409 第24話12:いつもの『奇跡』




 一瞬とはいえ怯んだと見える巨獣の様子に、兵士も市民も関係なく「わあっ」と盛り上がる。

 仕込みに仕込んだボバッサの奸計により、半分以上追い込まれかけてもいた流れを押し戻しつつあるのは、誰の眼にも明らかであった。


 引き寄せたのはハーク達、そしてランバートやシアらを始めとした仲間たちであったが、ハッキリともたらしたのはモログである。

 だからこそ、今打って出るべきと考えるのも決して間違いではなかった。


「どう!? ランバートさん!? 今ならアタシたちも、一気呵成に総攻撃をかけるべきではなくて!?」


 提言に近い形で訊ねたのはヴィラデルである。

 一瞬、ランバートは悩む。今現在の状況を一刻も早く打破できるものなら打破したいのが彼にとっても心情であるからだ。しかし、決断は直後であった。


「駄目だ! まだ早え! あの二人だから簡単に捌いちゃあいるが、もう一度あの水ブレスでこちら側を狙われたら、魔法が使えない今、耐えられるのも防げるのも恐らく俺しかいねえ! 庇うにしてもどこ狙うかも判らねえようじゃあ無理があり過ぎる! 今は待つんだ! ただし、シア殿、俺とあんたはいつでも飛び込めるように準備を整えておいてくれ! 特に法器合成武器を完璧にな!」


「了解だよ! 火で最後の追い込みをかけるためだね!」


「その通りだ!」


「そっか……! 今は防御手段が限られているんだものね……! 下手に援護してもいけないか……」


 ヴィラデルが少し悔しそうに語る。本来であれば、彼女も存分にその力を振るって勝利を引き寄せたに違いない実力者であるだけに、余程歯がゆい思いがあるのだろう。それともエルフの年長者ゆえなのだろうか、ともランバートは思った。


「もう少しの辛抱だ……!」


 悔しい気持ちはランバートも同じだった。信じて待つしかない。幸い、攻撃に参加している連中は、皆頼りがいがあり実績もある、信を置いて然るべき者たちばかりだ。

 とはいえ、相手も油断ならぬ海の凶獣である。

 その証拠に奇妙で恐るべき行動を取り始めた。




 ハーク達も最前列にてその行動に注視する他なかった。


「……何だ!?」


 ハークが訝し気に呟く。その視界の先で、クラーケンは自らの砕かれ、焼かれた四本足の先端を己が口へと運び、かじりついた。


 背後から、幾重にも重なり合う驚愕と恐怖による悲鳴が上がる。

 当然の光景だった。己が牙で自身の足の肉を、血しぶきを上げながら食していたのだから。


『うげぇ!? 何してるッスか、アイツ!?』


「きゅー……ん……」


 虎丸も驚き、日毬は慄いている。

 自らの肉を自らで喰らう不気味さもあるが、何より行動の意味が解らない。だがハークとモログは別だった。


「まさかあ奴……、自分の灼けた肉の部分を喰らって……!?」


「むうッ!? 再生を阻害する部分を除去しているのかッ!?」


 喰らい終わった巨大な口が再び気持ちの悪い笑みを形作る。

 直後、四本の再生が始まるとそのまま他の全ての足と共にモログと、そしてハーク達に襲いかかった。


「ちいっ! 本当に知恵の働く魔物だ! モログ、深手を狙おう! 儂が斬った箇所に炎の拳を頼む!」


「了解だッ! 任せてもらおうッ!」


 濁流のように襲いかかる八本足を飛んではくぐり回避しつつ、虎丸は少しでも先へと進み、ハークは『天青の太刀』を振り被る。


「おおぉおお! 奥義・『大日輪』!」


 宣言通り、ハークの剣閃がクラーケンの足の二本を中ほどで斬り裂いた。即座にモログも迫る。


「ぬぅんッ! 『バーニング・ナックゥ』ッ!!」


 再びの炎の拳が振るわれ、ハークが斬り落としたばかりの足の斬り口を打ち抜き、焼き焦がす。


「グッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 クラーケンが再度の苦悶を上げながらも、傷ついた二本の足を引っ込めつつ、残りの六本で攻撃を続けてくる。


