420 第25話08:祝杯②




 ロードレッドの言葉に、最も高齢なだけに一気飲み後の一息を、5人の中で一番最後に吐き終わったドナテロが眼だけを向ける。

 先程、痛烈にやり込められた相手だけに、ロードレッドはそれだけで少しだけ怯む様子を見せた。そんな様子を視て、ドナテロは陽気に笑ってみせる。


「ははは。私が誘ったのだ。そう遠慮する必要も無いよ。それよりさっきは言い過ぎたな。小僧だなどと、失言であった」


 身体をくるりと向けて、彼は頭を下げる。突然のドナテロの行動に、ロードレッドは即座に反応できずにいた。そこへ、彼の左隣の椅子に座る人物も話に加わった。アルゴスである。


「言い過ぎといえば私もです。ロードレッド殿、先程は大変失礼をいたしました」


 そしてアルゴスもドナテロと同じく、身体を向けてから折り目正しく上半身を折りたたむ。

 尊敬する人物二人に続けて頭を下げられ、ロードレッドは慌てて手を振り返答した。


「そんな! 謝罪の必要などありません! 私もここにきてようやく頭が冷えてまいりました。アルティナ様のご治世、その第一歩をいきなり、ご同族の血で汚す訳にはいきませんよね」


「……それもあるがな……」


 ぼそりと発したのはランバート=グラン=ワレンシュタインである。既に料理に手をつけていたが、その手も止めている。


「俺たちが最も危惧したのは、『連座制』を行使した例を作っちまう事に対してなんだ。どうしても、それだけは止めたくてな」


 ロードレッドは思わず他の参加者の顔色をうかがう。

 この行動は発言者であるランバートの政治的手腕を疑ってのことというよりは、彼が中央の政治にごく最近まで全く関わっていなかったがためにその実力を掴みかねての確認という意味があったが、結果は同じである。それでもアルゴスやドナテロは首を縦に振り、ランバートは気にするでもなくそのまま続けた。


「『連座制』ってぇのはな、今回のケースよりもむしろ権力者側の方が有効に使えるんだ」


「そうなのですか?」


「ああ、それこそ有利過ぎてムチャクチャできるくらいにな。俺も今回の事で調べ直したから、ロードレッド殿がピンとこなくても無理はねえ」


 そこまで話したところでランバートは食事に戻ってしまう。あとほんの少しでも解説の続きを聞いておきたかったロードレッドは助けを求めるかのように視線を彷徨わせた。その姿を視てアルゴスが口を開く。


「私程度の立場の者でも、そうですね、2~3週間あれば権力を集約させた上で掌握が可能でしょう。一カ月あれば、正規の手段では誰も対抗し得なくなります」


「そうなると、もはや血であがなう以外の手段がなくなるな」


 ランバートの相伴を務めるように食事を始めたレイルウォードが補足で言い放った言葉が、ロードレッドを青ざめさせる。

 それはつまり力で、暴力でしか対抗手段が無いということを表していた。ギリギリで内乱を回避した今回の状況をも超えることになる。あくまでも単純比較する話ではあるが、アレサンドロ王子でも帝国の裏からの支援があったにもかかわらず準備期間に少なくとも数年は費やしていた。


「まさかそんな……」


 いくらなんでも信じられないと続けたかったが、レイルウォードがトドメの言葉を吐く。


「フッ。だが、アルゴス殿は謙遜されておるな。貴殿の手腕ならば、2週間もあれば充分ではありませぬか?」


「どうでしょうな。ここにいる皆様が全員消えていなくなれば可能かも知れませぬが」


 物騒な冗談の言い合いが尚の事、先のアルゴスの仮定がロードレッドを除いたこの場全員の間での共通認識なのだと悟らせる。

 あんぐりと口を開けたいほどだった。いや、実際にロードレッドの表情はそれに近づきかけていた。


「まぁ、アルゴス殿ほどの傑物はこの国でも滅多にゃあ出てこねえとは思うが、要は『頭のつくりだけが良い馬鹿』がちょいと出てきたくらいで簡単に国が乱れちまうような制度ってワケだ。そりゃあ国なんぞ短命に終わるわな」


 話を総括するランバートの言葉だが、『頭のつくりだけが良い馬鹿』とは言い得て妙で面白いと思えてきてしまう。とはいえ、その後に続く話は笑い話には到底なりそうもない。


 よくよくと考えてみれば確かに『連座制』とは非常に恐ろしいものなのかもしれない。自分に対して逆らいそうな人物の部下が引き起こした些細なミスや不正、無ければでっち上げて並べ上げ、それで一人一人の罷免を行っていくだけで、やがては自分に反対意見を述べるものさえ皆無となるだろう。


