405 第24話08:海獣③
ハークを背に乗せたまま大きく跳躍した虎丸は、八本足を飛び越えて最速で真っ直ぐにクラーケンの頭部へと迫ろうとする。
当然の如くに、その中の一本が彼らを阻止し、もう一本が補足しようと伸ばされた。
「奥義・『大日輪』!」
挟み撃ちにしようとする双方の固い吸盤と、高弾力の肉相手に予想以上の負荷がハークの両腕と『天青の太刀』にかかるが、それでも全力で振り切る。
「うぉおりゃああああ!!」
まとめて両断に成功するも、一回転斬りは一瞬足が止まる。だが、視界は開けた。
「
間隙を狙って、先の一撃にてハークの下半身代わりを務めた虎丸の前脚から飛翔する爪撃が放たれる。
滑るように空中を進むそれの狙いはクラーケンの右の瞳だ。しかし、あとほんの少しというところで、下からにゅっと伸びた新たな足の吸盤にて防がれていた。
巨大なクラーケンの顔面に浮かぶ笑みの形をした歪みが大きくなる。さらに一本、計四本目の足が上がり、先端がハーク達に向けて構えられた。
『来るッスよォ、ご主人!』
『押し通るぞ、虎丸!』
『了解ッス!』
虎丸は速度を緩めることなく進み、ハークは『天青の太刀』の蒼き刃を前面に突き出し構え、峰を籠手で抑えた。
前進する彼らと、人に例えれば手刀の如きに突き出されたクラーケンの足の先端部が接触、激突した。
どんっ、という強烈な衝撃と重みがハーク達を襲う。
「ぬぐっ!!」
「ガウゥッ!!」
速度が急速に落ち、歩みにも近くなるが、二人は負けることなく肉の塊であるクラーケンの足を開きにしつつ、なお突き進む。
「ウグォオオッ!?」
足の一本を半ば近くにまで斬り開かれて、さすがに危機感と痛みでクラーケンもその足を横に振る。
反射に近い挙動によって、真っ直ぐの動きが突然横へと変わった。
「ちいっ!」
変化を感じたハークは押し切る動きから瞬時に斬り下ろしの動きへと変化させ、肉の壁を斬り裂き下に抜ける。
すとん、と一度着地したハークと虎丸の眼に映ったのは、牙の羅列をますます歪めたクラーケンの巨大な顔面だった。ただし、笑みではなく苛立ちを表す形へと。
『どうやら引き付けには成功したようだな』
『なんか懐かしーッス!』
この時、虎丸の頭の中に浮かんでいたのは、かつてのソーディアンで市民を守るがために巨大なる龍に立ち向かった場面であった。あの時もハーク達は巨大な敵の注意を逸らすために奮闘したのである。
『確かにあの時の状況に似ておるな。が、懐かしがってばかりはおれんぞ』
見れば両断した二本の足が傷口から新しく生え、半分くらいまで開きにした足が斬り口もぬるりとくっついていく。
『アレだけの傷がもう治っていくッス』
『今までの再生能力持ちの魔物、トロールやヒュドラよりも一段能力が高いように思えるな』
ここでかつての巨なる龍であったエルザルドからの注釈が入った。
『身体の大きさのせいだ。ハーク殿たちからすれば、巨大なる肉の塊を斬り落としたように見えても、相手にとっては指の先を失った程度であろう』
『矢張り大きいというのは有利か。どうせ斬るならば根元を狙えば良いのだろうが……、少々難儀だな』
当たり前だが、クラーケンの足も先端に進むにつれて先細りしていく。根元の太さは尋常ではない。
ハークは最近になって、スキル使用時に魔力の刃を形成し、意図的に刀身の長さを延長させることができるようになっていたが、それでも一撃でとはいかなそうだった。しかも、懐に近いところにまで強引に踏み込まなければならないとなると、反撃もより苛烈となるだろう。
『ご主人、今の内に伝えておくッス。アイツの気になるSKILLの中に『水流ブレス』ってのがあったッス』
