419 第25話07:祝杯




 名指しされたドナテロは、会場の盛り上がった雰囲気とは裏腹に、ゆったりと、若干迷惑そうに立ち上がる。


「やれやれ、本当は最後まで黙しているつもりであったが……、ご指名を受けたので、敢えてこの場で語らせていただこう」


 一転、どこもかしこもガヤガヤとしていた場は一瞬にして静まり返る。ゴクリと唾を飲みこむ音すら聞こえてくるほどだった。

 会場全体、その多くが待ち望む発言を期待している中、一度言葉を切ったドナテロは再び口を開いた。


「まず結論から話をさせていただく! 私は、私と我がロズフォッグ領は、アレサンドロ王子に死罪を、求めることはしない!」


 一気に再び、場内は喧騒の中へと返された。具体的には死罪を、の次の辺りで。

 騒ぎの元となる多くの人々にとっての予想外な展開がボルテージを倍にまで押し上げ、その勢いに負けぬようドナテロは腹の底から声を張る。


「無論、王子自身の罪を一切問わぬということではない! ただその罪は、『王位継承権の永久剥奪、及び流刑』までが相応しいと考えておる! ゆえに前回も同案に投票済みだ! そして今回も心変わりなどは無い! この場で我が票の決定も行わせてもらっても一向に構わん!」


 会場の至る所から、「何故です!?」だの「どうしてですか!?」などという声が次々と上がった。その一人一人をドナテロは見回し、フンッと鼻で笑ってみせる。


「何故だと? どうしてだと? まったく……、いつから栄光ある我がモーデル王国の領地持ち貴族たちはそこまで腑抜けになってしまったのだ! これも、長きに渡って続いた平和の所為であるのかの……! のう、ランバート殿!!」


 ドナテロが一際な大声でランバートの名を呼ぶ。

 横目で視線を送られたランバートは、頬杖をやめて両腕を組み、そして神妙に肯いた。

 ちなみに多くの貴族たちにとって、ドナテロとランバートは政敵同士だと思われている。ロードレッドはもう声も出ない状態だった。


 そのロードレッドに向かって、改めてドナテロは言う。


「何故罵られているか、判らんか小僧!」


「……う、は……はい……」


 ドナテロは確かにロードレッドとは、実際の親と子以上に年齢が離れてはいるものの、少なくとも国の行く末を左右する議会の場では適切な発言ではない。

 それでもロードレッドは反論もせず、罵倒の理由を求める。ロードレッドの所領はロズフォッグ領と近く、そのため、ロードレッドはドナテロに世話になったことがあり、尊敬もしているからであった。


 戸惑うロードレッドの姿を見ながら、ドナテロは少しだけ雰囲気を変える。出来の悪い生徒を見守る師のように。柔らかい感じへと。

 ここで再び、会場内は静寂に包まれた。


「ふむ、仕方がないか。私とて、痛い目を見てから、の気づきだからな……。先程、ロードレッド殿、貴殿はアルゴス閣下に反論を行った最初の際に、『王子は両国の特別な血を引いているがゆえに、生きているだけで将来的な脅威となる可能性がある』などというようなことを申しておったな?」


「は、はい……。仰る通りです。……何か間違いがございましたでしょうか?」


「さもしいのう」


「さ……さも……?」


「さもしい、と言ったのだよ。貴殿も、まだ若き領主の方々も、今から私が言うことを良く聞くがいい」


 静寂の中、ドナテロはすぅ~~~っと息を吸うと再び語り始める。歳に似合わぬ大声量でだ。


「本当の脅威というのはな、誰も予想できぬ、思いもよらぬところから不意に訪れるものなのだよ! 生まれた頃より、もしくは生きてきた時間のほぼ大半が平和であった君らにとって、この世界はそんなに安全に感じられるのかね!? だとしたらそれは、我らが先人、我らが祖先が正に純粋なる意味で身を削り、達成し続けてきた結果に他ならん! この世界においての危機や脅威は、同族あるいは同系統族によるものだけではないのだぞ!? 我らの祖先は、そんな何時如何なる時に、何が訪れるかもわからぬほどの危機に備え、耐え、脅威に立ち向かえるべく常に研鑽し、育んできた。そう! 辺境領ワレンシュタインのように! 『治に居て乱を忘れず』とはそういうことだ! 解るかね諸君!? 生きていられるだけで脅威!? 眼に見え、感じられる脅威など、本当の脅威とは言わんのだ!」


 がーん、と、会場全体が揺れたように感じられた。特にロードレッドには、そうとしか感じられなかった。


さかしい君らは、将来に対する危険性を今の内にんでさえおけば、後世の歴史家に良い評価を受けるであろう、功績に残るであろうと考えるのであろうが……。……ん? 何かね? そうは思っていなかったと言いたいのかね? 本当にそんなさもしい考えを、一片たりとも抱いていなかったと本当に言えるのかね?」


