421 第25話09:Influence




 ロードレッドの中で、元々あったエルフの少年英雄に対する興味が急速に大きくなっていく。

 思い切って、彼はランバートに訊ねてみることにした。


「城内で私が耳にした噂では、ランバート様はそのハーキュリース殿、そして彼と共にクラーケン戦でも活躍した冒険者スウェシア殿、双方共に元々からご昵懇の仲であり、しかもお二人をご自領の軍に引き入れるべく、既にスカウトなされているとお聞きしましたが……」


 するとランバートはまたも異国の料理に舌鼓を打つ最中その手を止め、首を横に振る。


「そいつは噂じゃあないな。真実そのままだぜ」


 返答する彼の様子は、ロードレッドにランバートが一切隠す気など皆無であることを悟らせた。ここぞとばかりにロードレッドは質問を重ねる。


「ハーキュリース殿のメインウェポン、あの見事な斬れ味を見せた、美しい蒼色の武器はスウェシア殿が製作されたと聞いております」


「そいつは間違っちゃあいないが、重要な事柄が半分抜けてやがるぜ。ハーク専用のあの大太刀『天青の太刀』は彼女と古都ソーディアンの刀製作者の権威、モンド=トヴァリ氏が協同で完成させたモンだ。ウチもあれの製作には大いにかかわらせてもらったからな。確かさ」


 ロードレッドは眼を剥く。一部情報足らずではあったが、あのクラーケン戦での見事な冒険者としての行動と実力に加えて、少なくとも・・・・・当代随一の武具職人であるのならば、彼女の人的価値はハーキュリースのそれに勝るとも劣らないのでは、と最近になって領地持ち貴族たちの間では騒がれ始めていた。


「信じるに足り過ぎるお言葉なのでしょうが……、些か気持ちが追いつきません」


 ロードレッドを含めた彼らからしてみれば、ここ半年程度でとんでもない英雄が忽然と前触れなく現れたかと思ったら、すぐ近くにその英雄に匹敵する人材が出現していた、といった具合なのである。中々に理解が追いつかないのも無理はなかった。

 思わず、といったふうにロードレッドはランバートに向かって口走る。


「お二人と、どうかお話をさせていただきたい」


「オイオイ、ウチがスカウトに狙っている人材を、俺自身に紹介させようってハラか?」


 忙しい領地持ち貴族が紹介だけで終わる筈などない。必ず人材獲得に動きだすと予期しての、ランバートの言葉である。そんな下心を即座に見透かされて、ロードレッドは若干ながら焦る。


「や、決してそのような……」


「ま、別に構やしねえよ」


「……へ?」


 ロードレッドは本日何度目か分からない驚愕を見せる。


「よ、よろしいのですか?」


「ああ。アイツらの意思はアイツらのモンさ。そいつを縛る気は無えよ。ただ、紹介ってのは勘弁してくれ。俺も、毎日定期的に彼らと会っているワケでもないからな」


「王城内にいらっしゃるのではないのですか?」


 ロードレッドの記憶上では、彼らはアルティナ新女王の客分として、王城内の来賓用宿泊施設の貸与を許されている筈であった。

 答えはロードレッドのほぼ正面に座るレイルウォードが返してくれた。


「彼らは王城内では自由に動き難いとして、城外の宿泊所に拠点を移したよ」


「動き難いですと? 一体何故です?」


 心底不可思議でロードレッドは訊ねる。新しく女王となる人物の恩人、どころかこの国においても決して端に置くことのできぬ英雄たちの動きを、阻害しようとする者がこの国で現れるなど想像しがたいからだ。

 レイルウォードが続けて答える。


「ははは、貴殿のように会談を申し込もうとする人間が後を絶たないせいであろう」


「い!? そ、それは失礼しました……」


 改めて考えてみれば当然な話だった。

 今現在、王都レ・ルゾンモーデル内には役持ち、領地持ちの主要貴族全員が集まっているのである。

 優秀な人材はどこも欲しいものだ。ロードレッドは大事な議会がひと段落つくまでは、とあまり考えないようにしていたが、何よりも、誰よりも先んじて、と考える者も少なくないかもしれない。


