罪も止む無しか」という相談を受けた際に、「帝国式の制度を使用してまで遮二無二しゃにむにに若者の命を奪おうとする行為に、儂は賛同できんな」と偉そうなことをのたまった憶えがある。


 本音を言えば、まだ前世にて子供の頃、平定の名の元に逆らった武将の子や、急遽跡目を継いだ幼子までもはりつけにされ、あるいは切腹に追い込まれる世の無情と不条理さに、怒りと嫌悪を抱いていただけの話である。


 ただ、それを耳にしたランバートは、一瞬はっとした表情を浮かべていたのが印象的であった。


「貴殿の貴重なお知恵を拝借できるのは、我が軍所属であるのが最も有用だと考えております。それに、我が軍の本拠地は王都ではなく、私の所領、軍都アルヴァルニアです。当然、王都とは比べ物にならないほど、所属の多くに亜人種を抱えております。……憶えていらっしゃるとは思うのですが、貴殿と同郷のエルフも所属してくれています」


「無論憶えていますよ。デメテイル殿ですね」


「ええ。あの時は本当にご迷惑をおかけしました……」


「謝る必要などございませんよ。確かに当初こそ儂も大いに慌てましたが、あの時期に一度故郷へ帰ったことは、儂にとっても良き経験となりましたから」


 ハークはにこやかに答えた。

 何故レイルウォードが謝っているのかと言うと、ハークたちが味方しているアルティナ一派と、敵対するアレス一派との最終局面直前に、一度故郷である森都アルトリーリアへとハークたちが帰郷せねばならない事態に発展した事件が、レイルウォードが軍団長として指揮する王国第三軍所属のエルフ、先ほど話にも名が挙がったデメテイルによって引き起こされたからであった。


 何もこんな時期に、と誰もが阻止に動いてくれたのだが、結局はハークが未成年の家出少年だったこともあり、一度両親のもとに帰させるのが当然という正論に負けることとなる。

 ハークもその当時は大いに焦燥させられたのだが、結果的には自身の原点を思い出す良い機会となった。

 両親からの許可も得たことで全て大っぴらに行動ができるようになり、祖父との関係も築けた。


 時間が無かったということからアルトリーリアから1週間、正味の宿泊期間たった3日で戻って来れたことも大きかった。

 エルフは長寿命ゆえに時間感覚、日数感覚が非常に緩い。特別早く帰る理由が無ければ、森都全体から引き留められる可能性もあった。

 現に、ズースの話では件のデメテイルは未だ森都に留め置かれているらしい。たった3日で去ることになったハークの代わりだということだ。


 と、まぁ、悲喜交々ひきこもごもはあったが、ハークにとっては文句を言う筋合いの無い結果に落ち着いているのである。


「そう言っていただけると心が晴れる気分です。実際、ハーキュリース殿が1週間後に戻ってきてくださるまで針のむしろのようなものでした。ああいや、誰かに責められるとかではありませんよ、自分の心が休まらなかっただけです。しかし、ある意味、血の気が最も失せたのは、全てが終わった日の後のことでしたね」


「全てが終わった日の後?」


 レイルウォードは頷き、茶を一口飲んで喉を湿らせてから再度語る。


「ええ。ハーキュリース殿が見事、クラーケンを退治なされた日です。あの日、もしハーキュリース殿が現場にいらっしゃらなければ、少なくともモログ殿が救援に駆けつける前に何人死んでいたか判りません。大体からしてその前段階に、あそこまで簡単にボバッサを発見、追い詰めることができたワケがありませんよ。となれば、洗脳魔法を使用されるなどで事前に引っ掻き回されていても、何らおかしくはなかったでしょう」


「むう。……それは、確かに、そうでしょうな」


 適確な指摘過ぎてハークは謙遜もできない。先のレイルウォードの言葉に対する否定は、たとえ謙遜であっても事実誤認ともなってしまうからである。自分一人の功績でもないと口を挟むのも話の流れと剥離している。


「以上の事から、私はハーク殿がもし国にお仕えいただけるのであれば我が軍が最適であると確信しているのですよ。中央に近い方が、アルティナ新女王陛下の助けにも大いになることでしょうし、エルフ族の雇用実績もご存知のようにございますから不安は要りません。もしお受けいただけるのならば、私は副将軍という役職を新設しようと考えております」


「副将軍?」


 何故だか、妙に魅力的な単語に感じられた。


「はい。立場は私のすぐ下であり、貴殿が望めば平時での仕事は特に設けることは致しません。この国のためであるという弁さえ立ちますれば、どこで何をやっていても構わないと考えています」


「ど、どこで何をやっていても、ですと?」


「ええ。極端な話、武の研鑽のために諸国漫遊していても構いません。緊急時に戻ってきていただければ。まぁ、ハーキュリース殿の従魔のお力があればそれも簡単でございましょう? 大体からして……、ハーキュリース殿ならば既にお気づきかもしれませんが、貴殿とスウェシア殿がワレンシュタイン領に仕えるとなれば、少々どころではない厄介事となる可能性がございます」


「アルゴス殿に教えてもらいましたよ。……確かに仰る通りでしょうな」


 実にくだらない話である。


 今回、アレス一派を中心とした帝国の謀略に対し、ワレンシュタイン領とその軍、ひいてはランバート=グラン=ワレンシュタインは大活躍した。

 一見、孤立無援状態だったアルティナを娘リィズと共に陰に日向に支援し、彼女の一派立ち上げから政権奪取まで主導してきたのである。


 先王ゼーラトゥースを始めアルゴスなど、最初期から彼女に力を貸した人物は決して少なくはなかったのだが、功績の面で考えれば、直接的な戦力という意味でもワレンシュタイン家、つまりはランバートの割合が大き過ぎ、もはやほとんどとすら言ってもおかしくはない状態、とすら考えられていた。実際には全くそんなことはないのだが、一般人や貴族の中でも、特に今回の事態に深く関わらなかった者の多くには、9割方ランバートとワレンシュタイン家の功績ではないかとも思われていたのだ。


 この、超特大過ぎる功績を挙げたと大多数の人間に思われている、ということが問題だった。そこに事実と実際が別であるというのは重要ではない。

 超特大功績を強い光と仮定するのであれば、光には影がつきものだ。ここで言う影とはつまり妬心。則ち嫉妬の事を指す。


 本当に実にくだらない話だ。

 が、古今東西、他者の嫉妬心を御せぬ者に未来は無い。驕る者久しからず、他人の不幸は蜜の味云々。


 そんなランバートの元に、貴族の誰もが喉から手が出るほどに欲しがる新進気鋭の人材が旧知の仲を理由に所属すれば一体どうなるか、火を見るよりも明らかであろう。抑えていた妬心も、炎と燃え上がるというものだ。




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