404 第24話07:海獣②




 足の一本が振り上げられる。

 最早巨木を天空より振り下ろされるのと何の代わりもなかった。恐怖の絶叫と共に、逃げ惑う人々を潰すがために、それが今にも。

 が、そう簡単にやらせる訳などない。


「奥義・『大日輪』!」


 虎丸に乗ったハークの『天青の太刀』が、その触腕の先端に近い場所を受け止めていた。

 そのまま斬り裂く。しかし、優に人間種数人分にもなる大きさの肉を斬り離されたにもかかわらず、足は些かの勢いが軽減されるのみで振り下ろされる動きが完全に停止することはない。

 それでも僅かな時間差により、一人の人物が間に合った。


「ランバート殿!」


「おう! 『シールドバッシュ』ッ!」


 ドガンと周囲の空気を震わせ、衝撃波が発生し、互いが弾かれる。


「ちいっ、なんて重さの攻撃だ!」


「ランバート殿! 奴はクラーケンだ! 八本足に……!」


 注意しろと発しようとしたところでその必要がなくなった。

 ぬらぬらと濡れ光る残りの足が、水面を切り裂いて現れたからだ。それぞれの長さは二十メートルにも近い。前世から、姿こそ見慣れているハークにしても禍々しく思えてならない。

 更に恐ろしいことに、刺身にしてやった足の先端の斬り口部分からズルリと新品・・が出現した。


〈ちいっ! ヒュドラなどより余程八岐大蛇やまたのおろちではないか!〉


 ここで虎丸から念話が届く。


『ご主人! 今、ステータスの中身まで見えるようになったッス! アイツ、やっぱり自動再生能力持ちッスよ!』


『矢張りか! その能力持ち相手に加えて魔法無しで戦わなくてはならんとは……! 敵を褒めたくはないが、相当に考えておったな!』


 ハークは素早く周囲を見回す。

 蛍よりも仄かな色を放つ精霊たちが力無く凪いでいた。その空域は半径二、三キロほどにまで渡って続いているように見える。


『先程よりも明らかに『封魔石』の効果範囲が伸びておる……!? ボバッサと共にクラーケンが飲み込んだのは見えたが、これはもしかすると、クラーケンの腹の中にでも事前に蓄えられておったのか!? 恐らく喰わせたであろう他の帝国人どもに持たせて……!? エルザルド、『封魔石』は大きくなったり、寄り集まったりすると、効果がより増幅されたりするのか!?』


『うむ。限界はあるが、最大は人間種の単位で約十キロメートルだ。ハーク殿、効果範囲はいかほどにまで拡大している?』


『二~三キロほどだ』


『そこまで広がっているのであれば、『封魔石』はハーク殿の予想通りでまず間違いないだろう。と、なればクラーケンの腹の中にはボバッサが先程持っていたものの約三十倍は詰まってるに違いない』


『ちいっ! どうやら、あのボバッサという男、奴自身の考えか帝国本国からの入れ知恵からは分からぬが、この日に備えて相当入念な準備を重ねておったようだな……! こうなれば、下手に防衛するよりも、攻めに転じる方が良い! エルザルド、魔法が使えなくとも、狙うべき箇所はないか!?』


『ある。胴体部というか、頭部だ。足に比べて再生能力が格段に落ちる。だが、クラーケンは我ら龍族であっても、特に海中であれば迂闊に手を出せぬほどの強モンスターであるからな。我もその昔に戦ったことがあるが、いくらハーク殿に虎丸殿であっても攻め急ぐことは厳禁だ。なんと奴には心臓が三つもある』


『何、三つ!? では魔晶石もか!?』


『当然、その下に三つだ』


 モンスターは、仮に心臓を潰したとしても生きるものもいる。それが再生能力持ちだ。つまり、眼の前の巨大な海獣の弱点は最低でも三つという訳である。


『それでは確かに一撃必殺とはいかんな。短期決着は難しいが……。しかし、承知の上でも攻めねばならん! 防御にまわれば我々は手が足りぬ・・・・・! 頼むぞ、虎丸!』


『了解ッス!』


 返すが早いか虎丸は飛び出した。





「ハークか!」


 最高速に近いハーク達が、文字通り風のように眼の前を通り過ぎたのがランバートには見えた。

 ランバートの知る限り、下手をすれば己以上に沈着冷静なハークが、自分を含めた仲間たちとも一切コンタクトを取ることなく突撃していく展開に、彼は上げていた警戒感を更に更に引き上げて、頭脳をフル回転させる。


