423 第25話11:FUEL




 レイルウォードは自身がセッティングした会合の場、エルフ米を使用した料理屋奥の一室に、時間通り現れたエルフの少年を視て、自分が思った以上に実際の彼は身体が小さいと気がついた。

 彼に続いて、ほとんど同時に部屋へと入ってきた白い従魔の身体が逆に大きいだけに、尚一層そう感じられてしまうのかも知れない。


 一方で、黄金色の見目麗しい従魔は、主よりもずっと小さく、手の平大にまで収めた身体で彼の左肩の上に乗っていた。

 遠目から視ても華やかな存在であり、主同様に可憐とも表現できるであろう外見だが、白き従魔同様に恐ろしいほどのレベルと実力と備えた存在であるとレイルウォードは多くの人々よりよく聞かされて知っている。


 ただ、気を抜くとそういった事実が全て頭の中から抜けそうになってしまいそうになるから困ったものだった。彼らの主と全く同じに。

 今も、普段は背に負っているという持ち主の身長よりも長い『オオダチ』を、部屋の中のテーブルや椅子に当てぬよう注意しながらも、自分のすぐ背後に立てかけた後レイルウォードが奨めた席に座り、ペコリと頭を一つ下げる姿はとてもナンバーワン冒険者と現最強の地位を分け合い、下手をすれば既に今の時点でも凌駕しているかもと貴族たちに噂されるほどの強者つわものとは思えなかった。


「本日はお招きに預かり、恐悦に存ずる」


 しかし、声の割に落ち着いた佇まいに古風な物言いは、事前にランバート=グラン=ワレンシュタイン辺境伯から伺った彼の、恐らくの実年齢に合致する。

 エルフは両耳以外、外見上ヒト族と非常に似通った人間種ではあるが、見かけの年齢だけが大きく異なる。


 ヒト族においては15歳にも達していないであろう容姿でありながら、少なくとも絶対にレイルウォードよりも年上である。それどころかダブルの可能性さえもある。

 これを常に念頭に置き、話を進めねばならない。


「いえ、よくぞ応じてくださいました。ハーキュリース殿」


 事情を知らぬ人間からすれば、少々大仰な返しに聞こえるかもしれないが、正直なレイルウォード本人の気持ちであった。


 眼の前のエルフの少年剣士ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーは、もう10日近くなる前のクラーケン討滅直後こそ、こういった貴族からの会合にも一応は何件か応じていた。

 ところが、今ではあまりにも件数が多過ぎた所為か、滞在先を仲間と共に王城外へ移してしまっている。人をやって調べさせた結果では、昼間はごく僅かな時間しか王都内にもいないらしい。相当に煩わしかったと考えられる。


 本来ならば王国第三軍の将軍職たるレイルウォードでも、こうした会合を設けることは難しかったかも知れない。が、いわゆる夜討ち朝駆けで部下が頑張ってくれた結果、とある縁から二つ返事で了承を得ることができた。


 ハークは軽く首を横に振りながら言う。


「いや、配下の方にも伝えましたが、ロンのお父上からのお誘いであれば無下むげにはできませぬ。彼には世話になり申したので」


「ははは、ハーキュリース殿は随分と義理堅い方のようですな」


 全くの偶然ながら、レイルウォードの三男ロンが眼の前の天才剣士とソーディアンの冒険者寄宿学校で同期となったのは、実にありがたい幸運であった。そして、そのハーキュリースが、祖父とは違いヒト族との小さな縁であっても義理堅く行動する気質であったことも幸いした。

