408 第24話11:二人の英雄②




「行くぞぉおおおおおああああああああああああああーーー!!」


「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーッ!!」


「ガアゥワアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!」


「キューーーーーーーン!」


 クラーケンへと立ち向かわんとする者たちが有らん限りの大声を上げる。ハークとモログは自分たちへと注意を向けるため、虎丸と日毬は主人に呼応してだ。

 同時に、両者が突撃を始めていた。ハーク達は向かって右、モログは左から。

 迎え撃つクラーケンはそれぞれに四本、半々の足を向かわせる。


 しゅるしゅると左の側面から四本の足が迫り、一斉に襲いかかっていく。

 それを、モログは拳で一つ一つを素早く迎撃していた。


「おりゃおりゃおりゃおりゃああッ!!」


 しめて四発。弾力のあるクラーケンの肉に打撃は効きにくいが、それでもしっかりと弾き返していた。

 クラーケンは大きさと体重だけでなく、レベルでも彼を上回っている。にもかかわらず、モログが力で負けることはない。

 成す術無く後退させられた四本足は、今度はモログを囲むような位置取りをするとタイミングを合わせて全くの同時に襲いかかった。

 が、モログは見えているにもかかわらず、意に介さずに突き進みつつ、そのままSKILLを発動する。


「『疾風ッ・星空脚』ッ!!」


 身体と直角に突き出した胴回し蹴りが高速回転し、一瞬のうちに四本もの触腕を寸分の狂いもなく、軽々と弾き返していく。

 強烈な威力によって打撃を受けた個所の肉が抉り飛ばされてもいた。とはいえ、その程度の傷はクラーケンの再生能力によってすぐに修復されるだろうが。


 一方で、右側からハーク達も攻める。

 ハークは触腕を斬り裂き捌きつつ、虎丸は前進を止めない。


『足が一本減って動きやすくなったッス!』


『うむ!』


 虎丸の言う通りであった。五本から四本の一本のみとはいえ、当然に手数は減り、前へとすり抜ける隙間も簡単に見つけられる。


「きゅうんっ! きゅうんっ!」


 日毬は虎丸の足が地に着いてさえいれば出番もないので、ハークの背に引っ付いたまま縮小化し、二人の応援をしている。

 が、初めてクラーケンの頭部十メートル圏内に入ったところで、相手もさすがに危機を感じたのか再び頭部が膨らんだ。


『む!? 先程のブレスか!?』


 その様子を見て、緊急的に虎丸が跳躍した。これ以上、自分たちの背後に被害をもたらす訳にはいかないのである。また、更なる混沌を呼び込むわけにはいかない。


『日毬、頼む!』


「キューン!」


 ハークの念話を受けて日毬が瞬時に巨大化、飛行形態へと変化する。


「ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 上空に逃れた彼らを狙ってブレスが発射された。それをハーク達は日毬の強烈な羽ばたき一つで難無く地上へと逃れる。

 最早危険を感じないくらいだが、クラーケンの口から放射されっ放しの奔流は収まらない。上空を狙ったまま左へ向けられていく。

 ハークがその先へと視線を向けると、なんとモログもハーク達と同様に跳んでいた。


「モログ! 危ない!」


 さすがにハークも慌てて声を出すが、モログの雰囲気は余裕そのものである。


「心配無用ッ! 空中ッ、『疾風・星空脚』ッ!」


 右足を身体に対して真っ直ぐに突き出した体勢で、途端にモログが高速の回転をする。すると不思議なことにモログが空中で横に移動しつつ後退をし始めた。


『ぬぉお……』


『何ッスか、アレ……』


「きゅう……ん?」


 味方ながらさすがに訳が分からないとばかりにハークと虎丸は呆れ声を出し、日毬は本当に何が起こっているのか理解が追いつかずに首を傾げる。

 明らかに『水流ブレス』への回避運動であった。日毬とは別の意味の力技で、彼は空を制していたのだ。

 ただし、ハークの眼には解る。最初の蹴りによる回転とひねりこそ純粋な力技ではあるが、その後は蹴り足のかかと部位から噴出し続けている闘気によって回転力を維持しているようであった。


 やがて、吐き続けられていたブレスが収まると同時にモログも高速旋風蹴りを停止、虎丸に跨ったままのハークのすぐ隣にすとんと着地する。


「さすがだな、モログ。空も自在かね」


 ハークの感心半分呆れ半分の称賛を聞き、モログは些か照れたかのような声音で応えた。


「それほど自在でもないさッ。最大回転でも高度を維持するのが精一杯であるしッ、毎回転ごとにMPを消費するからなッ。それよりハークッ、なぜ火魔法を使わないッ?」


 その言葉でハークも気づく。


「しまった、大事なことを伝え忘れておった! モログ、詳しい説明は後でするが、あのクラーケンは帝国の兵士が持っておった魔法スキルを全て封じる石、『封魔石』を体内に抱えておるようなのだ! よって、奴の周囲一帯では、魔法の発動が一切不可能であると認識しておいてくれ!」


「ほう、『封魔石』かッ。いやッ、説明は必要無いッ!」


「何!?」


「そんな事よりハークッ! 奴は思ったよりも狡猾で頭が良いッ! 一見ッ、本能的な動きだが実際良く練られているッ。魔物とはいえ、かなりの経験を持っているに違いないなッ! できれば一気に頭部を砕きッ、叩き潰したいところだがッ、さすがにここは高望みが過ぎるようだッ! ここは定石通りッ、足を一本一本焼き払いッ、奴の戦力を削っていくべきだなッ!」


 ハークはモログが何を言っているのかいまいち掴めなかった。

 その燃やす火炎を発する手段が、今現在無いと説明したばかりだというのに。


「解っている、できれば儂もそうしたい! だが、炎はどうする!?」


 当然に、ハークとモログが会話中だとて別段、時が止まっている訳でも戦闘が休止となっている訳でもない。

 そして敵であるクラーケンはその狂った精神の中でも充分にモログを強敵と見做さざるを得なかった。


 クラーケンの触腕はその一本一本に動きを司る神経の塊、運動脳のごときものが備えられている。

 だからこそ、『ラクニの白き髪針』にて精神と魂をバラバラに分け隔てられ、操り主指揮者を失い誰彼構わず周囲の危険な者、注意を引く者だけに本能に基づいた攻撃性を発揮しているだけだとしても、正確で、一見、機知に富んだ戦闘を行うことができていた。


 更に、経験を積み、それに対応した手段も取ることができる。これが、ハーク達を苦しめ、一度は完全に彼らの裏もかき、戦略的な罠にすら嵌めることを可能とした一因であった。

 今も、囲んでの攻撃が駄目ならまとめての攻撃があるとばかりに、四本の触腕を絡め合わせ、巨大な一本槌へと変化させて、それをモログに向けて突き出そうとしている。


 そしてこれまた当然に、モログはその様子を横目でちらりと確認する様子を見せると、次いでハークにもう一度視線を向けてから自らの眼前にて拳を固めつつ言い放った。


「炎ならばッ、ここにあるッ!」


 直後、ボンッという音と共に勢い良く拳が発火する。いいや、火炎が腕にまとわれていた。


「うぉおおおおおおおおおッ! 『バァーーーーーニング・ナッッコオー』ッ!!」


 炎と共にたっぷりと振り被られ、反動をつけたモログの右拳が、クラーケンの束ねた巨槌をものともせずに一撃で打ち砕いていた。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 肉を弾き飛ばされ、足の半分の先端から焦げた煙を上げるクラーケンが、初めて明確に苦痛による悲鳴を発していた。




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