 思わず小さな声で否定の言葉を吐いてしまったロードレッドとは別の年若い貴族に向かって、地獄耳なドナテロはそう言って問い詰める。哀れ、その年若い貴族の青年は、怯えるように首を横に振って下を向いてしまった。


「脅威が残る? 解っているのならば備えれば良いだけだ。そして王子、もしくはその血に連なる者により、次また同じ脅威を引き起こされるなら今度こそ己が手で解決してみせようと、その気概がなぜ持てぬ!? それでも君らはモーデルの貴族か! 祖先に恥ずかしいとは思わんのか!?」


 ここまで言われて、さすがに反応を示さぬ者はこの場にはいなかった。皆顔を上げて、挑むようにドナテロを見て、彼が再度見回すようにしても視線を外したりはしない。


「ふむ。皆、良い表情だ。それでこそだよ。それでこそ、我らが栄えあるモーデル王国を支えてきた貴族たる顔だ。その顔ができるならばもう安心かとも思えるが……、最後に一つだけ、私から伝えておかなければならぬ小言がある。諸君の中には、まだ王子個人に対して、所領を荒らされた意趣返しを直接行わねば気が済まぬ、と思うところもあるだろう。だがな、それは方向が・・・違う。本来はどちら・・・へと向けるのが正しいのか、判るかね?」


 さすがにまずロードレッドが、あッとなった。次いで、幾人もの若者が次々と同等のリアクションをとる。


「気がついたようだね。ロードレッド君、言ってみなさいッ!」


「はいッ! 我らが意趣返しを向ける先、我らの怒りの矛先ッ! それは帝国ッ!! バアル帝国に他なりませんッ!」


 遅ればせながら、ここでようやくドナテロの言わんとすることに追いつく者もいるにはいた。だが、多くの、特に年若い者たちは握り拳を突き上げ、あるいはその勢いのまま立ち上がる。


 そんな彼らを見てドナテロは拍手として手を叩きつつ、吼えるように言った。


「そうだ! その通りだ! 諸君が借りを返すべき相手、怒りをぶつける相手! そして我が領を守るためその命を散らしていった勇士たち、何より我が娘婿の仇!! それは断じて、あんな20歳ハタチそこそこの小僧っ子などではない! あんなものは尖兵! 末端にも過ぎぬ! 我らが真に戦うべき相手、叩き潰さねばならない相手は帝国だ!!」


 ここで会議は本日一番の盛り上がりを見せる。ほぼ全ての人が立ち上がり、片手、あるいは両手を突き上げていた。


「諸君! 我らが今ここで本来話し合わねばならないのは、あんな鼻垂れ小僧の顛末などではない! 裏ではいつか滅ぼしてやろうと爪と牙を研ぎつつも、表では仲良くしましょうなどと言葉巧みに我が国をたばかってきた帝国に対し、どう落とし前をつけさせるか決めるべきなのだ!」


 ドナテロの声に続き、怒号のような賛同の声が幾つも続いた。やや乱暴な手段ではあったが、この日、ようやくモーデル王国はバアル帝国を敵として認識したのである。


 一方、第一王子アレサンドロへの再投票も、その後無事に行われ、結局彼の最終処遇は、『王位継承権剥奪の上、20年の謹慎』が15票と変わらず、『王位継承権剥奪後の流罪』が175票で過半数を突破、『死罪』と白票が同数の25票ずつで、二番目の『王位継承権剝奪後の流罪』に決定する運びとなった。




   ◇ ◇ ◇




 同日。既に傾き西の空へと太陽が沈もうと赤く染まり始めた頃、いつかの異国料理店の一室に、円卓を囲む5人の男性の姿があった。

 いつかの異国料理店とは、去りし日、既に半年以上前だがレイルウォードとアルゴスが、かの巨大裏組織『四ツ首』を統括する老人、『イデウラ』と初めて会談した場所である。


 そして5人とは、その時のレイルウォードとアルゴスに加え、ランバート、ドナテロ、そして何故かロードレッドの姿もあった。


 彼らは、戸惑う約一名が周りに倣うに任せたままに、透明なジョッキグラスに注がれた小麦色の良く冷えた酒を掲げる。


「「「「乾杯」」」」


 何に対して、なのかも語らぬままに、彼らは空中でそれらを軽く小突き合わせてから口元に運んだ。

 喉を潤わせる音が五つ響き、最初にランバートが、空になったグラスの底をテーブルに打ちつけて、ぷはーっと息継ぎをする。

 遅れて他の四人も続くと、遠慮がちにロードレッドが口を開いた。


「あの……、良いのですか? 本当に私などが参加させていただいても……」




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