417 第25話05:The Unforgiven⑤




 ここで会場全体がまたもざわつく。

 いくら事前に通達しておいたからといって、当然の結果だった。

 既に彼の、第一王子アレスの処遇、いいや、末路は決定しているも同然、と考えている者が多いからである。

 現にそこかしこで「もう決まったことでは?」だの「時間の無駄だ」などという、文句に近い声が聞こえてくる。否定的な反応を表に現わさない方がごく少ないくらいだ。


「皆様方のご不満については理解しているつもりです。本議会の初日、6日前の第一回日に最終議案『第一王子の処遇について』で投票を既に行いました。結果は、『王位継承権剥奪の上、20年間の謹慎』が15票、『王位継承権剝奪後の流罪』が73票、『死罪』が125票、白票が37票でした。よって、『死罪』票が過半数に達しまして、皆さまの総意として決定致しました。しかし、当時は第一王子の処遇に関して、帝国から何らかの要望、或いは抗議があるものとして、今回の投票が最終決定とはならない可能性があることもお伝えいたしました」


 思い出したのか、場内のざわつきが少し収まる。

 しかし今度は、先とは別の場所で確かな声が上がった。事情通のその声は「確か帝国は……」などと言いかけており、これからアルゴスが話すことはその答えでもあった。


「既に帝国には皆様ご存知の通り、第一王子にはあちら側・・・・の血縁が混じっていることも配慮し、『長距離双方向通信法器デンワ』にて第一王子の罪状を伝え、『一週間以内に帝国から何らかの返答が無き場合、こちらでの処遇決定に対し何ら抗議無くこれを認めるものと見做す』との通告を行いましたが、帝国側からは何の回答も得られずに、本日の議会を迎えることとなりました」


 ここでアルゴスは珍しく言葉を切り、一度、深呼吸をしてから話を再開した。


「つまり、多少の情状酌量が行われるものとばかり予想された前回の決定事項がそのままの第一王子アレサンドロ殿下の処遇と相成ることとなります。これに対し、前回投票時の後に刑の軽減を予期して、より厳しい処遇をとご判断された方も多くいらっしゃり、ご確認が必要であると考えた次第であります」


 まだアルゴスの話は途中なのにもかかわらず、数多くの手が挙がった。下手をすると、先程のルーカーの時よりも数多いかもしれない。

 本来ならばアルゴスは、自身の主張を終えるまでは無視しても良いのだが、予期していたのかはたまた余裕を見せているのか、即座に最も手を早く挙げた人物を指名し発言を促した。


 質問のために立ち上がった人物は、奇しくも先程と同じくロードレッドなる人物であった。


「ルードヴィーク領領主のロードレッドです。アルゴス閣下にご確認したい。先の口ぶりですと本議案は閣下自らのご提案かと存じますが、いかがでしょうか?」


 アルゴスは隠すことなく首を縦に振り答える。


「仰る通りであります。本議案はわたくしの発案、そして作成を行ったものでございます」


「意図を測りかねております」


「意図、ですか?」


「はい。アレサンドロ王子は明らかな謀反人。有り体に言ってしまえば、本議案はその謀反人の助命嘆願に他なりませんよね」


 疑問や質問というよりも、断定といった口調である。そんなロードレッドの言葉に、アルゴスは否定することなく再び肯いた。


「はい。そう受け取っていただいて構いません」


「それが解らないのです。彼は大罪人でしょう。実際、私の治める領もここにいる皆様と同じく彼の手の者、その乱暴狼藉によって被害を受けています」


 ロードレッドの発言を後押しするかのように、後ろの席の人物、左右の人間、周囲の人々が一斉に肯き、同意を示した。それを受けて彼は、より声高に語りだす。


「私としましては、前回の投票の結果で満足とまでは言いませんが、概ね順当な結果であったと思っています。……それにこれは、私の勝手な見解かも知れませんが、多くの方々も私と同じように考えていらっしゃると感じてもおります。第一王子、彼はそれだけの事を仕出かしましたし、何より我が国王家の血と共にあちらの国の、帝国皇家の血も受け継いでしまっています。生きていれば彼は将来、自身が望む望まないにかかわらず、確実とすら言えるほどの高確率で厄介のもととなるでしょう。子孫においても同様であることは、最早考えるまでもなく明白であります」