 何しろ急に出現した、王国史上に名を残すこと確実というモログに匹敵する英雄なのだ。そのモログ自身は、誰にも仕官する気が無いことを、既に公言している。

 世間の評価では、さすがにまだハーキュリースもスウェシアも単体では彼の実力には及ばない、という見方が大方ではあれど、二人共成長の余地を大きく残している。そうでなくとも、未だ仕官の道を公に否定するでもないこともあり、十二分なまでに魅力的な価値を持つ二者であると言えた。


「私などに謝る必要はないよ。何を隠そう、私もハーキュリース殿に会談を申し込んだ者の一人だからね」


「レイルウォード様もですか!?」


「良く受けてもらえましたな。聞くところによると、彼らは貴族からの会談申し込みをほとんど辞退しているとか」


 感心したように口を挟んだのはドナテロである。


「ありがたいことに、ツテがありましてね」


「ツテ?」


「ええ。ハーキュリース殿が前期まで所属していた、ソーディアンのギルド寄宿学校にウチの三男坊が同期として入学しておりましてな。いやはや、偶然とはいえ幸運な事ですよ。絶対に逆だとは思いますが、息子には大いに世話になったと仰って、明日の昼食をご一緒させていただけることになりました」


「ふふ。彼らしいですな」


「そういう訳で、既に獲得のご意思を表明されておりますランバート殿には悪いのですが……」


 ちらりとレイルウォードはランバートに視線を送るが、彼は苦笑しつつ返答する。


「先程申し上げた通りだよ。彼らの意思は彼ら自身のモンさ。協力はできねえが、好きにやってくれて構わんよ」


「ありがたきお言葉です」


 レイルウォードがランバートに向かい礼としての頭を下げた次の時点で、ロードレッドはほとんど叫びかけて言った。


「レイルウォード様、お願いでございます! どうか、レイルウォード様の後日に私ともお会いしていただけるよう、御計らいをお願い申し上げられないでしょうか!?」


 それは次代の英雄に対する引き抜き合戦に、ロードレッドも参戦を表明したことに他ならなかった。




 レイルウォードにハークを紹介してもらう引き換えの交渉を、ロードレッドが開始するのを横目で見つつ、ドナテロは隣のランバートに話しかける。


「なァ、ランバート殿」


「ん?」


 彼は眼の前で行われている駆け引きにも興味無さそうに食事を摘んでいたが、一度顔を上げてドナテロに向けた。


「もし……だが、貴殿のご長男ロッシュフォード殿を私の養子として迎えることは可能か?」


「何だい、そりゃあ?」


 驚き顔でランバートは自身の口を布で拭う。


「娘がな……、貴殿のご長男を冷静で頭が良く、それでいてお優しい方だと評しておってな」


「メグライア殿が?」


「うむ。貴殿との連絡役に、半年前から何度かワレンシュタイン城にお邪魔させていただいただろう?」


「そういやそうでしたな。ああ、応対したのはロッシュの奴でしたか。しかし彼女は……」


 ドナテロは肯く。


「ああ……、だが、娘から他者の、しかも男の評を聴くなど滅多に無くてなァ。本人はまだ気づいていないかもしれんが、憎からず思っているじゃあないかと見ているんだ」


「言われてみればロッシュもメグライア殿のことを、頭脳明晰で実に気立ての良い方だと言ってやがったな。俺としては全く構わねえぜ。ロッシュの奴はリィズを一生支えると決めてやがるようだが、俺はそれじゃあ勿体ねえと、ずっと考えていたからな。本人同士の意思が合致するのであれば遠慮はいらねえ。貰ってやってくれ」