『スイリューブレス?』
『高圧力で吐き出される水のブレスッス。あの巨体とレベルッスからね、かなりの威力だと思うッス! 気をつけて欲しいッス!』
『虎丸殿の言う通りだ。特に今は魔法が使えないとなると、ハーク殿が受ければ致命傷となりかねん』
『成程、確かに魔法が使用できぬ今、緊急回避や防御の手段も限られる。ますます迂闊には突っ込めんか』
『そうッスね。まずはこの数相手に捌かなきゃあならないッスから』
そう言った虎丸達の眼前に、五本の足が立ち上がってその先端が向けられた。先程の四本から一本増えている。
『うむ。このままいくぞ、虎丸!』
『了解ッス!』
再びクラーケンに対し攻撃を仕掛けるハーク達。
一方、ここまでにランバートは防衛側の準備を整えていた。
ハークたちを相手にする以外の、残りの三本足がぬらぬらと
「来るぞ!」
ランバートが声を上げた次の瞬間、三本の足が一斉に動きを見せた。ランバート、シア、ヴィラデルとエヴァンジェリンを従えたレイルウォードが襲い来る足に対して、其々に迎撃態勢を取る。
「『シールドバッシュ』ッ!」
「『瞬撃』ィ!!」
「「『剛撃』!!」」
ランバートは先程と同等に過不足なくしのぎ切り、シアは自身の単体最高攻撃にて強烈に弾き返した。攻撃を受けた足の肉が大きく潰れている。
レイルウォードとエヴァンジェリンは、剣と槍型の武器グレイブとの同時『剛撃』で受け止めつつも若干に押されるが、想定内であった。レイルウォードの指示が飛ぶ。
「今だ、ヴィラデル殿!」
「了解! 『剛連撃』!!」
動きの止まった足の全く同じ個所にヴィラデルの大剣が
あと一歩で両断、といったところでその足がするすると戻っていく。
「あ~~っ、惜しいね、ヴィラデルさん!」
エヴァンジェリンが本当に残念そうに言う。
「う~~~! もう少しだったのに!」
ヴィラデルもその美麗な顔を若干悔しそうに歪ませ、歯噛みした。
「本当に惜しかったぞ、ヴィラデル殿」
感心してレイルウォードが称賛する。ヴィラデルのレベルはレイルウォードより大分上でも、彼女の本領は魔法である。そう考えれば充分な威力を見せつけていたが、ヴィラデルは首を横に振る。
「このところ魔法の修練ばっかりしてたから、全っ然伸びてない! イマイチな手応えだったわ! ハークのようにはいかないものね」
「そりゃあ、彼のようには中々……。あそこまでに達するには何年かかるんだろうねえ……?」
エヴァンジェリンが感慨深げに言い、自分たちの先で戦うハーク達に視線だけを向けた。つられるようにヴィラデルも彼の後ろ姿を見る。
「何年、何十年、いいえ、百年かかっても構わないワ。あのコのいる場所にまで、アタシも登るつもりよ。ま、その頃にはあのコ、もっと高みに達してそうで怖いんだけどネ」
どこかゲンナリしたように言うヴィラデルの姿に、エヴァンジェリンもにたりと笑う。
「現在も成長中かい。見習いたいねェ」
「向上心も結構だが、まずはここを斬り抜けることに集中してくれ、二人共」
雑談に加え余所見の女性陣二人にレイルウォードも流石に苦言を呈する。エヴァンジェリンは恐縮して構え直すが、ヴィラデルの減らず口はまだ止まらない。
「おカタいわネェ。アナタ、三男坊サンにそっくりよ」
「何!? ロンを知っているのか!?」
雑談に巻き込まれてしまうレイルウォードに向けて茶目っ気たっぷりにウインクするヴィラデル。
その背中から、一筋の光が離れていくのを誰も気がつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます