425 第25話13:FUEL③




 恐らく、ランバートはこう言うだろう、知ったことではないと。いつものように豪快に笑いながら。


 が、嫉妬というものを舐めてはいけない。

 表立ってランバートに突っかかる者は非常に少ないだろう。今現在の、ハークたちが加わる前からワレンシュタイン領は、単純な戦力も頭脳を使用する戦力も完璧だからだ。はっきり言って、身の程知らずとすら言える。


 しかし、であればこそランバートが一線を退いた直後、噴出するに違いない。嫉妬というものは何年先、何十年先であっても燻り残り続ける。だからこそ恐ろしいものなのだ。


 関ヶ原で西軍の大将が石田三成でなければ勝っていたかも知れない、とは後年よく言われた話である。ハークからすれば、三成がもう少しだけでも若い頃に馬鹿なフリをしておけば、絶対に結果は違っただろうと予測できるくらいだ。


「私からは以上です。ハーキュリース殿、いかがでしょうか」


 ハークは、ふうむ、と再び考え込む。たっぷり10秒近く、ハークは己の考えを吟味してから顔を上げた。


「やはり、申し訳ないが貴殿からの申し出は受けられませぬ。まだ儂らは冒険者から仕官の道を選択した訳でもないが、どうせ仕官の道を選ぶならば、ワレンシュタイン領であると心に決めておりました」


「それはやっぱりランバート殿に対する義理や信頼、といったところですか?」


「そうですな、義理も大きなものです。実際、様々な便宜を図ってもらいましたが、今の儂の主武器である『天青の太刀』作成の際も、ワレンシュタイン家や軍の協力あったればこそでしたからね。それに信頼も大きい。凍土国オランストレイシア遠征で儂らはワレンシュタイン軍と共に戦いましたが、そこで儂も仕官するのならばワレンシュタイン軍と思い定めるに至ることとなりました。昨今の事情によりそれが敵わぬというのであれば、仕官自体を諦めるか、少しほとぼりが冷めるまで待つのも良かろう、と考えております」


「なるほど、ほとぼりが冷めるまで待つ、ですか。確かにそういう手段もありますね。……決意は固いご様子でございますな」


「うむ。最初に無下むげにはと言っておきながら、お断りすることになりご容赦……」


 言葉と共に頭を下げようとするハークを、手を伸ばしながら押し留めるようにしてレイルウォードは遮る。


「いやいや! こちらこそご無理申し上げる形となり、申し訳ありません!」


 渾身の説得も意味を成さず、キッパリと正面から断られたにしてはレイルウォードの様子はあまり変わっていない。事前にこの結果を予期していたからであった。

 彼は続ける。


「ハーク殿が義理堅いお方であることは、お話の最初から解っておりました。そんな方に寄る辺を今更変えろとは、元々無理な願いでございますから、お気になさらないでください。貴殿からの謝罪をいただくことは本意ではありません」


 サバサバしたものである。

 実は、そもそもレイルウォードにとってみれば、ハークと会合を行えただけで今回の目的は大方達成できていた。彼はさらに続けていく。


「ただ、これだけは憶えておいていただきたい。ハーキュリース殿に対して、我が軍は常に門戸を開いている、と。そして、貴殿がもし何者かや、大勢の力を必要とする事態となれば、私や我が軍の存在をどうか思い出していただきたい」


「ありがたきお言葉です。忘れませぬ」


 ハークが答えると、レイルウォードはほんの少しだけ表情を引き締めてつけ加えた。


「それと最後にもう一つなのですが、またこの国に危機が訪れましたならば、また是非とも我々にご助力をお願い申し上げます」


 その様子を視て、ハークは心の中で確信する。


〈ああ、成程。本当にレイルウォード殿が本日儂に対して伝えたかった台詞はこれなのだな〉


 つまりは引き続き協力体制の維持、という訳だ。

 当初からの大きな目標の一つ、アレス一派を排除し、アルティナを新女王として即位させるというのはほぼ達成寸前であり、ハークにやれることはもう無いくらいだ。だからこそ、ハークたちは特に街中にて待機している必要も無く、街の外で修練をほぼ毎日行うことができる。ある意味、時間を持て余しているから、とすら表現することができた。