 ここでロードレッドは息継ぎのためか、一度言葉を切った。

 そのタイミングで、多くの「そうだ、そうだ!」という同意の声が上がる。正にこの瞬間、ロードレッドは皆の代弁者となっていた。

 アルゴスは無言のままで聴くに任せている。言わせるだけ言わせるつもりのようであった。


「以上のように本議案は一見すると、まったくのデメリットしかないように思えます。しかし解せないのは、そのデメリットだらけの議案を、発案から提議まで行ったのが前王政でも宰相を勤め上げ、更に来期でも同職にての選出が確定していらっしゃる人物、アルゴス閣下、あなたであるということであります。是非、聞かせていただきたい。この無知蒙昧なる私に、本議案にいかなる意図が隠されており、どのようなメリットが隠されておるのかを!」


 一斉に全員の視線がアルゴスに移る。ロードレッドの質問が終了したと解ったからだ。

 質問の答えと議論の応酬を期待する無数の視線にさらされながら、アルゴスの答弁は穏やかに始まった。


「メリット……ですか。正直にまず申し上げましょう。私は本議案に対して、いかなる『利』も含ませてはおりません」


「『利』? メリットが全く無い議案と申されるのですか?」


「はい」


 我ながら馬鹿正直と思いながらも、アルゴスは首を縦に振る。


「おかしいではないですか。この国において、最も『利』を追求するべき立場である宰相閣下、……今は予定者ですが、そのあなたが全くのメリットを考えることなく、本議案の提案を行ったと仰るのですか? では、一体何を籠めてこの議案を提案なさったのです!?」


 ロードレッドは、傍目にも何故か徐々に冷静さを欠いていっているようであった。


 これは、ロードレッドがアルゴスを智謀の人として尊敬し、彼に対し強く憧れを抱いていることに原因があった。

 憧憬し、彼のような人物になりたいと願う目標の人物、その考えを全く理解できぬ、もしくは推測することも不可能という事態は、時に強い焦燥感や苛立ちを生むものだ。

 ロードレッドの心中は、正にこの事例そのままであった。つまりは、ロードレッドはアルゴスを批判や誹謗中傷したいのではなく、純粋に彼の考えを理解すべく追求を行っていたのだ。


 が、この時アルゴスは余裕がなく、ロードレッドのそんな心の機微を捉えることができなかった。


「籠めたもの、でございますか……。強いて言うなれば、『責任』でございましょうか」


「『責任』? 何に対して『責任』でしょうか?」


「前政権に関わった者としての『責任』にございます」


 アルゴスはここで言葉を切ると議会の面々を見回すようにしてから、少し声量を上げて答弁を再開する。


「ロードレッド卿、貴殿を始め、第一王子への怒り至極ごもっともでございます。並びに先程、卿が下された王子への『未来永劫の厄介者』であるとのご評価も、至極当然とお答えいたしましょう」


「でしたら……!?」


「しかし、私には若干20歳を超えたばかりの青年に、死を与えるばかりが国家の正しい道であるとは、どうしても考えられないのです。ましてや彼の罪が、この国最高の刑罰に該当するものでなければ尚更です! どうかロードレッド卿、この場にいる皆様方、思い起こしていただきたい! アレサンドロ王子が実際に行った罪状は、王位簒奪とそれに付随した混乱のみで、確定しているのはそれだけなのです! 他は連座制により、部下たちの狼藉、直接的な暴力行為、被害の拡大などは全て王子が引き受ける形となったものです! 確かに持ち出したのは王子自身であり、自業自得としか表現のしようがありませんが、本来、連座制は我が国の法でも慣習でもありません。どうか皆様にもう一度よくお考えいただくため、私は本議案を提出いたしました! 越権とのご批判も甘んじてお受けいたします。ですが、本議案だけはどうか受け容れていただき、再度のご投票をどうかお願いしたく存じます! 私のこの我儘をご容赦いただけるならば、次期宰相の内定も辞退する所存にございます!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る