「奥義・『大日輪』!」


「『バーニング・ナックル』ッ! くうッ!」


 クラーケンが傷ついた二本足の火傷を齧る中、相手の循環に負けぬようハーク達も斬り込み、モログも追撃を決めたが、異常を感じてハークは振り向く。

 その眼に映った光景は、なんとモログが右拳を左手で抑えるように庇い、その指の間から幾筋かの煙が上がっているのだった。


「モログ!? どうした!?」


「心配することはないッ! このまま続けるぞッ!」


「だが、その右手は!?」


「少し連続使用で熱が溜まっただけだッ! 問題は無いッ!」


 どこが問題無しだというのか。考えてみれば、彼は短時間ながらも拳を何度も燃やしているのだ。


〈そう。考えてみれば、単純な話ではないか〉


 よくよく思い起こしてみれば、炎に包まれた拳を防御するものは何もない。

 ハークの眼は魔力の構成と流れをありありと可視化できてしまう特別製なのである。

 そして、彼の眼には、闘気をまるで火打石のように着火として用い、魔力を噴出し続けて炎を維持しながらも、その拳との間には何物もありはしなかった。

 複合攻撃である『バーニング・ナックル』とは、完全に諸刃の剣であったのだ。


〈そうとも知らず、儂は……! モログは……!〉


 苦いものが腹の底から立ち昇ってくるかのようだが、襲い来る蛸足の嵐は止まることがない。

 回避を虎丸に任せつつも、的確な反撃として『大日輪』を正確に叩き込めるのがハークであり、モログもまた切断箇所に狂いなく『バーニング・ナックル』を叩き込んでいた。


 だが、既にハークの良質な嗅覚は、モンスターの肉が焼ける匂いだけではなく人の肉の焦げる匂いまでをも混じって感じられるようになってきていた。


〈く……、儂も、魔法を交えた複合攻撃を使うことができるのならば……! ん……? ……儂が……、使う……?〉


 突然、何かが頭の中で煌めいた感覚があった。

 状況は一進一退。モログの複合攻撃スキルが火炎であったがために、こちらに有利となるかとも思われたが敵もさるもの引っ搔くもので、均衡を崩し切れていない。

 しかし、もう一人、同じような技を使うことができる者がいれば……。


〈考えもしていなかったな……〉


 以前の、半年ほど前にさかのぼった記憶が鮮明によみがえってくる。

 モログの本気を、初めて拝んだ時だ。

 そこで初めてハークは複合攻撃を己が眼で見た。

 存在はヴィラデルなどに聞いていて知ってはいたものの、実際に見るのは初めてであり、同時に眼から鱗が落ちる思いを味わった。

 あんな魔力の使い方があるのだと。

 言わば力技、拳の周辺だけとはいえ完全な独力で事象改変を成し遂げたに等しいが、自身に行える技ではないとも確信する結果ともなった。


 複合攻撃、『バーニング・ナックル』は攻撃の要である拳より、その攻撃が完了するまでの間だけでも、常に魔力を噴出する必要がある。これは、魔法の発動に近く、武器ではできない事だった。


 武器には魔力を籠められるだけだ。よしんば循環させるのが関の山で、噴出などという芸当は到底不可能だった。


 長いため・・の時間さえ得られれば、もしかすると可能なのかも知れないが、それでは示現流・奥義・『断岩』と変わりがない。

 矢張り徒手空拳専用の技巧であると断念する他なかった、あの時は。


 しかし、今は、今ハークの手に握られているのは『天青の太刀』なのである。

 この大太刀を初めて握った瞬間より、ハークはずっと奇妙な感覚に囚われていた。

 まるで己が手の延長のような。あの、刀身を鞘より解放した一体感。

 もう柄を手放す時の方が、違和感を覚えてしまうほどであった。


 いいや、囚われているのではない。

 『天青の太刀』は、主人の肉体の一部となることを選択したのだ。

 なれば、やってみるだけだった。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 もはや自身の身体の一部であるのならば、力を貸してくれと頼む必要などない。腕の先、指の先に向けて魔力を送った。

 既に『天青の太刀』は、全てを自身に委ねてくれている。

 その確信があった。


〈なればこそ! この土壇場でこそ! 行う意味がある!〉


 魔力を流すのではない。それはもう常にやっていることだ、『天青の太刀』となってから。

 今までは集中させていたのである。それを開放させる。


「かぁっ!」


 気合一つ。そして、蒼き刀身に火が灯る。背後のモログにはそれが視えた。

 紅に染まった刃が描くは、奥義・『大日輪』の軌跡———。


「秘剣・『火炎車』ぁああーッ!!」


 轟炎の真なる円が、凶獣の足を再び焼け焦がし斬り裂いた。




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