418 第25話06:The Unforgiven⑥




 会場は再びどよめきが支配する。今度はその範疇に収まらず、喧騒にまで達する様相であった。


 アルゴスの言葉を聞いた会場の面々の反応は様々ではあれど、大きく三つに分かれている。


 表情をあまり変えぬ者、苦々しげな表情を浮かべた者は、いわゆる事情通、もしくは事前に何かしらの相談を受けた者である。アルティナは前者の表情で、内心溜息をついており、リィズとランバートは後者であった。


 数こそ少ないが二つ目のグループは、極力抑えつつもどこか不敵に笑みを浮かべた者たちだ。ほくそ笑む、と言ってもいいだろう。

 彼らの頭の中に浮かぶ考えは、等しく重要な席の一つが臨時に空くかもしれないぞ、という期待感である。

 彼らの多くは若く未熟だ。だからこそ、長きにわたり価値観と倫理観の全く違う異国の海千山千と渡り合い、この国の安全と利益を維持し続けてきたアルゴスに取って代われる、となどと本気で考えられてしまう。


「何を申されます!? あなたが宰相役を辞退など、この国の損失以外、何事でございましょうや!」


 幸いにして必然にも、質問者であるロードレッドは最後のグループ、驚愕を我慢しきれずに表に現わす集団に属していた。

 知恵者、さらに良識者のグループである。名を上げるチャンスが配布されることよりも、むしろ名を落とすことを危惧し、加えて全体の利益を考慮できる者たちであった。

 もはやその代弁者、代表者となったロードレッド卿は泡を喰ったように言葉を続けた。


「お考え直しください! いや、何故にそこまでアレサンドロ王子にこだわられるのです!?」


「こだわるのも当然です。彼は我が国と帝国との抗争による一番の犠牲者なのですから」


 言いたいことは解る。そもそもがアレサンドロ第一王子は王族の中でも唯一、両国頂点の血を受け継いだ人物だ。そういう意味では犠牲者であり、被害者でもあったが、彼を加害者側ではなく被害者側に置くには一つの大きな論理の破綻があった。


「それは、彼が自ら選び進んだ道です! 違いますか!?」


 ロードレッドはその点を正確に突く。

 アルゴスは当然とばかりに肯いた。


「仰る通りです。ロードレッド卿のご見解に、何一つ間違いなどございません」


「でしたら……!?」


「ただ、それは我々から見た構図です。殿下からしてみれば、選ばされた・・・・・、あるいは選ばざるを・・・・・得なかった道であると表現できるでしょう。考えてもみていただきたい。その血の特殊性ゆえに生まれた頃より周囲に覇者となることを望まれて育ち、さりとて我が国では確約された立場もないままに、帝国へと両国の懸け橋となるため留学、そこで帝国の洗脳を受けることになりました」


 確かにそう聞けば、彼に同情できる余地もあるかもしれない。ただし、あまりに第一王子の主観に過ぎる。


「しかし、その後の彼の行動はあまりに眼に余るものであったでしょう! 我が国の英雄ランバート辺境伯、そのご子息も彼の被害者です。最後には接近禁止命令まで出したではありませんか!」


 多くの視線がランバートと、そしてその娘のリィズに別れて集まる。ランバートは先と違い、今度は自分の名前が出ることを予期していたのか微動だにもせず、つまらなそうに頬杖をついたままだ。一方のリィズは少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。


 対して、アルゴスはまたも粛々と肯いた。


「またもロードレッド卿の仰る通りです。彼だけが、ロッシュフォード殿だけが、最後までアレサンドロ殿下を見捨てなかった。ですが、本来、王とその家族を支える筈の臣下である我々は違いました。早々に見切りをつけたのです」


