411 第24話14終:いつもの『奇跡』を
一気に高度を稼いだ足無しのクラーケンが大空を舞う。
奇妙な光景だが、見とれていてはそのまま放物線を描き、敵は確実に塩湖の中へと落ち、沈む。
そうなれば、周辺で魔法を使うことの適わぬ人間種ではもう追うことはできない。
ハーク達であっても同じことだ。
既に二百メートル近く、飛距離も充分に稼がれている。虚を突かれたのが最も大きかった。重い鎧に身を包んだランバートやシアでは最早追いつけるような距離ではない。モログですら、ひと飛びでは届かぬと躊躇を見せていた。
このままではクラーケンは湖の中へと完全に逃げ
ボバッサの思惑通りとなる。死してなお、巨大な影響を世に残す訳だ。
人が生きれば、そういうものはある。むしろ、つきものだ。多少の影響すら残さず静かに消えていく者の方が少ない。
しかし、これではまるで怨念だ。今を生きる人々に対する怨念、邪悪でしかない。
〈残させる訳にはいかんな〉
そんなくだらぬ悪意を
「行っくぞぉおおおおおおおーーーー! 虎丸ぅ!!」
「ガウワーッ!」
虎丸が応える。
自分であっても、速度はともかく飛距離が足りぬかも知れない。それでも、わずかな助走距離で最高速に達し、虎丸は全力で飛んだ。
「ハーク!?」
「むうッ、ハークッ!?」
ランバートとモログが驚愕で声を上げたのは、もはや追撃不可能と半ば確信し、諦めかけていたからなのかも知れない。
削り削られ半身の状態となっていたクラーケンが、よほど離脱に適した状態であったということもあるのだろう。確かに凄まじい速度で離れていっている。
が、シアは別だった。
「行けえっ、ハーク!!」
確証があった訳ではない。虎丸ならば追いつくことも可能と都合良く考えた訳でもない。
ハークならば、やってくれると信じただけだ。いつものように。
そしてそれは、後方で立場上戦闘の観戦を余儀なくされ、歯がゆい思いをしていた仲間の女性二人も同じであった。
「倒してください! ハーク様!」
「遠慮など要りませんよぉーっ!!」
彼女ら二人、アルティナとリィズとて、この状況をどうすれば覆せるか、なんて思いもつかない。
悪条件が重なり合う中、経験の浅い自分たちではどう頭をこねくり回そうとも打開策など浮かんでも来ない。
けれど、それもいつものことだ。どうすれば、などと自分たちが考えている間に、敬愛する師はいつも見事に事態を解決してしまう。
ハークとて無敵ではない。もちろん、傷つくこともある。
それでも、いつも自分たちでは想像もつかない事を成す。何より無駄なことは絶対にしないし、させたりしない。
絶対の信頼感。
だからこそ、今回も信じるだけだった。
そして更に、ハークの勝利を信じて疑わぬ人物がもう一人いた。
(いつから越えられちゃったのかしら……? 何か、アナタと最初に行動を共にした時から、ずっと負けちゃってる気がするわ……)
勝負なんかをした訳じゃあないんだけどね、と苦笑が漏れそうになる。
最初はちんちくりんなだけの坊やだった。その辺にいる、有象無象と同じ。
ただ、同じエルフ同士だということだけだった。ある意味意識的に、その部分は意識しないようにしていたのだと、今の自分ならば理解できる。己の、『甘ちゃん』っていう悪い虫が起きてしまうと解っていたからだ。
けれど、ある日を境に、ハークは変わった。
『甘ちゃん』でありながらも、自分にはできないと諦めた事を、まるで軽々と、そして着実に超えてきてしまうようになったのである。
レベルの概念など、歯牙にもかけない。
既存の常識、慣例、そして鉄則を、まるで無きもののように踏み倒していく。今だってそうだ。『魔法剣』とは昔の勇者が語った夢物語。実現不可能なおとぎ話の産物、そう聞いてきたのに。
馬鹿馬鹿しいほどの非常識だと思う。けど、それが視てて気持ちいい。
いつからだろう。うっとうしいだけだったあの子が、自分の中で光り輝く存在へと変わったのは。
今ならハッキリと言える。
彼は、憧れだ。自分の求める理想の一部。
クラーケンに追い縋るには先にアドバンテージを取られ過ぎていることや、たとえ追いつけたとしても、魔法の使えないこの状況で、足を失っても未だに十五メートル前後はある凶獣の頭部に隠されたクラーケンの急所、三つの心臓と魔晶石を、一体どうすれば同時に消し去ることができるのか考えすらも及ばないが、それも関係など無い。
彼は
そう。だから。
