410 第24話13:いつもの『奇跡』②




「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!」


 斬り裂いた足は一本のみで、しかも中ほどというよりは先端部に近かったが、クラーケンの口から出た苦悶の叫びはこの日最高潮である。

 視れば、斬り裂いた部分が炭化している。紅の火焔は技を成したその瞬間に蒼炎に変化していた。


「ぬおおッ!? ハークッ!?」


「済まぬ、モログ! お主の技を参考にさせてもらったぞ!」


 ちらりと一瞬後ろを振り向いて謝罪を行ったハークであったが、その眼に映るモログは兜で顔の表情こそ見えないが、むしろ嬉しげである。


「何を謝ることがあるかッ! 俺は嬉しいぞッ! やはりハークッ、君は俺の認める男だったッ!」


「……モログ……!」


『さすがご主人ッス! これでもう、ナンバーワンと肩を並べたッスね!』


「きゅーん、きゅーん!」


 モログに続き、虎丸と日毬まで祝福してくれる。ちなみに日毬は虎丸の台詞を心から肯定していた。


『ふふ、まだまだ、そう簡単にはいかんさ! だが、これで形勢を逆転させることができる! 決めるぞ、虎丸! 日毬!』


『了解ッス!』


「キューーン!」


 その時、ハーク達の耳に幾重もの後押しの声が届いてきた。


「頑張れえー! 我らが英雄!」


「あんなのぶっ倒しちゃえー!」


「さっさとたたんじまってくださいよ! モログ様ー!」


「そのままいけー! ハークッ!」


「刺身にしちゃいなさい! ハーク!」


「ハーク様、今です!」


「さすが我が孫じゃ! 今こそ攻めよ、ハーク!」


「ブッ飛ばせ、ハーク!」


「敵は怯んでいるぞォ!」


 応援であった。様々な人々の声援の中に仲間たちのものも混ざっているのが分かる。もしかしたら当初から声を張り上げてくれていたのかも知れない。


 それでも、ハークが今見せた、伝説の複合SKILLをモログ以外に再現してみせるという『奇跡』、それこそが多くの人々、特に一般市民たちに勇気をもたらし、奮い立たせていたのは確実であった。モログにはそれが解る。

 正に、流れは変わったのだ。


「さあ、ハークッ! 今こそ勝利を掴む時だぞッ! 奴の足を全て根元より燃やし尽くしッ、王手をかけるッ!」


「応! 了解だ、モログ!」


 進む二者の英雄に、二本の触腕を束ねた触腕が突き出される。ハークはこれを待っていた。


「でぇえいやあ! 秘剣・『火炎車』ぁーーー!」


 伸びた蒼炎の刃が迫る二本足をまとめて開きにする。

 中心を焼き開かれれば、さすがに使い物になる筈がない。


「グッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 特大の悲鳴が上がる。

 既にこの時点で一本の半壊に加え、二本がほぼ損壊していた。攻守は今こそ所を変えようとしている。

 そして、この瞬間を待ちに待っていた男がいた。


「邪魔するぜ、ハーク! モログ!」


「応ッ!」


「行けい! ランバート!!」


 戦士を知る者は戦士。名を呼ばれた二人も、ランバートがこの瞬間を狙ってくることなどとっくに感づいていた。ほんの一瞬だけだが、ハークもモログもその動きを止めている。


「ゲット、レディ……!!」


 彼らの間をすり抜けて、虎丸の全速にも匹敵する人間砲弾が凶獣の頭部めがけて放たれていた。

 咄嗟に反応できた足は残り五本の内の二本のみ。そこに深々とランバートのブレードランスが突き刺さり、同時に超音速の強大な闘気の鉄槌が訪れる。


「『バッスタァァアアア・ウォーーーーーーーーーーーーーーー』!!」


 弾力性に富んだクラーケンの肉質は本来、打撃槌撃にすこぶる強い。が、まるで爆撃のようなパワーは、盾となった足二本を根元近くまで微塵に吹き飛ばす。

 しかし、ランバートはそこで攻撃を停止することなく更に前へと進む。同時に背後から彼の右隣を掠るようにしてシアが『瞬撃』で突っ込んできていた。


「ぬぅあっ!」


「ふんっ!」


 ほぼ同じタイミングで、彼女とランバートの武器、ハンマーの先についた銛とブレードランスの刃の部分が、弾け飛んだばかりの二本足の根元付近へ突き刺さる。


「「点火!!」」


 そして、シアの拳とランバートの膝がそれぞれの撃鉄部を押し込む。


 ———ボボッオオォオオオオオオオン!!