 ハークが言葉足らずながらも伝えてくれたクラーケンについては、彼にも知識はあった。戦いの事に関する限り、ランバートは非常に博識なのである。

 加えて、先程の重い一撃を受け止めた手応えもあって、ランバートは逸早くハークの心境へと追いついた。


(さっきのクラーケンの攻撃、俺以外に魔法を使わずに無傷で受け止められる、もしくは弾き返せる者は少ない。俺でも全力を出して二本が限界だろうし、長くは持たん。となるとハークたちで二本、シア殿で一本、レイルウォード殿にヴィラデル、……いや、連携の面を考えてエヴァンジェリンまで加えさせなくては厳しいか……。彼らで一本、ワレンシュタイン軍ウチの連中に密集防御をさせてようやく一本。それも長くは持たないが……、計七本かよ!? マズッたぜ、フーのヤツも連れてきていればまだ……! いや、今それは考えるべきじゃあねえし、いたとしても防御に徹するだけじゃあどうせ時間の問題だ。だからこそ、ハークは攻めに転じたか! どうする!? 俺も突っ込むべきか!?)


 こちら側から逆に攻めるとすれば、相手側も自己防衛のために、手ならぬ足をかけねばならない。ランバートまで攻勢に加われば、市民達や娘、国王陛下に王女、その他同僚たちに被害を及ぼす余裕すらも失くせるかも知れない。

 が、予定通りにクラーケンを追い込めなかった場合、リスクが高過ぎる。


 自問自答した末にランバートが出した結論は、攻勢をハーク達に任せ、自分がまずは防御側の要となり、素早くこちら側の態勢を整えるということであった。


(ハークとしても俺に何も言わずに突っ込んでいったのはそういう意図だろうしな)


 最初には確認と、ランバートは後ろを振り向く。


「ズース様! 魔法は!?」


「未だ全く撃てぬ! まさかここでワシが足手まといになるとはの! 相当に離れなくては、こちらは戦力とはならんぞ!」


「了解しましたぜ、ワレンシュタイン軍ウチと第三軍の魔法兵士たちと共にこの場を退避してくだせえ! その後、王都の外の連中に異常を知らせて、遠距離から援護ができるならばお願いしたい! アレは火や雷が弱点のハズだ!」


「承知した! 我が孫を頼む!」


「任せてくだせえ! シア殿、あの八本足の内、一本の攻撃をどうにかして弾き返してくれ! あんたならできる! ただ、例の法器合成武器は使うな! 交換する時間は恐らく作れねえ!」


「了解!」


 短く答えてシアは即座に大槌を構える。


「レイルウォード殿! ウチのエヴァンジェリンをつける! 更にヴィラデルさんとも連携し、どうにか一本を抑えてくれ!」


「分かった!」


「エヴァンジェリン、やれるな!? ヴィラデルさん、アンタのレベルならば魔法が使えなくとも二人と連携できれば無傷でやり過ごせるハズだ!」


「任せておくれ、大将!」


「了解よ! ここがハークから伝授されたワザを見せる時、ってワケね!」


「ワレンシュタイン軍! 我が軍の精鋭たちよ!! お前たちが最後の砦だ!! 陛下や我が国の宝たちを、その身に代えても必ず守れ!!」


 大盾を構えて早速密集隊形を組んで、部下たちは「おお~!!」と大いに吼えて返した。その中心地にアルゴスが立つ。さすがは王国一の頭脳と言われた人物である。ランバートを集中させるがために、彼らの指揮を代わるつもりなのだ。


 急ごしらえとはいえ、考えられる限りの態勢をランバートが最速で何とか整えた。

 しかし、そのわずかな時間の中で、ハークとクラーケンは熾烈激烈な攻防を繰り広げていた。




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