「それは詭弁というものでは? 当時の王子も既に15歳です。いくら帝国で洗脳に近い教育にさらされたとはいえ、善悪の判断くらい自身で行える歳でしょう!?」


 ここで、アルゴスは敢えて大きくかぶりを振った。


「違います。王子が帝国に留学したのはわずか10歳の頃です。余程利発な方でも、完全な分別など身につけようがありません。本当ならばあらゆる手段を使って、それこそ帝国あいてが親衛隊という直接的な力を使うのならばワレンシュタイン軍にでも協力を要請して排除し、知識と思想の矯正を行うべきであった筈なのです! ならば何故、それをしなかったのか!? 10歳から15歳までの5年の長きに渡って形成されてしまった人格の矯正など、最早不可能と行う前から断じてしまったのか!? 中央としての矜持を捨てきれず、協力の要請を拒んだのか!? ……後者は残念ながら私の立場では否定し切れませんが、真相は別にあります。我らは当時同盟関係にあった帝国との関係性を重視し、第一王子を救うことなくあのままでいいと放置を決めたのです!」


 ここで大きく表情を変えた人々がいた。アルゴスと同じく前政権に深くかかわった人物たちである。

 だが、彼らにも言い分がある。


「それは、当時の国際情勢と我が国の利害を鑑みて、仕方なきご判断ではありませんか!」


 そうなのである。決して間違ってはいない筈だった。だが、それでもアルゴスは首を横に振る。


「あくまでもそれは我々の方向からの見解。……言ってみれば、言い訳にも近いものです。逆にアレサンドロ殿下の側からの視点で申してみれば、我らは国王の大切なご長男の将来に、国の安寧と偽りの平和を天秤にかけて後者を取ることを選んだようなものです」


 先に表情を変えたばかりの人々の顔が、その言葉を聞いて、まるで苦痛に歪むように更に変化した。

 そして、鉄面皮で知られるアルゴスの顔も、同様に歪んだと相対するロードレッドには視えてしまう。


「だからこそ、最初に『責任』と申されたのですか……?」


 あくまでもロードレッドの視点ではあるが、アルゴスは血を吐くかのように吐露した。


「はい。私は当時、以上の事に気づいていながらも、敢えて無視することで強行をいたしました。……難しいものです。一つの視点では絶対に正解だと思えるものが、他の、逆の視点に立ってみれば全くの不正解に転じます。皆様とて同じではありませんか? 領内の整備にお心を費やしておれば、貴族のお役目と矜持は満たせるものとお思いではないでしょうか」


 この言葉は、強烈かつ挑戦的な意味が籠められていた。さとい者たち、室内居る実に半分近くの者たちが反応を示す。

 彼らの耳にはアルゴスの言葉が、『国のこと、王族のこと、国外のことと、全ては中央に任せっきりにしておきながら、帝国というのっぴきならぬ問題が表面化した途端に、直接的な功績はほとんど何も起こさぬままに大挙して集まり、罪と罰を声高に叫んで誰かを吊し上げようとする、それが本当に栄えあるモーデル王国において正しき貴族の在り方なのか』と問われたも同然であると聞こえたのである。


 心の中に、同等、あるいは同じ方向の負い目があるからこその気づきなのだろうが、痛いところを突かれれば人は強い反応を示さざるを得ない。

 幸か不幸かロードレッドもこの中の一人であり、室内のざわめきが喧騒に達する前に代表の言葉を吐く。


「我らに責任を問う資格が無いと仰いますか!?」


「そうは申しません。ですが、あなた様を始めとして、皆様が責を問い、罪を償わせる相手はアレサンドロ殿下ではなく、本来は先日自決のような形で死亡したボバッサとその配下一党、殿下の親衛隊を名乗っていたあの連中なのです! この一週間、殿下には詳細に事情聴取を続けてまいりましたが、決して直接的な被害を殿下自身が指示したことはありません! これは、当時の第一王子派閥に所属していた王都の無役貴族複数名からも確認しております! 矛先を見誤ってはいけません!」


「それこそ『死人に口なし』ではございませんか! 確かにアルゴス様の仰る通り、私が治める領を含めて重大な被害が出た領は非常に数少ないです。ですが、実際に死者が数十人と発生し、まかり間違えば街ごと全滅し、ご自身を含めて消滅させられていたかもしれないドナテロ=ジエン=ロズフォッグ卿のお気持ちには、一体どうお応えになりますか!?」


 ここでロードレッドは、右手を掲げるようにしてランバートの二つ右隣に座るドナテロを指し示した。




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