 がしかし、まだ肝心の相手、全ての元凶たる帝国との戦いが残っている。それをくれぐれも忘れないでくれ、ということなのだろう。

 ハークたちからすれば、言われるまでもないといった感じであるが、冒険者は自由気ままが信条で、一つ所に留まり続けるのも、戦に備え続ける義務も無い。とあるナンバーワン冒険者など、いつ何時どこに消えてもおかしくない印象があるくらいだ。

 戦力として当てにして良いのか、確かめたくもあるのだろう。


 こくりと頷き、了承の意も伝えたハークはレイルウォードに確かな安堵を与えた。

 そして、今度は自身が今日の会合に応じた理由を満たすため、言葉をつむぐ。


「実は、儂からもレイルウォード殿に話、というより聞きたいことがございます」


「ほう、何でしょう? 私がお答えできることであれば、何なりとお聞きください」


「ありがたい。この後、モーデル王国の首脳部としては、帝国に対しどのような対応を行う予定があるのか、お聞かせ願いたい」


「ん? 失礼ながら、ランバート殿からは?」


 レイルウォードはハークたちがランバートと娘のリィズも含めて昵懇じっこんであると聞いていた。であれば、世間話の中ででもハークたちに首脳部の情報が伝わっているものだと感じていたのだ。

 ハークは首を横に振る。


「いや、ランバート殿やリィズも非常に、とにかく忙しそうにしておりましてな、ここのところほとんど会えてもおらぬのですよ」


「そうだったのですか」


 レイルウォードは先日、アルゴスやドナテロ、まだ若手であるロードレッドまで交えた宴席にてランバートと話し、その際にランバート自身からハークと全く同じようなことを聞いていた。

 レイルウォード自身は、ランバートの他の人間に対する牽制や旧知の仲ということを利用した紹介依頼を拒否したい意味があるのだろうと捉えていたが、言葉通りの意味であったということだ。よくよくと考えてみれば、直情径行を地でいくランバートが、そういう政治工作めいた面倒を自ら行うというのは考え辛いことであった。


「分かりました。ただ、もはや我が国の敵国となった帝国の行動、それに対する我々の対応については現時点での私の所見や予想が入ります。よろしいですか?」


「勿論です。よろしくお願いしまする」


「了解いたしました。現在、我々は沈黙を続ける帝国に対し、同盟関係の見直し、あるいは破棄を検討しております。ここまではご存知でしょうか?」


「うむ。そこまでは聞いておりまする」


「帝国に対し、我らがモーデル王国は現時点でも有利な同盟条約を結んでおりますが、この条約をさらに我ら側へ有利とする条約の見直し案を提出するつもりであります。まだ最終的な決定でこそありませんが、まず帝国軍部を一度解体、再編時にこちらの査察と監視のための人員を受け入れるよう要求するつもりであります。また、こちら側の査察と監視の人員を洗脳魔法などの未知なるSKILLの犠牲にするつもりもありませんので、帝国がここ25年間で開発した新技術の提出、詳細説明も同時に要求していきます」


「成程。安全の担保ということですか」


「そういうことになります。更に、これより先の新技術への情報開示義務なども追加していくつもりであります。他にも数々の条約違反に対する賠償金の請求も行います。まぁ、これは既に決定事項で、相手にも伝えておりますが」


「帝国側は、賠償金の支払いに応じるのですか?」


「まだです。『長距離双方向通信法器デンワ』では未だ検討中との答えが返ってくるのみですね。これを含め、正式な使者をいずれ送らねばなりません。使者に何かあったり、こちらからの要求を蹴るのであれば、今回は我らも容赦はしません。戦争となります」


 ハークは半ばの己が望む回答に、しっかりと頷いた。




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