「ありがたい! 恩に着るよ」


「しかしよォ、彼女に結婚の意思はあるのかい?」


 ドナテロの一人娘メグライアは、半年前のロズフォッグ領で起こった『トゥケイオス防衛戦』の際に、最愛の恋人を失っていた。

 ランバートの言葉は、彼女が亡くなった恋人にみさおを立てて、一生独身のつもりではないのかという確認であった。


「大丈夫だ。我が領の英雄たるデュランが、最後のきわに発してくれた言葉が娘を救い、そして乗り越えさせようとしてくれておる」


「何て言ったんだい?」


「『元気で。そして、幸せに』と言ったらしい」


「強えなあ」


 デュラン、そしてメグライアが、という意味である。

 わざわざ『元気』という言葉と『幸せに』を分けて語ったのは恐らく、『自分のことが忘れられなくとも、女性としての幸せを自ら奪うようなことはしないでくれ』という意思の表れに違いない。


「ああ。どちらも、私の、我が領の自慢だよ」


「分かった。もうドナテロ殿も、俺と仲悪いフリをする必要もねえしな。むしろそういった垣根を全て取り払い、打倒帝国に向けて俺たちモーデルの地方貴族も一丸となるいい機会か」


「私もそう思うよ。無論、本人の意思が第一優先ではあるが」


「異論は無え」


 笑みを交わし合い、ここ半年で仲を急速に深めた友人同士は、チン、とグラスを重ね合う。

 しかし次の瞬間、ドナテロは少しだけ心配そうな表情となり、ランバートに向かって言う。


「ただなァ、話は戻るが彼らのスカウトに関してなのだが……」


 ランバートはまたも苦笑を見せた。


「はは、アルゴス殿にも言われたよ」


 ドナテロはレイルウォードとロードレッドの交渉事を、最終的に取りまとめつつあるアルゴスにちらりと視線を向けた。


「なれば私がとやかく言う必要などないかもしれないが、嫉妬というものの力をあまり侮ってはなりませんぞ?」


「ご助言感謝する」


 そう言ってランバートはグラスを口元で呷り、中にあった琥珀色の液体を一息に飲み干した。




   ◇ ◇ ◇



 翌日の早朝。いや、ほぼ未明。まだ日も昇り切らぬ薄明かりの中、特別に街を囲む城壁門が押し上げられる。


 内部より出てきたのは貴人の着る高価そうな服に身を包んでありながら、手には枷をはめられた青年と、彼を取り囲むように配置された10人ほどの屈強な兵士。


 アレサンドロ第一王子、通称アレス王子を護送する一行であった。

 先日、流罪が決定し、流刑地までの旅路が開始される日はなるべく早い方が良いと決まり、本日となったのである。


 アレス王子に対する負の感情を持つ者は、現在の王都に数多くいる。いや、今は王都にいるほとんど全ての人間が、彼に対する悪感情を抱いている、とも言った方がいい。


 中には義憤にかられ、処罰とつまらない未来を覚悟の上で直接的な手段に訴える者もいるかも知れない。

 王都にアレス王子の身柄があり続ければ、その危険性は余計に増す。朝日も昇り切らぬ早朝を出発としたのも、こうしたことへの配慮であった。


 にもかかわらず、彼ら一行が進むべき古都ソーディアンへと向かう街道の先に、一人の少年の影と、そのすぐ横に佇むやや大きな、明らかに人間種以外の影が立ちはだかるかのように現れ出でた。


「何者か!?」


 10人の内4名が、配置を外れて前面に移動し槍を構える。

 しかしそれを視て、アレス王子が落ち着いた声で語った。


「大事無い。俺の知り合いが、わざわざお別れを言いに来てくれただけのようだ」


 護送部隊を率いることになった王国第三軍の部隊長は、その言葉で尚の事警戒心を高めた。が、ゆったりと近寄ってきた二つの影がようやくと誰のものか解る距離に達して、声も無くあんぐりと口を開けることになった。


 現れたのは、新進気鋭たる英雄にして今現在最も王都レ・ルゾンモーデル内での話題に上るであろう人物、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーと、その従魔虎丸であったからだ。




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