 二カ所で同時に爆破が発生する。ランバートらの狙い通りに根元から潰すことに成功していた。


「よぉし! ここまでやれば、喰って灼けた部分を除去できまい!」


 ランバートの言葉通りであった。いくら柔軟でも口まで届く訳がない。

 今度もクラーケンは苦悶の悲鳴を上げそうになるが、下手をすれば断末魔と成りかねない可能性を感じたのか、明確な意思で反撃に転じようとする。狙いは最も深い位置にまで踏み込んだランバートとシアの二人だ。

 当然、やらせる筈などない。


「儂らを忘れてもらっては困るな! 秘剣・『火炎車』っ!!」


「『バァーーーーーニング・ナッコォオオーーー』!!」


 虎丸の俊足により一気に追いついたハークの大太刀が、再び蒼炎を発し、真円を描く。二本の足が根元からまた新たに焼き斬り落とされ、最後に残った無事な一本もモログから特大の火拳を受けて、根元より焼け落ちた。


 最早この時点でまともに動くクラーケンの足は一本しかない。ハーク最初の『火炎車』にて斬り落とされていて、それでも中ほどから先が存在していなかった。

 足という形だけを保っていたものは他に二本ほどもあったが、焼いて斬り開かれていて、もう動かすことも敵わない。

 最後の残り一本も含めて、傷口は全て焼かれ、中には明らかな炭化さえあり、再生は見るからに封じられている。


 誰もが望んだチェック・メイトだ。


「取ったぞ!!」


 ハークが叫ぶ。同時に後方で歓声が上がっていた。

 実際、王手としか思えぬ瞬間である。手足をほぼ全てもぎ取ってやった状況にも等しい。

 だが、ハーク達の眼の前でクラーケンの残る頭部がぶくりと膨らんだ。


「どこまでもしぶといな! 最後の攻撃か!」


 ランバートがそう言い、大盾を構えて皆の前に出る。

 全員が、そうとしか思わなかった。いよいよ最後の悪足掻き。最後の『水流ブレス』であると。

 ランバートならば多少のダメージは負っても防ぎ切れる筈。ハークも含め、全員がこう予測していた。


 が、しかし、予測はわずかに外れることとなる。

 正確に言えば、放たれる方向が違った。

 ランバートが盾を構えるハーク達の方角ではなく、いまだ形を保っていた、というより肉を持っていた三本の足のつけ根に向かって放たれていたのだ。


「何!?」


 完全に予想外の行動であった。

 強烈な高水圧によって自らに残った足の肉すら全てそぎ落とす。これによって、せめて三本の足だけでも再生させようと試みたのであろうか、とも大量の水飛沫舞う中ハークは考えたが、その予想も外れる。

 なんと肉体の半分を失ったクラーケンが、自ら放つブレスの勢いによって、空へと舞い上がったのである。


「しまったぁ!!」


「何だとッ!?」


 ランバートとモログが気づいて叫ぶ。ハークも遅れて敵の行動の意味を理解した。

 クラーケンはこの土壇場で逃走を選択したのだ。


 それは、野生の生物であればごく単純なものの考え方、そして行動だったのかも知れない。

 敵わなければ逃げる。当然のことだ。自らの足全てを犠牲にしても、逃走を試みる。

 ただし、普通であれば、これだけの面子相手に逃亡など、絶対に成功する筈などなかった。相手が水生の魔物ではなく、背後が広大な湖でなければ。


「まずいぞ! 水生モンスターを退治するにゃあ、どうしたって魔法が必要になる! あんなモンを野放しにしたら、この塩湖が周辺一帯を含めて危険地帯になっちまうぞ!」


 クラーケンが討滅に炎などの魔法が必須であることを考慮せずとも、水生モンスターを本来の生息地である水中、またはよしんば水上に誘き寄せて戦闘するにしても魔法は欠かせない。

 具体的に言えば水流を操る魔法や水上を歩くための水魔法だ。これらが無くてはほとんどの人間種は、水生モンスターと戦闘どころか真面な抵抗すら敵わないのである。


 近くに寄ったら魔法が全て行使不能なレベル五十五のクラーケンなど、ほぼ討滅は不可能であるとしか言えない。

 狂っているから眼についた弱者を片っ端から襲い喰らう存在となることだろう。同じく狂っていることから行動に一貫性がなく、出現の予測も困難となるに違いない。被害を抑止するにはこの塩湖周辺から撤退する他なくなる。

 つまりは、この王都も含めて辺り一帯が人間種の住むこと敵わぬ地帯と化すのだ。

 逃がせば終わりである。ランバートはそう言っていた。


 そこまで考えて、ハークはあのボバッサという帝国将校が、たとえ多くの偶然に助けられたとしても、ここまでの事態をある程度は予期して行動していたことに、素直に驚嘆していた。


 自分が死んだ後に、その場でクラーケンが暴れてモーデル王国首脳部の貴重な人材に被害を及ぼせればそれで良し。一般市民を巻き込んで被害を起こせれば、王族や政権への不信を招けてなお良し。

 クラーケンが即座に、あるいはひと暴れしてから逃亡を選択したとしても、半永久的な脅威となり存在を続け、その間のモーデル王国の経済的損失は計り知れないものになる。


 部下や自らの命を切り捨てた、自暴自棄な、死なば諸共もろとも作戦であろうとも見事と思うほか無かった。


 だが、それだけに負けられない。

 これに負けることはハークの意地と誇りにおいて断じて許せなかった。




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