 以上の事柄を表したつもりのレイルウォードの言葉であったが、ハークは笑みが漏れそうな、微笑ましげな表情となる。


「どうやらロンは、お父上殿に我らが出会いを、入学式の日の事をお話しておらぬご様子ですな」


「入学式の日の事、ですか? お恥ずかしながら……」


 ハークは先程の柔和な表情のまま手を振る。


「ああいや、悪いことではございませぬ。貴殿にとっては良い話というか、ご子息の功績、そのご報告ですよ」


「ほ、ほう。では、お互い食事を進めながら、お聞かせいただけますかな?」


「承知いたした」


 こうして王国第三軍将軍レイルウォードと新進気鋭の英雄剣士ハークとの会合は、双方和やかな雰囲気で始まった。




 約20分後、段階的に運ばれてくる料理一つ一つに舌鼓を打ちつつも、ハークは自分たちとロンとの出会いエピソードを語り終えた。

 例の、馬鹿貴族バレソン家の倅がハークらに対して執拗なまで絡んできて、そこを冒険者パーティー『松葉簪マツバカンザシ』と共にロンによって救われ、最終的にはソーディアン冒険者ギルド長ジョゼフの介入により事無きを得た事件である。


「そんなことが……。息子からは一言も聞いておりませんでした。まったく、あの恥ずかしがり屋め。姫様もいたのだから立派な功績だというのに……」


「ロンらしいですな。奥ゆかしいではありませぬか」


「ははは……」


 レイルウォードの照れた笑いに続いてハークもひとしきり笑い、会話を再開する。


「もし、あの時ロンが名乗り出て時間稼ぎをおこなってくれなければ、儂は相手側の何名かを斬り殺していたかも知れませぬ。そうなれば儂らは、他の生徒たちより恐怖からの色目をしばらく向けられることとなっていたでしょう」


 レイルウォードは肯く。

 これから狩るか狩られるかの世界に飛び込む冒険者ギルド寄宿学校の生徒たちでも、全員が全員血の気が多いワケではない。むしろ入学前には戦闘未経験者どころか、実際の戦闘を目の当たりにした者すら数少ない。最近は、辺境以外だと入学前に冒険者活動を行った者がいなければ皆無、ということも珍しくないのだそうだ。


 そんな連中相手に、正当な理由があるとはいえ、まだ本格的な授業も始まらぬ入学式の日に殺人の光景を見せることになってしまえば、敬遠から排斥の流れとなるのも無理はない。少なくとも、色眼鏡からしばらくは周囲から浮いた存在となってしまうだろう。


「結果的に前期だけとはいえ、儂らが冒険者ギルド寄宿学校にて楽しく修練に励むことができたのは、ロンのお陰が本当に大きい。この場を借りてお礼申し上げる」


 座りながらではあっても、ぐっ、と深く頭を下げたハークを視て、レイルウォードは事前に照れていたこともあって珍しく慌ててしまう。


「いやいやいや、頭をお上げくださいハーキュリース殿! そんな大したことでは……!」


「もうすぐ女王に即位する人物を含めての事ですよ。大したことです」


「ああそれは確かにそうかもしれませんが……! いや、しかし……!」


「あまり身内を手放しで褒められるのはこそばゆくて苦手ですかな? ヴィラデルが申しておった通り、レイルウォード殿はロンと気質が実に良く似ていらっしゃいますな」


「はは……、いや、もう、ご勘弁ください」


 レイルウォードはもはや力無く笑うしかない。ヴィラデルなる女性とレイルウォードはクラーケン戦で共に戦った仲だ。それで今回の縁を再確認したりなどもあるのだが。


「ふむ、貴殿を困らせる気はなかった。申し訳ない」


 また別の意味で頭を下げられてしまう。

 ハーキュリースの人の良さを感じつつも、少しずつ落ち着いてきたレイルウォードは心の中で、完全に話の流れを持っていかれてしまった事を悟った。


(聞いてはいたが、やはり奥深い人物のようだ)


 話を進める度に、ハーキュリースが一筋縄ではいかない人物だと気づかされてしまう。

 しかし、それと同時にこちらから信頼すれば絶対に応えてくれる人物でもあるとも確信が持てる。

 流れ的にも悪くないと思い、レイルウォードはこの会合の本題に踏み込む決意をして、顔を上げた。


「実は今回、ハーキュリース殿には一つのお願いがあって、この会合を設けさせていただきました」


「お願い?」


「はい。単刀直入に申し上げます。ハーキュリース殿、我が第三軍に加わっていただけませんか!?」





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