 大体からしてランバートの指摘通り、実際に『連座制』を使用していると思われる国や地域は、政権や王朝が変わる度に血で血を洗う内紛が発生している印象があった。特に東側諸国が顕著だ。


 ただ、そうならそうと今の説明を先の議会でも話せば良かったのではないか、との疑問も浮かんだ。当然に、そちらの方が皆すぐに納得ができ、円滑な進行とも相成ったに違いない。

 しかし、若輩ではないロードレッドはここではたと自分の考えを止めた。


(そうか。出来得る限り、議事録にも残したくはなかったのか)


 先程の会話内容が形として残ってしまえば、それこそ未来の『頭のつくりだけが良い馬鹿』への贈り物となってしまいかねないだろう。

 愚行の極みだ。だからこそアルゴスやドナテロらは、あのような一種回りくどい手段を貫いたのである。


 心中感服しつつもゴクリと唾を飲みこんだ後、ロードレッドは喘ぐように声を出した。


「自分の認識不足、いいや、無知を恥じる思いです」


 そんな彼の肩をポンと叩き、ドナテロが言う。


「そこまでのことはないよ。私も君と同じだ。痛い目を見て気づいただけさ。いや、あの場では小僧などと言ったが、倍ほどに歳が離れていることを考えると恥じ入らなくてはならないのは実際、私の方だな」


「そんな……、何を仰られますか、ドナテロ様」


「いや、本当のことだよ。それに、貴殿が議場で語った王子に対する危険性の指摘も、決して的外れなモノではないしな」


「『第一王子は生きるだけで脅威』というヤツでしょうか?」


 ドナテロは先とは別の、澄んだ琥珀色の酒で口を湿らすと、ゆっくりと肯いた。


「うむ。無論、あの場で私が語ったことには一片の嘘偽りは無い。あの場で語った気概を、私を含め多くの役持ち土地持ちの貴族たちが当初から備えておれば、今回の事態は最初から起きなかったかもしれんのだからな」


「仰る通りですね……」


「とはいえ、貴殿らの主張した『王子が潜在的に備える脅威』にもまた理はあった。ただし、その主張の中には多量の毒が含まれてもいたのだ。隠れてはいても、致死量のな。最終的には貴殿らの主張と我らの主張、どちらに含まれる毒がより少量で、しかも御しやすいかで選んだようなものさ。それに、ランバート殿が最初に促してくれなくては、我らとて今の結論に至っていたかどうかも分からん」


「そうなのですか!?」


 ロードレッドはまるで少年の様な眼差しで、尊敬の視線を遠慮なくランバートに向ける。

 だがランバートは恥ずかしそうに手を振るだけだ。


「あ~~~、ロードレッド殿。ンなふうに俺を見んでくれ。俺とて当初は、第一王子の死罪も止む無しと思っていたクチだ。ハークが難色を示すもんだから、しっかりと調べてから結論を出さねえといかんなと、そう思っただけさ」


 となると最初の最初、モーデル王国が間違った未来への舵取りを行わなくて済んだ恩人は、たった今ランバートが語った人物だということになる。だが、ロードレッドはハークという人物名に心当たりが無かった。


「ハーク、殿ですか!? 一体、何者でございましょう!?」


 答えを出してくれたのは、今度はアルゴスであった。


「ロードレッド殿はご存知ありませんでしたか。今回の件でアルティナ殿下の護衛役をずっと務めていただき、最終的には解決にまで導いてくださったハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー殿の愛称にございますよ」


 ロードレッドは眼を丸くする。

 当然その名には憶えがあった。一週間前の大活躍も含めると、今回の件全体においてもランバートを差し置いて功労者随一ではないかと、貴族たちの間でもっぱらの噂となっている人物の名であった。


「英雄としての実力を持ちながらも、該博がいはくな知識の持ち主でもあるのですか!」


「あの方はエルフの民です。年若い、……少年と言ってもいい見た目ではありますが、ここにいる誰よりも年齢を重ねていらっしゃいますから不思議ではないのかもしれません」


 確かにそうだった。アルゴスの言う通りで、ロードレッドが独自に集めた情報でも、王国の筆頭魔導師ズースの実の孫であると判明していたのだから。




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