彼女は小さな声で呟いていた。
「さあ、いつもの『奇跡』を、世界に見せてよ」
ヴィラデルの眼には、憧れる少年の背に、黄金の翼が形成される姿が映っていた。
空中を切り裂くがごとき一直線に進むハーク達。
神速の精霊獣たる虎丸本気の大跳躍は、離脱しようとするクラーケンにぐんぐんと迫り、遂にあと百メートルというところにまで達する。
だが、そこまでだった。その地点で、いくら虎丸の大跳躍であっても失速に転じる。
クラーケンは既に体内に貯蔵していた水を全て使い切っていた。が、速度は勝っていても、飛距離ではわずかにハーク達が負けていたのである。
真っ直ぐ敵に向かうも重力に負けて、進路から下に外れていってしまう。
だが、ハークも虎丸も当然に諦めたりなどしない。
『今だ! 虎丸!』
『了解ッスゥ!!』
二人は分離し、虎丸は首と上半身の力を使って空中で縦の回転を行い、その勢いを利用して前脚でハークの足裏を思いっ切り押し出した。
「ガァアウワァアアアアアア!」
虎丸の咆哮と時を合わせ、ハークも跳躍する。レベルが低かった頃は緩衝材の代わりとして剛刀の鞘を犠牲にしたこともあったが、今ではその必要も無い。
新たな推進力を得たハークの身体は、更に速度を増してクラーケンに近づいていく。が、それでも飛距離が僅かながらに足りない。
(やはり無理か……!?)
下から見上げるランバートがそう判断しかかった時であった。
ハークの背に黄金色の
そして
時間的には一瞬ではあったが、ランバートはようやくと気づいた。
(……あれは!)
日毬であった。ハークの背にくっついたままだった日毬が、虎丸と離れたタイミングを合わせて最大サイズにまで巨大化、その羽ばたきで最終最後の後押しを行ったのである。
「ブッギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
体内の水分を使い果たし、足も無く抵抗の手段を全て失ったクラーケンがあげるのは威嚇の声か、それとも恐怖への断末魔か。
虎丸と日毬の献身により衰えるどころか逆に勢いを増しながら、ハークは遂に標的の至近距離にまで迫った。
同時に、残った魔力の全てを『天青の太刀』の刃に集め、噴出を開始する。
風を集めて圧縮し、回転を起こす。発生した小さな渦に更なる魔力を供給し、回転に回転を重ねる。
未だ理論でしか知らぬ風の上級魔法『
集めた風の力を限界まで凝縮し、刀身にまとわせた。
弓を引くように刀を引き、構える。昇華させるは、ハーク抜刀状態で最大最強の刀技。
「————必殺っ!!」
ハークは『必殺』の言葉を滅多に使わない。『必殺』という意味、『必ず殺せる』などという技が、非常に希少であると知っているからだ。
だが、今この時、ハークは躊躇なく『必殺』を発する。
『必ず殺さねば』ならない時であると解っているからであり、何よりも、今自分が頭の中で思い描いた技が発現できるならば、それは出し切った瞬間、滅せぬものの無い『必殺』の技になると確信できているからであった。
ありったけ渾身の力を込めて、ハークは『天青の太刀』を捻じり込みながらクラーケンの眼の間、眉間めがけて突きを放つ。
「秘奥義・『
繰り出した旋突が、大太刀がクラーケンの外皮を易々と突破した。
そしてハークは、『天青の太刀』に籠めた全ての魔力を開放、放出させる。既に飽和状態を迎えていた暴風が文字通り暴れ狂い、爆発した。
クラーケンの頭部が今までとは比較にならぬ程、三倍近くにまで膨れ上がったのは一瞬。次の瞬間には、凶獣の頭部は粉微塵へと消し飛んでいた。
後の空間に残ったのは三十を超える『封魔石』の欠片のみ。
この『封魔石』の黒い欠片が、ボチャボチャと湖面に落下し、水の中へと次々沈む頃、懸命に翅を動かして高度を維持しながら飛行する日毬が、魔力を全て使い切って力のないハークの身体を大事そうに抱えつつも、仲間たちが待つ岸へと向かい運んでいく。
安堵と称賛の歓声が日毬たちを迎える中、その下で、虎丸はびしょ濡れになりながら泳いで岸に向かうのであった。水が嫌いなので、非常に嫌そうな表情のままで。
ただ、その身を震わせたのは寒さからなどではなく、身の内からこみ上げてくる達成感がゆえに他ならなかった。
第24話:TWIN ICON完
次回、第四幕:モーデル王国編・最終話に続く
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